陰陽師にだって悩みはある
こうして私たちは仲春くん家に帰り、その日の常夜鍋を囲って食べることにした。風花ちゃんが皆の治療で血を使い過ぎたのでくたびれてしまったため、鍋はもっぱら私が野菜を切ってつくることにした。本当だったらつみれもつくりたかったところだけれど、さすがに時間が足りず、今日は豚バラを炊いておくことにした。
「それで、明日は山側だけど、次は瑞鵺殿かな」
「この瑞鵺殿というのは?」
「建設されたのは平安時代だったと思うけど、改装工事されたのは江戸時代だったかな。時の藩のお偉いさんが改装した寺だよ」
風花ちゃんはぐったりとしているため、貧血に効くほうれん草を先に出してあげた。
「みもざちゃんすみません……」
「いえいえ。風花ちゃんのおかげで桜子さんも、天文台のスタッフの皆さんも無事でしたから」
さすがにスタッフの人たちに先祖返りに襲われて殺されかけた記憶を植え付ける訳にもいかず、復帰したばかりの桜子さんに陰陽寮の人たちを呼んで治療してもらうことにした。マインドコントロールと言うと聞こえが悪いけれど、要はトラウマを薄めていく治療だ。
私たちが常夜鍋を食べ、お風呂を洗いに行ったうらら先生を見送っていたら、残って洗い物をしたり、ぐったりとしていた風花ちゃんは、「すみませんでした」と桜子さんに頭を下げられてしまった。私たちは顔を見合わせる。
「あのう……なにがでしょうか?」
「……今日は不甲斐ないところを見せてしまって。ふたりがいなかったら、犠牲者が出ていましたし、結界の修復にも難が生じていました」
「いえ……これって、相性の問題ですよね? つらら女は私たちだって戦ったことなかったんですから、桜子さんだって急に対処はできなかったでしょうし」
私はぶんぶんと首を振るし、風花ちゃんだって頷く。
「そうですよ。持ちつ持たれつですし。わたしたちだって、死にたくないから頑張ってるだけですよ。七日間の猶予をつくってくれたのは、桜子さんじゃないですか」
「ですが……」
「あんまり謝らないでください。本当に皆無事でしたし、犠牲者だって出ませんでしたから! ねっ?」
桜子さんはなにか言いたげだったけれど、結局その場では言うことができなかった。
私は洗い物を済ませたあと、温かい飲み物はないかなと探し出し、甘酒と生姜チューブを見つけてきた。甘酒を小鍋に入れて火にかけ、生姜チューブを垂らしてよく混ぜると、マグカップに注いで持っていくことにした。
桜子さんは、借りている部屋で和紙を折り畳んでいた……多分式神をつくっているんだと思う。
「桜子さん、甘酒がありますけど、一緒に飲みませんか?」
「ああ……じゃあテーブルに置いていてください」
「はい」
今はお風呂を風花ちゃんが借りているし、うらら先生は晩酌で昨日買ったお酒を熱燗にして、どこで買ってきたのかチーズと一緒に楽しんでいる。
私は式神をつくっている桜子さんを黙って見守っていた。折り紙の音だけが響く中、ぽつんと漏らした。
「……私、仲春さんと違って、気を遣える人間じゃありませんよ」
「え?」
思ってもみなかったことを言われ、私は声を漏らした。桜子さんはポツンポツンと語る。
「私は、小草生先生みたいにとぼけているように見えてしっかりしていませんし、風花さんみたいにきめ細やかに物事を見ていません。みもざさんみたいに、自分の力で人生を切り開けるだけの度胸もありません……ただ、その場その場でなんとか帳尻合わせをしているだけです」
「桜子さん……とてもしっかりなさっている方だと、私は思っていましたけど」
「ちっとも。ただ綺麗な言葉でなかったら学がないと馬鹿にされる。陰陽寮の命令に反するのが怖い。私は私の居場所を守るために、あなた方を利用しているだけですのに……私は仲春さんみたいに、皆に寄り添って励ませるだけの度胸も、優しさもありません……」
桜子さんの言葉に、私はどう答えるべきかと迷っていた。
彼女が常日頃から杓子定規みたいな言動を取っているのは、霊能力者ゆえに妖怪や幽霊が見える力を当たり前に持っていたせいで、いじめられ続けていたから。そんな体質では日常生活を送るに送れず、陰陽寮にすがる以外に彼女の居場所はなかった。
仲春くんみたいに代々退魔師として生活し、衣更市を守るって使命を持って生きていなかったら、現代の陰陽師は陰陽寮以外に居場所がない。
彼女は先祖返りみたいに異形の血で狂うこともできず、ただ人間のままで自分の持っている力と向き合い続けないといけない……みもざのように、恋に破れて死ぬことができたらよかったものの、桜子さんはみもざよりもちょっとだけ強くて要領が悪かった。
仲春くんがいなくなった時点で陰陽寮に逃げ帰ればよかったものの、私が声をかけて「助けて」と訴えたために、良心の呵責に苛まれた彼女は、無茶な願いを陰陽寮に嘆願してくれた。
……桜子さんとみもざは、本当に似た者同士で、主従になってしまったんだ。
「……皆、自分のことが嫌いで、でもそんな自分を見放せないから、大好きになりたいから、優しくしようとしてるんだと思います」
私たちは自分たちのことでいっぱいいっぱいで、自分に向けている優しさを他人に向けることが本当に下手くそなんだ。
だから、桜子さんに元気を出して欲しくても、励ましたくても、ストレートな言葉だと伝わらなくって、湾曲的な物言いになってしまう。
「桜子さんは私たちのためじゃなくって、自分のために私たちに優しくしてくれるのは、そんなの当たり前だと思うんですよ。だから、あんまり自分を責めないでください……私だって、死にたくないからあなたを利用している。皆でちょっとずつ周りを利用し合いながら、皆でちょっとずつ優しくなればいいじゃないですか」
「……みもざさんは、優しいですね」
「言ったじゃないですか。本当に優しい人は、優しいなんて言葉を軽々しくは使いませんから、私は全然優しくないです」
折り紙が終わった。何枚もつくられた式神は明日の荷物の中に入れられると、ふいに桜子さんは私にもたれかかってきた。私は彼女の感じているふがいなさにどれだけ寄り添えるかはわからないけれど、そのままにしておく。
ふたりで甘酒をちびちびと飲んだ。甘い味が、後をひいた。
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