先祖返りとの戦い方
『破滅の恋獄』は、ノベルゲームであり、プレイヤーは選択肢を選びながらシナリオを読むというスタンスだった。
だから先祖返りを倒すことはあっても、殺すことはないと知っている。
仲春さんや風花ちゃんの弓でサポートを受けながら、私と照日さん、桜子さんが特攻する。桜子さんは符術、照日さんは腕力で、私は刀……。うらら先生は神通力による魔法の補助全般で、なにも知らない一般人が先祖返りとの戦いに巻き込まれないようサポートしていた。
記録としては把握しているけれど、みもざとの記憶を摺り合わせながら戦うのは、骨が折れた。
私たちがびちゃびちゃになった血溜まりに到着したとき、既に先祖返りは正気を失って、一般人を食べている最中だった。
……ずっとしていた血のにおいは、一般人のものだったんだ。
私は思わず喉の最奥から苦酸っぱいものが込み上げてくる錯覚に陥るものの、かろうじてみもざの記憶に照らし合わせて、神通刀を鞘から引き抜いた。刀は思っている以上に重く、柄を握りしめると、その重さで重心が下がりそうになるものの、私をそれを構えた。
「参ります……!」
みもざは大人しくってうじうじしている癖に、刀を持った途端に戦闘狂になるのは、彼女のルートを見ていてもわからなかったけれど、今は感情でわかる。
かつていじめっ子たちを病院送りにするほどの凶暴性を持っていた彼女からしてみれば、先祖返りはどれだけ暴力を向けても、それで壊れない格好の遊び相手なんだ。
……なんて冷静に私が思えるのは、桜子さんから無理矢理血をもらったおかげで、正気を保っていて、本能の濁流に飲まれないからだ。
先祖返りは跳躍して、こちらに爪を向けてくる……この人、多分みもざと同じで、鬼の先祖返りだ。暴力の本能に飲まれてしまった、可哀想な人。
私が神通刀でなんとか爪を弾くものの、彼は爪で何度も私を切り裂こうとしてくる。
やがて、私の着ていたトレーナーを引き裂いた。
「ちいっ……!!」
「臨兵闘者皆陣列在前……! はあ……!!」
桜子さんは、私の服の繊維で自分の爪を引っ掛けた先祖返りに向かって、人形を差し向けてきた。人形の中身ひとつひとつには術式が刻まれており、今回先祖返りに貼り付けたものは、雷のもの。
静電気で髪を立ち上がらせると、それで激しく痺れたらしく「ぽお……」と息を吐いて、崩れ落ちてしまった。
「……助けてくださり、ありがとうございます。桜子さん」
「いいえ。みもざさん。私たちには期限が七日間しかありません。その間、私たちはふたチームで別れて捜索をしなければなりません。本来、あなたは私たちの中で一番強いはずなのに、今のあなたは仲春さんがいなくなったせいなのか、腑抜けてしまっています。このままじゃ他のチームには入れられません」
「え……風花ちゃんとうらら先生に、チーム組ませる気ですか!?」
ふたりとも後方担当なのに、危険過ぎる。私はそう反論しようとしたものの、桜子さんは容赦ない。
「ふたりとも、あなたよりも冷静ですから。ふたりは結界を張ってもらった上で、仲春さん家の蔵の捜索に当たってもらい、私たちは引き続き先祖返りの暴走を食い止めるために行動を移します。そもそもですね、仲春さんの体液の供給が途切れたことでショックを受けていても、仲春さん本人がいなくなったことでショックを受けているのは、残念ですけどみもざさん。あなただけです。あなたにはもっとしっかりしてもらわなければ困ります」
正論だ。正論過ぎる。
……他のルートでは、個別ルートに入らなかったら、仲春くんのことを他の子たちは好きにはならないけれど、みもざだけは、どのルートにおいても仲春くんのことが好きだった。だからこそみもざは照日さんと駆け落ちしてしまった現状で、ショック死してしまった。だから私の意識が覚醒してしまった訳で。
そして私自身もみもざの記憶を参照にはできていても、彼女の感情までは完全に把握できているとは言いがたい。戦うことが怖くないとは、自分でも戦っていてよくわかったけれど。
対峙したときにむせかえるほどの血のにおい。ぎらついて理性が完全に削り取られてしまった目。そんな先祖返りと対峙しても、生理的嫌悪感は湧かず、むしろ彼女の本能による高揚感だけが沸いたんだ……本当に、桜子さんの血をもらっていなかったら、私自身の理性も、みもざの本能に飲まれていつまでも暴れていただろう。
「……精進します」
「そうしてください。こちら、風早町、ただいま先祖返りの……」
桜子さんが陰陽寮に先祖返りの処置を頼んでくれたから、これで拘束された彼は、しばらく手当てされた末に、処置が決まる。
人を殺した先祖返りの処分はえげつないらしいが、私もゲーム本編からうっすら感じ取る程度しか詳細は知らない。
でも……一週間以内に結界の綻びに対処するしかないんだよね。
私たちは、主のいなくなった仲春邸へと戻っていった。
****
私が帰ってきた途端に、風花ちゃんはほっとしたように抱き着いてきた。
「お帰りなさい……! みもざちゃん、その服……!」
「ただいま。ちょっと先祖返りに裂かれてしまいまして……」
「無事でなによりだよ。服はちょっと探してくるよ、どうせ照日のが残ってただろうしね」
そう言ってうらら先生が照日さんの部屋を漁りに行った。申し訳がなさ過ぎる。
うらら先生が服の捜査をしている間に、桜子さんは私たちの陰陽寮の交渉内容を話してくれた。当然ながら、風花ちゃんはだんだん顔を曇らせてしまった。
「これ……本当ですか? 一週間、ですよ? 一週間で、本当に結界の修復なんて」
「できるできないではなくて、やってもらわなければ困ります。これ以上長引けば、陰陽寮もあなた方を抹殺し、衣更市を殲滅しかねません」
「……っわたしたち、好きで先祖返りに生まれた訳じゃないのに」
風花ちゃんの悔しげ交じりの声が、胸に刺さった。
……どれだけ悲しくても、仲春くんたちはもう帰ってこない。一週間だけ猶予をもらったとありがたく思いながら、探すしかないんだ。
私はうらら先生が新しく持ってきてくれたトレーナーに着替えながら、ひとまず皆で蔵の捜索に当たることにした。
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