第17話
翌日、いつものように堀井と教室に入って行った時、僕の二つ斜め前の席のクラスメートはまだ来ていなかった。寮生ではないから、通学組のはず。
席に着くと、堀井のほうにイスを寄せて、
「あの席の子、名前なんだっけ?」
と聞いた。僕はその子の名前さえ知らなかった。
「おまえ、まだ覚えてない奴いたの?」
「あ、…うん」
堀井はちょっと呆れたような顔をした。
「竹内。
龍司───おとなしくて、名前と合わないような気も……。
「竹内がどうかしたか?」
そこにちょうど、その竹内が入って来て、僕と目が合った。途端に耳まで真っ赤になって、急いで自分の席に着いた。
その様子に、僕は昨日ここで見た光景を思い出してしまった。
「竹内と何かあったのか?」
「イ……ッ」
そう小声で聞いてきた堀井に、耳たぶを引っ張られた。
「佑、おまえも顔赤いぞ」
僕はふるふると首を振り、
「なんでもない」
と答えて、イスを戻した。
堀井のいぶかしげな視線はシカトを決め込んだ。
その日、竹内とは何度も目が合った。
どうやら竹内はじっと僕を見ていて、僕がその視線に気づいて竹内を見ると、慌てて目をそらす。しかも、その時必ず顔を赤くする。
わき腹をチョイチョイとつつかれる。
「たっくん」
僕をそう呼んだのは田上。
「今のは何かな?」
今は昼休み。場所は食堂である。
竹内はここでも同じことをした。田上が隣に居るっていうのに……。
「お答えできません」
僕は無表情に淡々とそう言った。
「ふ〜ん、どうしても?」
田上がもう一度聞いてきたのにも、全く同じように答えた。
「ふ〜ん。ま、たっくんが答えられないって言うんじゃ、何かそう言う訳があるってことね」
田上がニッと笑って、それ以上は追及をやめてくれた。
正直ホッとした。こういう場合、怖いのは堀井より田上だからなぁ。
もちろん田上がペラペラ喋る人間じゃないのは良くわかってるけど、約束は約束だから。
誰にも言わない、って。
授業が終わって立ち上がると、
「あの……」
竹内がおずおずと声をかけてきた。またまた顔が真っ赤だ。
「堀井、悪い。先行ってて」
堀井は何も言わずに教室から出て行った。
「場所変える?」
僕がそう聞くと、竹内はうなずいた。
「屋上とセンター、どっちがいい?」
「あ……、えっと…、センター。あそこ一回しか行ったことないから……」
「え!?ホント?あー、通学組はあんまり行かないのかな?」
「うん。なんとなく寮生の物って感じがするし、寮に近いほうにあるから、一人じゃ行きづらい、かな」
ボソボソとではあるが、竹内はそう言った。
「じゃ、行こうぜ。テスト前だから、そんなに人居ないと思うし…」
僕がそう言うと、竹内は慌てたように、
「あ、ご、ごめん。テスト前なのに、僕、中野に時間取らせちゃって…。やっぱりあとで…」
と言い出した。
「そういう意味で言ったんじゃないよ、俺は。嫌なら断るし」
僕が笑いながらそう言うと、竹内はただうなずいた。
センターに入ると、思った通り人はまばらだった。近くに人が居ないテーブルを選んでカバンを置く。
「何飲む?」
僕が自販機に向かうと竹内は、
「いや、誘ったのは僕だから僕が…」
と慌てて財布を手に自販機の前まで来た。
「いいよ」
僕はいつも通りコーヒーを買ってテーブルに着いたけど、竹内は自販機の前を行ったり来たりしている。なんだかその姿がおかしくて、コーヒーを飲みながら、じっと見てしまった。
やっと決まったらしいカップ入りの飲み物を手に、竹内は少し慌てたようにこちらに歩いて来て、途中つまずきそうになって、カップが傾きかけて“ああ”とか“わあ”とか言ってる。
もうこらえきれずに、僕はテーブルに突っ伏して笑ってしまった。
「あ、あの……」
竹内はテーブルの前まで来て立ち尽くしている。
「た、竹内っておもしろい…」
「え…?」
まだ笑いながら言う僕に、竹内はまた顔を真っ赤にしている。
やっとイスにすわり、カップに口をつけた竹内が、
「落合さんもそう言って笑ってくれました」
小さな声でそう言った。
あー、あの人落合さんっていうのね。
「で?」
「え?」
「え、じゃなくて、俺になんか用があったんでしょ?」
「あ……」
竹内はカップを手にうつむいて、それきり沈黙。
仕方なく僕はコーヒーをちびちび飲みながら、ひたすら竹内が口を開くのを待った。
「な、中野は……」
お、ようやく話し始めた、と思ったら竹内の口から出たのは…。
「堀井とどうしてるの?」
は?
