14 船旅
船着き場に着いたけれど待ち伏せは無かった。ちょっと安心である。
ヨエル様が馬たちに話をつけたのか、村の馬はさっさと村に帰って行った。
「すごいね、馬とも話せるんだ」
「まあな」
ヨエル様はちょっと口数が少ない。自慢をわんさかする人が、どうしたんだ。
「どうしたんですか、船は嫌い?」
相変わらずエラルドのそばから顔を覗かせて聞く。
「そうでもないぞ」
笑った顔は綺麗だけれど、何かある。でも言わないようだ。
何となく緊張をはらんだ空気の中で誰も話すこともなく船を待った。釣り竿を出そうかと思ったけれど、エラルドが首を横に振ったので止めた。船が出たら絶対にトローリングするんだ。
パウリーナは侍女と一緒に馬車に乗ったままだ。この世界にはフェリーがあるのだろうか。
退屈していると見兼ねたクレータが三日月湖の話をしてくれた。
「その昔、大湖はよく氾濫を起こしました」
大湖に繋がる川も氾濫の度に流れを変え蛇行し、蛇行した川は取り残されて三日月湖になり、幾度かの氾濫でまた繋がりといったことを繰り返した。
「最近ですかね、大湖が荒れ狂うことも無く大人しく鎮まったのは」
「そうなんだ。ヨエル様に乗せてもらって三日月湖を沢山見たけど綺麗だったよ」
そう言うと心持ちヨエル様が嬉しそうな顔をした。
やがて中型の水車を左右に付けた船が来た。外輪船というらしい。船員が降りて木製のスロープを取り付けると、馬車がしずしずとそのまま船に乗り込む。馬4頭も続いて乗った。自家用船なんだろうか。
船はクライン公国側の三日月湖の船着き場から出発する。
しばらく進むと左右から似たような船が何隻か寄って来た。待ち伏せしていたのだ。そうか、あれだけの人数で来るはずがない。国王の御下命を受けた侯爵令嬢なのだ。
アンベルス王国に帰るのか、もしかしたら湖の真ん中で殺されるとか──。
菜々美は少し怖くなってきた。無事に着きますようにと精霊に祈る。何処にとは祈らなかったが。
* * *
船に乗ってから曇りがちの天気になった。パウリーナは船室から出て来ない。お付きの護衛や船員はたまに見るが。左舷と右舷には水車が回っている。一応カバーは付いているが、菜々美は船尾に近い所で釣り糸を垂れた。
「どうだ、釣れるか」
隣でエラルドが遠くを見ている。今にも雨の降りそうなどんよりとした空で、遠くの景色はけぶって見えない。
「全然当りがありません」
「そうか」
エラルドは菜々美の格好を上から下まで見る。
「何ですか?」
「いや、ちゃんとローブを着ていると思って。その竿の材質も、前に着ていたコートの材質も分からぬ。森で履いていた靴もだ」
竿はカーボンロッド、トレッキングシューズとパーカーはゴアテックスだと父が言っていた。後でショップで値段を見てびっくりした。菜々美の家は庶民の筈だが。
今はちょっと地味なエラルドが買ってくれた水色のワンピースに、上にエプロンドレスを着て、その上に雨除けにローブを羽織っている。
「マジックバッグに何か入れて来ている人って居ないんですよね」
「先に鑑定されて、持っていれば中身を提供してもらう」
「まあ! 分捕りですね」
菜々美も着ていた服とバッグを取り上げられたのだ。バッグにはスマホが入っていた筈だが、中身を見られたらどうしてくれよう。電池残量が残り半分くらいだったので、調べる時にはすでに電池が切れていたと思いたい。
それで用心して軟禁部屋では【アイテムボックス】から何も出さなかったがエラルドには喋ってしまった。たいした物は入っていないがパソコンとかLEDのデスクライトとかどう説明すればいいんだろう。今の所、全部出して見せろとか言わないけど、どうせ出しても使えないか。
「危険な物が無いか調べるのだ」
「中身が入っている人も居たのでは?」
「それはいないが、剣や飛び道具を所持していた者がいたようだ」
「詳しいんですね」
「俺の母上の国フォリント王国は、昔は召喚をする事が出来たという。今はもう失われてしまったが、アンベルス王国も失われつつあると聞く。母上がこの国に嫁したのは召喚の為でもあろうが役に立たなかったと聞いた」
酷い話だなオイ。それで酷い扱いを受けるとか、ないわ。
「あら、あれは何、お城?」
途中の湖岸に美しい城があった。
「あれはクライン公国の城砦ですよ、お嬢様。向こう側に行くと、クライン公国の公都に向かう川があるのです。無理に行こうとするとドカンと撃たれます」
物知りクレータが説明する。
「あの塔の上に見張り台と砲台があるのじゃ。何と無粋なことよ」
ヨエル様もつまらなそうに言う。湖に張り出した塔があるがアレがそうなのか。
湖面に影を落として建つ姿はとても優美だが、塔の上の見張り台に大砲があると聞いて驚いた。
「通行手形を持たない者は向こうに行けないのです」
こちらの船団を見て小型の船が出て警戒している。この船より速い。水車もないし、手で漕いでいる様子もない。どうやって動いているのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます