第12話 双璧
以前、蓮が回向に言った言葉を思い出した。
『回向……『秘密』なら、俺にもある。だがそれは、誰の前で見せようとも、決して奪われる事はないものだ。だから隠す必要はない。だが、それが何故、秘密となるのか……』
「……紫条」
蓮を見る回向の表情に、翳りはなかった。
『理解出来る者しか理解させない危険なものだからだろう?』
「奪う事など出来るものか」
回向は、そう答えると、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうだな」
蓮は、そう答えながら笑みを見せていた。
回向も笑みを返すと、蓮に言う。
「そこにある本意に気づかない限り、その本質は理解出来ない。理解が出来なければ、その真髄に触れる事も出来ないんだからな。理解が出来ない者に奪われる事など、あるはずがない……そうだろう?」
回向は、そう答えると、住職に頭を下げる。
「話の途中ですが、先に失礼させて頂きます。後の事は、二人に聞きますので……申し訳ありません」
本堂を後にする回向を見送る蓮と羽矢さんだったが、思うものがあるだろう。
それは僕も思っていた事だった。
「羽矢……あいつ……」
「ああ…… 一人で向かう気だ」
「知っているって事だろ……だったら何故……」
「知っているからだろ」
「それなら尚更、一人で行かせる訳にいかねえだろ」
蓮が回向の後を追おうと歩を踏み出すと同時に、羽矢さんは蓮の肩を掴んで止めた。
「羽矢……」
「話の途中だろ、蓮」
「羽矢……なんでそんなに冷静でいられるんだよ……高宮が国主の座に就いても、何も変わりはしない……そうだろう……?」
蓮は手をギュッと握る。
「そこに座す者を的に、矢を放っているだけじゃねえか……」
遣瀬なくも声色が落ちる蓮。
羽矢さんは、溜息をつく蓮の肩を、ポンと軽く叩いた。
「回向だって、いきなり飛び込む気はねえだろ。信じてやれよ」
「……分かっている」
住職は、二人の会話を聞きながら、何やら考えるようにも、ゆっくりと目を閉じた。
しんと静まり返る本堂。
静かな間だった。
「神は神を殺す事が出来る……か」
「……羽矢……それは……」
羽矢さんは、ふっと笑みを見せると、蓮の肩に置いた手を下ろし、その場に座った。
「おい……羽矢」
蓮の呼び声にも羽矢さんは、目線を真っ直ぐに向けたまま、静かに口を開いた。
「神祇伯が言っていただろ。神世を求めたこの国は、国主こそが神であり、国そのものが神世の象徴。加えて、回向が言った、神の系譜だ」
「……ああ」
蓮は、深く息をつくと、羽矢さんの脇に座り、羽矢さんの話を聞く。
「神話が先か、事実が神話になったか……そして、その神話は尚も続く……か」
「……羽矢」
蓮は、羽矢さんへと視線を向けた。だが、羽矢さんの目線は、真っ直ぐに前に向いたまま動く事はなく、その目線の先は住職だった。
深くなっていく夜の静寂に、羽矢さんの声が浮かび上がる。
「神は多数いても構わない。だが、唯一の神はたった一つ……唯一とする神を補佐する無数の神の存在は、氏族そのものだろ……」
更に続いた羽矢さんの言葉に、住職は目を開けた。
「ついでだから、誄詞を奏した者の諡号も見て来たよ……」
回向だけじゃない。
『総代と……その力が……同等だと言うのか……?』
羽矢さんも住職も気づいていた。
『総代の鱗の痣……消せるかもしれないぞ』
目を開けた住職と、羽矢さんの目線が重なる。
「『国師』……だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます