レオハルト家の破滅 ①

♢♦♢


 時は遡る事数日前。

 ジークがレオハルト家を追放された一方で――。


~王都・レオハルト家~


 豪華な屋敷の中、キャバル・レオハルトとグレイ・レオハルトはそこにいた。


「グレイ。既に分かっていると思うが、これからこの偉大なレオハルト家を継ぐのはお前だ。その名に恥じぬ力と名声を手にするのだぞ」

「当然でしょう父上。やっと俺の力を認めさせる時が来たのですから」


 金色の髪を靡かせ、ゴールドの腕輪を輝かせたグレイ少年は不敵な笑みでそう言った。


(クッハッハッハッ。堪らねぇ、堪らねぇぜおい。俺は“次男”ってだけでこれまでずっと期待されていなかったからな。

どいつもこいつもレオハルト家の跡継ぎはあの落ちこぼれ兄貴だと思い込みやがって……! 生まれたのが少し先だからって鬱陶しいんだよ。全ては実力だろうが――)


 グレイは誰よりもジークがレオハルト家から追放された事を喜んでいた。彼にとって実の兄でもあるジークという存在は、物心着いた時から自分の邪魔をする存在でしかなかった。


 長兄が1番目の跡継ぎと考えるのはごく自然の事。

 しかし、グレイにとってそんな当たり前の事が幼少時から気に食わなかったのだ。


 過去はどうであれ、洗礼の儀で見事『勇者』のスキルを引き当てた事により彼の評価は一気に覆った。それが今の全て。兄や弟とい

った立場は関係ない。グレイは結果実力で地位と名誉を勝ち取っていた。


 そしてそんなグレイの元には早くも王都内外から多くの“依頼が”――。


「グレイよ、どの依頼を受けるのかは決まったのか?」


父キャバルは徐にそう言いながら、テーブルに乗せられた数多くの依頼の紙に視線を落とした。


「まぁ勇者の俺にとっては依頼なんてどれも簡単ですが、それでもなるべく効率良く名が上がる依頼の方が良いですね」

「一理あるな。身元も知れない田舎の依頼や報酬が少ないはやめておけ。場合によってはレオハルト家の名を落とす下らん依頼が幾つもあるからな」

「そうですね。ただでさえこの間の洗練の儀でアイツに恥をかかされましたから」

「全くだ。思い出しただけでも腸が煮えくり返る」


 グレイとキャバルはジークの陰口を叩きながら依頼の紙を精査し始めた。洗練の儀からまだ日が浅いにも関わらず、これだけグレイの元に依頼が届くのはやはり『勇者』のスキルを手にしたからだろう。


「ろくなのがないな」

「これはどうだグレイ。“大型モンスター”の討伐依頼だ」

「大型モンスター? もしかしてSランクレベルですか?」

「フハハハハ! それは有り得ないだろう。Sランクモンスターなどそもそも出会うこと自体稀だからな」


 笑いながら紙を渡されたグレイは依頼書に目を通す。

 すると彼は依頼書の最後を読んで軽く溜息を吐いた。


「父上、ダメですねこれは。大型モンスターなら確かに俺の実力を見せつけられますが、依頼元が王都から離れた“クラフト村”とかいう田舎です」

「なんだ、そうなのか。なら辞めておけ。そんな田舎の村じゃまともな功績は期待出来ん」

「そうですよ。俺は最短ルートで国王の依頼を受けるまでに登りつめる勇者ですから」


 そう。

 この王国で最も名誉あるとされているのが“国王直々の依頼”である――。 


 真の選ばれし者となれば、他とは比べものにならない国王や王家からの依頼を専属で任される様になるのだ。


「そうだな。勇者のスキルを与えられたお前であれば直ぐに国王直属として依頼を受けられる様になるだろう。そうすればレオハルト家の名もたちまち上々だ」

「まぁこの大型モンスターってのが少し気になりますがね」

「出たとしてもギガントゴブリンがいいとこだろう」

「Sランクのドラゴン、ベヒーモス、フェニックスなんて可能性は?」

「フッハッハッハッ! それは絶対に有り得ん! 仮にそうだったとしたら、例え勇者であるお前でも不可能だ!」


 豪快に笑い飛ばすキャバル。

 だがこれはまさに正論中の正論だった。


(確かに……そもそもこんな田舎村にSランクのモンスターが出る理由が全くない。それに悔しいが父上の言う事が正しい。幾ら俺でもSランクモンスターを倒すなんてパーティを組んでも不可能に近いからな)


 グレイもまたSランクモンスターを倒せるなど微塵も思っていなかった。思わず笑ってしまう程に、Sランクモンスターはその存在自体が最早伝説であり。多くの者が何処かお伽話の様に受け取っているのが一般的であった。


「お前は馬鹿ではないから分かっていると思うが、万が一Sランクモンスターと遭遇したら迷わず逃げろ。命が幾つあっても足りん。

まぁSランクどころかBランクのギガントゴブリンでさえサシでは厳しい。パーティを組むのが常識だ」

「クハハハ、そうですね。この依頼ももう数日前ですから、今頃襲われているかもしれません」

「仕方ないさ。力がなければ食われるだけ。結局人間もモンスターもそういう世界なのだ」


 グレイとキャバルは笑いながらそう話すと、再び他の依頼にも目を通した。


(やれやれ、それにしても実に気分が良いぜ。やはり俺にとっては兄さんの存在が邪魔でしかなかったみたいだな。昔から気に食わなかった。跡継ぎがアイツを優先されるのは百歩譲って良しとしよう。

だがそれ以上に、アイツや俺は名のある貴族のレオハルト家であるにも関わらず、どこか優等生ぶった偽善まみれのアイツが目障りだったんだ。


あんなへこへこした態度じゃ周りにも舐められる上に、由緒あるレオハルト家の名を汚す事にもなる。俺らは俺らの身分相応に威厳を保たないと示しがつかねぇだろ。しかもアイツは何故か国王や王家と“繋がり”を持とうとしてやがった。今となっては理由も分からないしどうでもいい。


アイツへの不満はまるで尽きないが、昨日入ったばかりの噂だともう王都にすらいないらしいからな。クハハハハ! ざまぁねぇな。

まぁブロンズの腕輪の挙句、よりにもよってあの呪いのスキルなんか引き当てた奴じゃ仕方がないか。死んでないだけラッキーだろ)


 グレイはそんな事を思いながら、1番自分に恩恵を感じられる依頼を父と精査し続けるのだった。


 そして依頼の山も終盤に差し掛かった頃、父キャバルが徐に口を開いた。


「時にグレイよ。確かに目の前の依頼も大事であるが、お前には王国最大の催しものである“大討伐会”で是が非でも優勝してもらわねばいかん。任せたぞ」

「分かってますよ父上。全ては勇者である俺に任せて下さい」


 グレイは不敵な笑みを浮かべながら、クラフト村の依頼書を、大量の不合格依頼書と共にゴミ箱に投げ捨てたのだった――。

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