1-9 やはり呪いも引寄せてしまうのか

 イェルメスさんの言葉を聞いた僕は、何故か心の奥がスッと軽くなった事を覚えた――。


 僕の呪いのスキルは呪われていなかったって事……?

 皆に軽蔑されて家も追い出されたこのスキルでも、まだ僕はこれから……。


「僕が真の勇者……ですか」

「ああ、そうさ。本来ならゴールドの腕輪が最も強いとされているが、そのゴールドよりも更に稀なのがその『引寄せ』スキルのあるブロンズの腕輪だからね。

いやはや、まさかまたその腕を見る事になるとは。フフフ、懐かしいものだな」


 イェルメスさんは優しい目つきでそう呟く。何か遠い日の記憶をを辿っているイェルメスさんの表情はとても穏やかだった。イェルメスさんは徐にブロンズの腕輪が付いている僕の腕を掴むと、腕輪に刻まれたスキルに視線を落とす。


「ほお、君はやはり勇者の運命に選ばれている様だ。既に『必中』、『無効』、『分解』のスキルを習得しているとは中々。ジーク君はかなり強いな」

「い、いえ! 全然そんな事ありませんよ! 毎回必死で戦っていますから」

「君が選ばれた理由が分かる気がするよ」


 イェルメスさんはそう言いながら僕に微笑みかけくれた。

 この人が纏う空気は不思議だ。優しくて強くて、全てを包み込むような暖かささえ感じる。これが勇者と共に魔王を倒して世界を平和にした人のオーラというものか。


「それはそうよ。何て言ったってジークはベヒーモスの私を一撃で倒して、その上私の命を救った王子様なんだから。私のジークならばそれ相応の実力があっても何も可笑しくないわ」

「何度も言いますが、ジーク様は人を救う勇者に相応しい方であり、決して“貴方のジーク様ではありません”! 私がジーク様にお仕えしているのですから」

「あら嫌だ。もしかして嫉妬かしら? 貴方もやっぱりジークがすきだったのね」

「そ、そういう事じゃありませんミラーナさん……! 私はただジーク様にお仕えしているだけです!」

「あっそ。なら“ただ”仕えるてるだけの貴方では、私とジークの邪魔をする権利は全くないわよレベッカ」

「ッ!」


 おいおい、何か話が凄い方向に進んでいるぞ2人共。


「ハッハッハッハッ! モテる勇者は大変だなぁジーク君」

「い、いやッ、そんなのじゃないですってば……!」

「はぁ……そりゃないんよ。俺だってレベッカちゃんもミラーナちゃんも両方好きなのに」


 イェルメスさんの言葉によって、何故か僕の方が恥ずかしくなってきた。ルルカも落ち込む意味が分からない。レベッカとミラーナに関しては何処まで本気で言っているのか全く分からないけど、早くこの変な会話の流れを元に戻さないと。


「ちょ、ちょっと待った! それよりもイェルメスさん! この引寄せの力は分かりました。後、この赤い結晶の事について何か知りませんか!」


 居ても立っても居られなくなった僕は強引に話を戻す。するとイェルメスさんは少しニヤニヤとした表情を浮かべながらも、僕の気持ちを汲んでくれたのか話題を結晶に移してくれた。


「赤い結晶? どれ、ちょっと見せてくれ」


 そう言って僕から赤い結晶を受け取ったイェルメスさんは、暫し無言で結晶を眺めた後、真剣な顔つきに変わって僕に尋ねてきた。


「これを何処で?」

「ギガントゴブリンを倒した時に魔鉱石と一緒に体から出てきました。しかもそのギガントゴブリンは普通の個体とは比べものにならない強さだったんです。それと、こっちの砕けた物はミラーナの体から出てきた物です」

「お嬢ちゃんの体から?」

「そうよ。その結晶が関係しているのかは知らないけど、ある日突然ベヒーモスの姿から戻れなくなったのよ私。でもジークがこれを砕いた瞬間に元に戻る事が出来たの。ね? 間違いなく私の王子様でしょ」