はあ!?
いやいやいやいや、ちょっと待て!
と、思った所に、視界の隅に原さんと落合さんと例の時のもう一人が入って来るのが見えた。
原さんは目ざとく僕を見つけたらしく、こちらに歩いてくる。
竹内は僕の返事を待って、真剣な目で僕を見ている。
三人はちょうど竹内からは死角になっていて、気づいていないらしい。
「いや、ちょっと待って」
竹内にそう答えながら、テーブルの下で竹内に気づかれないように“シッシッ”と三人に向かって手を振った。それに気づいた原さんが立ち止まって落合さんに何やら耳打ちして、竹内からは見えない位置に静かに陣取った。
マジか……。
竹内は僕の言葉を待てなかったらしく、
「堀井とは寮で同室なんだよね!?どうしてるの?」
う……わ〜、竹内、その質問、ヤバすぎだろ?
竹内に気づかれないようにチラリと落合さんを見ると、真っ赤な顔をしながらも僕を凝視している。
ウソだろ……。
「いや…、だから、誤解だよ。俺と堀井は何も…」
「え!?そうなの?」
竹内の驚いたような顔。チラッと見た原さんの顔には意味深な笑み。
なんか僕、追い詰められてる気分。
「え!?だから原さんとキスしちゃうの?」
ちが〜う!!
思わずイスから立ち上がった。
竹内はさらに驚いた顔。原さんは腹を押さえて声を出さずに笑ってる。
「あれは、向こうが勝手にしてきたことだから」
腰をおろしながら、原さんにも聞こえるようにハッキリと言った。
「え、そうなんだ?」
「そう、です!」
「でも中野、原さんのこと嫌ってないよね?」
う……。
原さんを見ると、笑うのをやめてこちらを見ている。
「なんて言うのかな……。お互い信頼し合ってて、すごく絶妙な距離感を楽しんでる感じ」
あ〜……。
僕はイスの背もたれに体をあずけた。
「竹内、おまえ、すっごいカンいいね」
竹内がキョトンと僕を見る。
もう降参。
「うん、俺、原さんのこと嫌いじゃない」
「堀井は?」
あ、そこ来ますか……。
「堀井は……」
しばらく言葉をさがした。
堀井……。堀井は?
目の前の竹内の目を見つめて、僕は……。
「………………」
「ごめん!」
竹内がいきなり身を乗り出し僕の手を取って謝ってきた。
「ごめん。中野の中ではまだ答えが出てないんだね?そんなこと聞かれても困るよね!?ごめん。ホント、ごめん!」
竹内は勝手に結論づけて、納得しているようだった。
「僕は、落合さんのことが好き」
竹内はまた顔を赤くした。
チラッと落合さんを見ると硬直している。
「僕の全部、落合さんに知ってほしいって気持ちと、でもやっぱり知られるのは怖いって気持ちの両方がある」
ああ、それは、…わかる。
「あ、あの…、友だちに、なってもらえない…かな?」
竹内はうつむいてそう言った。でもすぐ顔を上げて…。
「厚かましいお願いだってことはわかってる!でも僕、中野と…」
「もう友だちじゃないの?」
「え?」
僕の言葉に竹内は首まで真っ赤にして、目に涙まで浮かべた。
えッ!?え…?
チラッと三人のほうを見ると、いつの間にかそこには落合さんしか居なかった。
「あ、あー、俺そろそろ戻るわ。堀井、待ってるし」
僕はずっと握られたままだった手をそっと外して、カバンを手に歩き出した。
僕に続いて慌てて立ち上がって歩き出そうとした竹内が、やっとその視界に落合さんを捉えたらしく、固まっていた。
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