07 国境付近でちょっと戦闘
この世界には精霊がいる。精霊は万物に宿り、時に人に力を貸す。人は力を借りた精霊に対価としておのれの魔力を渡す。精霊は基本気まぐれなのでどの精霊が力を貸してくれるかは分からない。魔力が多くてもどの魔法が使えるかは精霊次第なのだという。また、対価による威力も気まぐれなのだという。
異世界だなあと菜々美は思う。精霊って何だ、万物に宿るっていうから神様みたいなものか。八百万の神様っていうもんな。
「自分のステータスが見えたり見えなかったりするのも、精霊の気まぐれの所為でしょうか?」
「それは分からないな、バグかもしれないぞ」
エラルドに聞けばニヤリと笑って答える。
「虫は嫌いです」
菜々美は少しふくれて横を向いた。
***
森の中を歩いている内に緩い畝の坂道になった。坂道は段々きつくなってどんどん上りになる。所々岩がむき出しの所があって、獣道のような細道がある。
「ここらで休憩しよう」
陽は中天には届かない時分で食事にはまだ早い。首を傾げて見上げるとエラルドは獣道の先を指して言う。
「この峠を越えれば隣国に行く国境がある」
やっと国境に着いたのかと菜々美は頬を緩めかけたが、
「砦の様子を窺って来るから、ここで待っていろ」とつれない返事であった。
エラルドの後姿を見ながら思う。昨日の野営でこの辺りの地理を説明された。
「ここはカラヴァンケン山脈でプレディル峠があって、砦の名前をそのままプレディル砦という」
エラルドと菜々美はテントの中に敷いた布団の中で仲良く眠っている。背中合わせであるが。この頃はテントに結界を張る練習をしているが、防御と防音くらいで寒さはあまり防げない。
「砦は二つあって、こちら側がアンベルス王国、向こう側がクライン公国だ」
菜々美はエラルドの声を子守唄代わりに途中で眠ってしまう。
砦っていったら兵士がいるんだろうし、国境を通してもらえなかったり、捕まったりもあるんだろうか。
ここまで村にも町にも寄らなかった。この世界の人々がどういう暮らしをしているのか菜々美はまだ知らない。この砦を越えれば本当の異世界デビューになるのだ。
菜々美はその辺りにある岩をじっくり見て、蛇も虫も何もいないのを確かめてその上に腰を下ろした。この岩の辺りはまだ木が生えているが、エラルドの行った方角は木が疎らになっていて、砦から見つかるかもしれない。
そんな山道をぼんやりと見ていると横の方でガサリと音がした。この前の熊かもしれない。菜々美は身構えて立ち上がった。この前覚えた結界を自分にかける。聖魔法以外は覚えていなくて、まだ攻撃魔法は出来ない。
身構えていると、森からひょっこりと何かの動物が顔を覗かせた。
「あら、可愛い」
虫や爬虫類ばかりでうんざりしていた菜々美の目に飛び込んできたのは鹿のような可愛い茶色の動物だった。まだ子供なのだろう、大きい目をきょとんとさせてこちらを見ている。
「おいで、おいで」
手を差し出して呼んでみた。
「おい、呼ぶな」
戻って来たエラルドが慌てて止める。しかし間に合わなかったのだ。
その小さな動物の後ろに、山のように大きな影がのそりと現れた。
大きい二本の太い角のある動物だ。子供の何倍もあるそれが前足でドッドッドと地面を蹴って威嚇する。
「来る」
エラルドが剣を抜いて菜々美を後ろに庇う。
(庇われている。あの崖の時も庇われた。いや、ずっとだ。この世界に来て彼を巻き込んでから、ずっと──)
菜々美がそんなことを考えている間に、それがグッと頭を下げて突進して来た。
「きゃあっ!」
「そこに居ろ」
エラルドは菜々美を離れた大木に押しやって、突進してきた獣を剣で避ける。勢いのままに走った獣はUターンするとまた走って来た。道は上りで足場は悪いし、攻撃魔法の詠唱は間に合わなくてエラルドは剣で受け流す。
獣は途中で軌道を修正してぴょーんと飛んだ。エラルドの近くに着地すると迫って角を突き上げた。剣で受けたが間に合わなくて角が掠る。
「エラルド!」
叫んだので獣が菜々美の方を見た。
「まずい、こっち来る」
「オイ、こっちだぞ!」
エラルドが水魔法を当てて獣の注意を引く。
(わっ、今の内、何か、椅子でいいわ、手に出して)
【アイテムボックス】から慌てて出した椅子を振り上げて獣に投げつけた。火事場の馬鹿力だろうか、キャスター付きの軽い椅子は、飛んで獣の眉間に命中した。
「ぎゃん!」
ドウッと獣が倒れる。子供が悲しそうに「ピャアァァーー!!」と鳴いた。
するとエラルドと菜々美の周りに影が湧いた。それは見る間に多数の獣になって取り囲む。中で一番大きい個体がのそりと前に出た。地面に足を蹴りつけて威嚇する。ドッドッと地響きがする。
エラルドが剣を手に菜々美を背中に庇う。
「殺さないでっ! 止めて、止めてー!!」
菜々美は慌てて叫んだ。
獣の親玉は菜々美を見た。そのまま、ゆっくりと一歩一歩近付いて来る。
「止めて殺さないで。この人は私に巻き込まれたの。この人が居ないと困るの。私はその小さな子が可愛くて話しかけただけよ。お母さんと一緒なんて知らなかったわ。びっくりしたわ。ごめんなさいね。許してちょうだい」
菜々美が必死になって謝っていると、
「ナナミ、椅子を投げた奴に、ヒールをしてやれ」
隣から落ち着いた声がする。
パニックを起こしかけていた菜々美は、驚いて自分が椅子を投げた獣を探す。まだそこに横たわっていた。
一度息を吐いて、気持ちを落ち着けてから唱える。
「我、精霊の御名において助力を希う。癒しの精霊よ我らを包め、聖魔法ヒール!」
温かい風がその場をぐるりと包んで去って行く。
倒れていた獣が目を開けてぴょんと飛び上がってきょろきょろと周りを見回した。子供が「ぴゃあぴやあ」と甘えた声を上げて母親にくっ付いた。
「エラルドさん、怪我は?」
さっき、あの獣の角が当たらなかったか?
「大丈夫だ、今ので治った」
「そうなの」
やっぱり範囲魔法なのか。結構広いな。
獣たちはまだエラルドと菜々美を取り囲んでいる。どうしたものかと思っていると、先ほどの一際大きな個体が近付いた。
エラルドが菜々美を後ろに庇う。
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