「断じて違います」


 こらこら。本当に止めてくれ2人共。こんなのをまともに相手するなんてレベッカらしくないぞ。


 僕がそう思っていると、イェルメスさんは何処か気が重そうな空気を漂わせながらそっと赤い結晶をテーブルの上に置いた。


「……成程。確証はないが、ギガントゴブリンの異変らしきものとお嬢ちゃんが戻れなくなったのは、十中八九この結晶が原因だろう」

「やっぱりそうだったのか……。イェルメスさん、この結晶は一体ッ『――ドサッ』


 刹那、僕の言葉を遮る様に、ルルカが突如椅子から転げ落ちた。


「ルルカ……⁉」

「ハァ……ハァ……ハァ……」


 床に倒れたルルカは呼吸が荒く、異常な量の汗を掻いていた。


「え、どうしたんだよルルカ! って熱ッ……!」


 僕がルルカの上半身を起こす様にして抱き上げると、大量の汗と共にルルカの体から物凄い熱を感じ取った。


「疲労が溜まって風邪でも引いたのかしら」

「いや、違うぞ。これは“黒魔術”の副作用だ――!」


 黒魔術……⁉


「マズいぞ。ひとまずそこに寝かせるてくれ」


 場が一瞬にして緊迫の空気に包まれた。

 イェルメスさんに言われるがまま、僕達はルルカを直ぐ近くのベッドへと運ぶ。


 何だよコレ……! 一体何が起きているんだ。


「イェルメスさん、ルルカに何が⁉」


 神妙な面持ちでルルカの状態を確かめたイェルメスさんは確信したかの如く、1度深く頷いてから僕達に口を開いた。


「間違いない。彼は黒魔術の効果によって体が蝕まれている。それも理由が定かではないが急激に効果が強まっている様だ。本来なら黒魔術は徐々にその効果を強めていくものだが……。今は原因よりもまず彼を回復させないと手遅れになってしまう」

「そ、そんな……でもどうやって!」

「黒魔術は質が悪くてな。それ専門のスキルが必須。最悪ヒーラーでもいれば進行を遅らせられるが――」


 慌てた様子でイェルメスさんは僕、レベッカ、ミラーナを順に見た。


「残念ながら見た感じ誰もヒーラー系のスキルじゃなさそうだ。私のスキルも使い物にならん。こうなればもう山を下り1番近いクラフト村でヒーラーを探すしかない。だが、クラフト村でも距離があるからそこまで持つかどうか……」


 嘘だろ、そんなの……。ルルカが助からないなんて有り得ない……!


「ルルカは絶対に助ける! 急いで山を下ろう!」

「確かにジーク様の言う通りですが、登って来るだけでもかなりの労力でした。それをルルカさんの力も無しでは到底……!」

「そんな事は分かってる! でもだからってこのまま何もしないなんて僕には出来ない!」


 大声を上げたところで、レベッカの言っている事が正論だ。登るのに時間が掛かったんだから、降りるのだってそれなりに時間を要する。


「ったく、仕方ないわね。だったら私が変化して一気に山を下ってあげるわ」

「あ、ありがとうミラーナ!」

「でもジーク、知ってると思うけど変化は凄い魔力を消費するから、例え回復薬を連続でがぶ飲みしたところでずっとは使えないわよ」

「それで十分! 任せたぞミラーナ」

「もう、しょうがないわね。ルルカじゃなくてジークの為なんだから」


 ミラーナはそう言うと、小屋の外に出るなりあっという間にベヒーモスの姿へと変化した。もう何度か見た姿だけど相変わらず凄い存在感だ。


「ほお、これは凄い。まさか獣人族の中でも超希少なベヒーモスとは驚いた。しかもここまで完璧に変化するとは」

「早く乗って皆!」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

「大丈夫か? ルルカ」

「あ、ああ……。一体どうしちゃったんよ……俺の体は……」

「原因は分からないけど、黒魔術が掛けられているらしい。でも絶対に助けるから頑張ってくれ」


 ルルカを抱えながら僕とミラーナが背に乗ると、イェルメスさんも「私も付いて行こう」と同行してくれる事になった。


「ミラーナ君と言ったね。私が付与魔法で君をサポートしよう。だから君はベヒーモスの姿を維持したまま一直線に村へ向かってくれ」

「あら、そんな事出来るの?」

「アハハハ、一応元勇者パーティの一員なのでな。本当は黒魔術を解ければいいのだが、生憎そこまで器用なスキルは持っていない。あくまでも老人が手を貸す程度だ」


 申し訳なさそうに謙遜したイェルメスさん。だが僕達に言わせればこれ以上ない超強力サポートだ。


 イェルメスさんはローブからスッと腕を出すと、そこには綺麗に輝くゴールドの腕輪が付けられていた。そこからイェルメスさんは魔力を高めると、淡い光を纏った手のひらを静かにミラーナの背に当てた。


「これは凄い。力が漲ってくるわ」


 ミラーナの魔力が強くなったのを僕達も感じる。


「さぁ、急ごう。クラフト村で早くヒーラーを探さなければいけない。それに――」


 イェルメスさんは皆まで言いかけて口を閉じた。

 僕は気になってイェルメスさんに問いたが、イェルメスさんは「後にしておこう」と意味深な言葉を残し、会話はそこで終わった。


 そしてミラーナの背に乗った僕達は凄まじい速さで山を駆け下りたのだった――。

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