魔族とは


 「なんの話だ?」



 意味もなく、理由はわからないが咄嗟に嘘を吐く。


 でも、流石に出会ってからもうすぐ半年が経つ間柄だ。毎日会うそんな相手に吐いた嘘、そんな嘘は簡単にバレる。



 「嘘だねサース。いや別にね、君が抱えたその悩みを君1人で解決出来るなら俺がとやかく言うことではないから好きに悩んでくれて良いんだ。


 でも君の悩んでるソレは、少なくとも君が生きてる間に解決出来る事柄だとは俺には思わないんだよ。

 もし君のその悩みが少なからず解決されているなら、君はそんなに悩んでない筈だからね」



 「まぁ座れよ」そんな声と同時に俺の視界は先程までの廃城の玉座の間ではなく、魔界の魔王の城の一室である居間のような場所へ移動していた。


 何故魔界の魔王の城とわかるかと言えば、1度訪れたことが有るのと魔界の空気は大きく呼吸をしないと息が苦しくなることと、魔王に連れられて行ける屋内なんて魔王の城以外に無いからだ。


 魔界に連れて来られれば俺に為す術は無い。なんせ俺にはまだ転移の魔法に属性を載せることが出来ない。つまり帰ることが出来ない。だからこの世界に連れて来られた時点で俺は魔王に自分を委ねるしかなかった。


 大人しくソファーに座ると、扉からメイド姿の魔族の女性が現れて、俺達の前に紅茶と茶菓子が置かれた。



 「サース。最近の君はハッキリ言って弛んでると言わざるを得ない。理由はわかるよな?」



 魔王の問いに、素直に頷く。



 「その理由はよくわかる。なんせあの日俺は君の依頼の様子を見ながら、君の先輩達が殺した人界の魔族の家族その父親と話していたからね」



 カオが歪むのが自分でもわかった。やっぱり彼等は魔族の親子で、あの時魔王が会っていて後日あの村を半壊させた男と家族だったと確定したからだ。


 心を落ち着かせるために紅茶を口にする。

 紅茶は酸っぱいわけではないが酸味が効いていてスッキリとした味わいで、今の俺にはとても飲みやすかった。



 「サース、君はあの日、人間ならと言って先輩達を止めていたね。とても良いことだ。なんせ彼等はただの種族が違うというだけの獣人族で、たまたま生まれた子供がスネークコングと似た容姿をしていただけで迫害されていた可哀想な家族だった。

 そんなバックストーリーなんて無くとも、危険性の低い意志疎通の出来る者達と話し合おうとする姿勢はとても良い行いだ。


 だけどねサース。今も昔も人界では、人里から離れてヒッソリと暮らす者達を総称して魔族と呼んでいるんだよ」



 頭を大槌でガツンと殴られたようだった。そのぐらい衝撃の有る話だった。


 彼等の境遇についてもそうだし、俺達が今まで魔族と呼んでいた者達がただの獣人族だったというのも驚きだ。いや、魔王の口振り的に、獣人族に限らず中にはエルフ族や竜人族や天族や人族も俺達の言う魔族だったという可能性すらある。


 眩暈がした。

 少しでもこの眩暈を抑えるため、目頭を押さえ揉む。揉みながら聞く。



 「なぁ魔王、じゃあ魔族ってそもそもなんなんだよ。人族ってなんなんだよ。天族ってなんなんだよ。獣人族ってなんなんだよ。エルフ族ってなんなんだよ。竜人族ってなんなんだよ。

 アンタの言葉通りなら、そもそも魔族なんて存在しないんじゃないか?」


 「そうだね、実際の人界に於ける純粋な魔族ってのはスネークコングに似たあの赤子のような者ぐらいで、大半の魔族と呼ばれている者達は魔族じゃないね。


 魔族というのは本来大きく分けて2種類しか居ないんだ。

 親が魔界の魔族か。

 異種族と交わり生まれた両方の特性を持った者や魔物とよく似た容姿の者か。


 それ以外の魔族は、昔からそれぞれの国がそれぞれの国の都合で魔族判定をした者達のことを言うんだ。


 そうだねぇ、こんな言葉を聞いたことはないかい?純血至上主義。

 今回の場合は蛇の獣人族なら蛇の獣人族と、ゴリラの獣人族ならゴリラの獣人族とだけ結ばれましょう。それ以外は異端であり排除すべき存在です。みたいな主義だ。


 これを君達人界の統治者達はね、何年も何代も重ねて洗脳教育をして、自分達に都合の良い魔族という存在をでっち上げたんだ。

 俺達魔界の住人が居るのも人界の魔族の存在を意識付けるのに一役買ってしまってるかな。ほら、こっちの魔族って大半が荒っぽいだろ。だから破壊的なことを行う存在やそれに似た容姿の者は魔族で排除しなければ自分達を守れないって、魔物以外の敵を作ったんだよ。

