レオハルト家の破滅④
♢♦♢
~王都~
「いや~、それにしてもこの間のモンスター討伐会は凄かったな」
「本当だよな。剣姫と呼ばれるエミリさんがいなかったらどうなっていた事か」
「確かに。でもそのエミリさんでも苦戦したモンスターをあっさり倒したジークさんはマジで凄いぞ。歴代最高数で討伐会も優勝したし!」
「ああ。前人未到の早さでAランクまで昇格したのは伊達じゃないよな。それにしても、何でレオハルト家はそんな強い人を追放したんだろうか……」
王都を歩いていると、何処からともなくグレイにそんな会話が耳に入ってきたのだった。
「クソが」
吐き捨てる様に一言だけ呟いたグレイ。
あれから王都では先日のモンスター討伐会の話題で持ち切りであり、王都を歩けば多くの者達が討伐会の話をしていた。
しかもその話の内容は全てエスぺランズ商会のエミリ・エスぺランと討伐会の優勝者であるジーク・レオハルトばかり。特にジークについては皆が称賛し、これまでの実績も相まって彼の事を“勇者”だと呼ぶ者も一気に増えていた。
少し前まではレオハルト家やジークに訝しい視線が送られていたが、今では180度評価が変わった挙句にその矛先が改めてレオハルト家とグレイに向いている。
「何故だ? 何故こんな事になっている。可笑しいだろうがよ」
――ドン。
グレイが眉間にシワを寄せてブツブツと文句を言いながら歩いていると、向かいから来た通行人とぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「ってぇな。どこ見て歩いてやがる! 三流の庶みッ……」
グレイは皆まで言いかけてふと我に返る。
周囲から浴びせられる冷ややかな視線を感じ取ったからだ。
「おいおい、あれって確かレオハルト家の子だろ?」
「ああそうだ。『勇者』スキルを出したレオハルト家の次男だ」
「幾ら名のある家だからってあの態度はないだろう。チンピラみたいじゃないか」
「何でレオハルト家は長男のジークを追い出してあの子を跡継ぎにしたのかしら?」
様々な言葉を浴びせられたグレイは、一瞬感情のままに怒鳴り散らしそうになったがグッと堪えて冷静になった。
(くッ、どいつもこいつも……! だがダメだ。落ち着け。ここでこんな庶民共に言い返した所で何の得にもならん。そもそも奴の事でこんなにムキになる必要すらないだろう。
バカが大勢吠えようと俺が選ばれし勇者である事実は変わらないんだからな)
グレイはそんな事を思いながら無言でその場を後にした。
♢♦♢
~王都・レオハルト家~
「え……。い、今なんとッ……?」
家に帰ったグレイ。
彼はたった今、父キャバルから受け入れられない現実を突きつけられていた。
「だからお前はもう国王様の依頼を受ける事が出来なくなった。と、そう言ったのだ。ジークがSランクに昇格し、国王様直属の冒険者となったからな――」
キャバルの言葉にまるで脳天から落雷を食らったかの如き衝撃を受けたグレイ。彼はその余りに信じ難い事実に怒りを通り越して呆然とする事しか出来なかった。
「バ、バカな……。アイツが国王直属に依頼を……。しかもSランクだと……?」
蚊の鳴くような声でブツブツと何かを呟いたグレイは、焦点の定まらない瞳を泳がせると空笑いをした。
「ハハ、ハハハハ。な、何をご冗談を……! アイツなんかが国王の依頼を受けるなど有り得ッ……「有り得ないのは貴様だグレイ!」
グレイの言葉をキャバルが遮り更に話を続ける。
「私がこんな下らん事を冗談で言うと本気で思っているのか馬鹿者が! もうこれは偶然だの間違いだのというレベルの話ではない。紛れもなく奴、ジークはそれだけの実力と才能があって自らの手で登りつめたのだ。国王直属の依頼を受けられるSランク冒険者にまでな」
キャバルの一言一句がグレイに重くのしかかり、彼は目を見開いたまま何も受け入れられずにいた。
「ジークが国王の依頼を受けるという事は先程正式に王族や貴族の者達にも通達が届いた。これによって我がレオハルト家の名が汚れる事は免れない。それどころか同時にグレイ、お前はもうジークがいる限り国王の依頼は受けられなくなった。
他の王族ならまだ可能かもしれぬが、言わずもがな王国のトップは国王。つまりお前がどれだけ力と名声を得ようと永遠にジークの下だ」
「そ、そんな……俺が奴の下なんて有り得えない……まだ、まだ俺は……」
「それにグレイよ。少し話は変わるが、ここ暫くのお前の横暴な態度に耐え切れなくなったと、使用人が何人か辞めていったそうだ。まぁこんな事は新しい使用人を雇えば問題ないが、必要以上にレオハルト家の名を汚しかねない。
まさか勇者のスキルを授かったお前がこんな結果を招くとはな。万が一この先も一族の名を汚す様ならば今度はお前が出て行けグレイ。レオハルト家はやはりジークに継がせるぞ」
「……ッ⁉」
グレイはバッと顔を上げて睨む様にキャバルを見た。
(馬鹿か……。何を言い出すかと思えば、父上は本気でそんな事を思ているのか⁉ ふざけるな。それじゃあまるでレオハルト家の名を汚しているのは奴じゃなくて俺だとでも言いたいのか。
それに万が一本当に俺を追い出したとて、奴がここに戻って来るなんて1番有り得ないぞ)
自分と目すら合わせない父キャバルの背中を見ながら、グレイは消化しきれない怒りを体の奥底でグッと堪える。そしてそれと同時に、グレイはキャバルが自分やジークに期待していたのではなくただただ“一族の名”という肩書だけを大事にしているという事を察したのだった。
だが最早そんな事はどうでもいい。
グレイにとっての最大の障害は後にも先にも兄であるジーク・レオハルトただ1人。この事実だけは最初からこれからも絶対に変わらない。自身やレオハルト家に懐疑な視線を向けられ名を汚したと言うのなら、尚更ジークと本当の勇者の力の差を見せつける以外に手段はないのだ。
そう考えたグレイは酷く冷たい声でキャバルに口を開いた。
「……父上。このような状況になってしまった以上、私も黙ってはおれません。全てを懸けて、ジーク・レオハルトととの直接対決を願います」
「成程……。確かに今の我々の名誉を挽回するにはそれしか方法はない。だがしかし、これで負ければお前は一生這い上がる事は出来ぬぞグレイよ」
「分かっております。それに私は紛れもなく勇者ですよ父上。最後に頂点に君臨するのは俺だ」
グレイはそう言い放って部屋を後にした。
(全員見ていろ……。何が何でも、“どんな手を使って”でも俺が上である事を証明してやる。クハハハ。どんな手を使ってもな――)
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