 その方が団結しやすいからね」



 話された言葉の量や話された時間で言えば短いものだった。しかしそこに込められた情報量を咀嚼するには時間を通常より多く消費しなければ理解が追い付かなかった。


 魔王の言葉を信じるなら、だ。俺もなんだかんだ今まで魔族を討伐したことは有った。実際ソイツは近隣の村や町を荒らしていたし、中には盗賊になっていた奴も居たから殺した。なんなら依頼で『近くで魔族が暴れています。助けてください』みたいなヤツを請けて、それで殺すなり捕縛したことも有る。


 だが、じゃあソイツ等が普通の、例えば魔人と呼ばれていたアイツがただの人族だったのなら?明らかに見た目が普通じゃない荒々しいあの魔族がただの獣人族だったなら?

 じゃあ竜人族は?天族は?エルフ族は?


 眩暈が酷くなった。ソファーに体を預けて天井を見上げる。



 「じゃあ今まで俺が身に付けた常識ってなんだったんだよ……」


 「なんの生産性も無い国にとって都合の良い国が定めた常識だね。

 でもまぁ国なんてそんな物でしょ。上の都合の良いように回るのが国だ」



 もはや何も言えなかった。というか頭痛がしてきた。

 確かに、今の共和国は総帝というあのクソ野郎の都合の良いように動いてる。職権乱用もたかが学園の生徒の問題で使う程だ。そんなクソガキを頂点に置く他の帝達についてもそうだろう。クソ野郎をという暴力装置を上に置いておけば他国への牽制にもなるし、自分達も戦うだろうが総帝に任せておけば良いという丸投げも出来る。


 あぁ、確かに魔王の言う通り、国というヤツは上の都合の良いように動いてるみたいだ。


 改めて権力や力を持つ奴等の奮う理不尽への怒りが湧いた。


 起き上がり、魔王を見る。

 魔王はどうだろうか。確かに魔王も魔界の王だ。魔界という国の王と考えればクソ野郎と同じと言っても良い。

 しかしこの魔界を見れば、確かに街は有るし人間の営みというヤツは有るが、別に魔王が統治なんてことをしている様子は無い。法なんて物は存在しておらず、各々が伸び伸びと過ごしているのが窓から何度も見た。

 もちろんその事で起きる問題も有るみたいだが、それは逆に周りが仲裁に入ったりして各々が各々に出来ることをやって生活しているようだった。そこに異種族だという差別は無く、互いが互いをありのままに受け入れていた。


 対して俺達人界の国はどうだろうか。少なくとも今回の事で悩む前から俺は今の国の未来というヤツに疑問を持っていたし、村でのことを思うと今でも殺意が湧くぐらいそれぞれがそれぞれ言いたい放題言って、何かにつけて悪者を作って、それを糾弾するという流れを作っていたように思う。


 こう比べた時、人界の国とこの魔界の人間の違いは、たぶん相手のありのままを許容しているかしていないかなんじゃないかと思えた。

 両方言いたい放題やりたい放題していると言えばしているが、人界はそこに『似ているから』という理由だけで勝手に臆測で相手のことを決め付けているように思う。

 対して魔界側は同じく言いたい放題やりたい放題だけど、あくまでそれを咎めたり責めるのは相手を傷付けるなど相手に害した奴だけにしかしていないように見える。


 この推測が仮に合っていたとして、じゃあ、それじゃあどっちが害が有る「サース、そこから先は今はまだ考えない方が良いと思うよ」



 魔王の声でハッと我に返る。そして自分がまた思考の海に落ちていたことを悟った。


 先程まで考えていたことは、何故か今はもう考えられない。

 周りを見てみれば、いつの間にか紅茶はハーブティーへと変わっており、茶菓子も少し変わっているようだった。



 「サース、悩みの方はどうだい?少しはスッキリしたかい」



 言われて気付く。確かに俺はここ数ヶ月、何かについてモヤモヤしていたように思う。

 しかし今はそのモヤモヤは無く、そもそも何に悩んでいたのかさえ忘れてしまった。

 少なくとも魔王と出会うまでにこんな経験はしたことはなかったため、確実に魔王が何かをやったんであろうことはわかるが……、



 「どうしたんだい?」



 ニコニコとしたカオをして、何も無かったかのようにする魔王を見て、何故か感謝の気持ちが芽生えたのを自覚する。


 それだけで、魔王が何をしたとかは今は気にしなくて良いと思えた。



 「何をしたかは知らないが、一応言っておく。ありがとう」


 「気にしなくて良いよサース。俺と君の仲だ」



 その日は魔王と模擬戦をしたりすることもなく、そのまま魔王とお茶を飲んで話して過ごした。


 こういう日が有っても良いなと、そんな風に思った。


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