御身は貴女の為に

ザイン

鳳桜の変

第零話 将軍暗殺

約200年。戦乱の世を治めた征偉大将軍『瑤泉院(ようぜいいん)以仁王(もちひと)』を生んだ『瑤泉院家』によって統治されている島国『ヤマト』。大きな戦乱無く太平の世を築き上げていた『ヤマト』に激震が走る。


「殿下!将軍殿下!!」


将軍の居城『穢土城(えどじょう)』の天守閣を走り上がる老中『諏訪部忠政(すわべただまさ)』。


息を切らして将軍の間に押し入る。


「諏訪部!貴殿はあれ程廊下を走るなと忠告を受けながらまた………」


「申し訳御座いません。直之様しかしこれは急ぎお伝えせねばならぬ事につき、このような形になりました。」


将軍を補佐する大老『井伊直之(いいなおゆき)』は眉間にシワを寄せ、懲りない諏訪部を睨みつける。


「では申せ、何事じゃ?」


「横塚(よこつか)に異国の船が襲来。民が動揺しております!」


「異国?和蘭陀(ワランダ)や歩留尖(ホトガル)では無いのか?外交用に設けた平戸(ひらと)の出島(でじま)に通せばよかろう」


「それが、見た事の無い旗を掲げておりましてワランダやホトガルでは無いと思われます。」


「何?其奴らは何を要求して来ておる?」


「それが………ワランダやホトガルとは異なる言語を使っているようでして、要求がわからないのです………」


「馬鹿者!ならばさっさとその言語を分かる者を向かわせんか!永之介………出島での通訳を担当しておる林山永之介(はやしやまえいのすけ)を向かわせい!!」


「ハッ!」


気持ち急ぎ、怒られない程度に足早に部屋を去る諏訪部。


「直之よ。そなた、ちと諏訪部に対してキツく当たり過ぎではないか?」


御簾(みす)越しに上座で黙って聞いていた。第14代征偉大将軍『瑤泉院孝明(ようぜいいんこうめい)』は諭すように井伊に問う。


「あの者はあれくらいが丁度良いのです。殿下。………しかし此度の一件どのようにお考えですか?」


「出島からの報せで外の世界の動きについては余もある程度知ってはおるが、これは………悩ましいところじゃ」


「隣国の二の舞いは避けねばなりませぬ」


「それは勿論じゃ、だが話を聞く限りでも外の世界は我が国の水準をゆうに超えておる。現状の維持は恐らく困難じゃ」


「殿下!恐れながらそれでは瑤泉院家が200年太平の世を築き挙げた『ヤマト』が再び戦乱に巻き込まれまする」


「…………。」


「この国は外の世界と距離を取った事で今日まで太平でいられたのです。異国の者を受け入れるなど…………。」


「隣国もそれに拘った結果があの末路では無いのか?」


「!?」


「まぁ、まずはその異国の話を聞こうではないか」



数刻後。林山永之介が異国との話し合いを終えたことで井伊直之は重臣達を将軍の間に集め話し合いを始める。


「こっこれは…………」


井伊は林山が纏めた話し合いの内容を記した書を御簾越しの将軍に静かにお渡しする。


「永之介…………誠なのか?」


「はい、この亜墨利加(アルリカ)なる国の船は即刻開国と金銭及び物資の補給を要求し………要求が呑まれなければ、即武力によって我が国を支配下に置くと」


「なんじゃその一方的な要求は!」


「我が国を馬鹿にしておるのも同義」


「船の一隻や二隻沈めてやろうではないか!大老!!」


「…………。」


「永之介」


将軍の一声に感情的な怒号が渦巻く将軍の間に一瞬で静寂が訪れる。


「ハッ」


「そなたの意見を申せ」


「殿下?何を」


「………恐れながら、ここにおられる重臣の方々の言葉を鵜呑みに砲撃でもしようものなら、我が国は即刻アルリカの支配下に堕ちるかと」


「!?」


「貴様!出島の通訳の分際で!!」


「貴様は我が国の志士でありながら、異国の肩を持つか!!」


「皆様は実際にあの船を御覧になっていないからそんな事を仰るのです。某も出島の異国人から外の情報は聞き及んでおりますが、アルカリの船はその情報をも凌駕する性能とお見受けします」


「永之介。そなたの見立てでその船一隻沈めるのにどのくらい戦力がいる?」


「…………恐れながら、幕府の総戦力の三分の一を持ってしてようやく一隻かと」


「!?」


「何を馬鹿な事を」


「永之介。何故そのように考える?」


「大老まで!」


「この中で永之介は唯一実際に現物をその目で見ているのだ。その意見は我らの頭の中の想像よりゆうに現実的な意見であろう」


「…………。」


「貴様の考えを述べよ永之介」


「ハッ。まず船の大きさが一隻で我らが所有する最大の船の倍はあります。その船は鉄の防壁に包まれており、恐らく我が国の大砲を全く寄せ付けません。」


「大砲が効かぬと」


「多少の傷はつけれましょうが、我が国の大砲に鉄を貫く程の威力は無いかと」


「…………」


「そして動力が根本的に違います。」


「動力?」


「はい。『蒸気機関』と呼ばれる水蒸気の熱エネルギーを回転運動に転換する機関…………を使用しており、我が国の船の倍の大きさ鉄の防壁を備えながらその移動速度は我が国の船の3倍はあります。」


「そんな馬鹿な!?そのような船が存在など出来るものか」


「そのような船は外の国では20年前から存在しております。」


「なんと………」


「恐れながら、我が国は外の国に何倍も技術力で差をつけられていると思われます。私の見立てでも甘い面があるかもしれませんので見立て以上の差があるやもしれません。」


「…………」


「しかし、そのような逆境。我ら志士としてはまたとない武勇を轟かせる機会。我らの屈強な志士がそのような逆境自らの限界を超えた力を発揮しその異国の船を打倒しましょう!大老」


「井伊よ」


「!?殿下。」


「要求を呑みましょう」


「なっ!?」「!?」「〜〜〜」


「我が民の生活に支障が出ない程度に貢物を送りなさい。異国の者の要求量を精査し限度を超える要求は弾いて構いません。【支援する意思】をみせるのです」


「【支援する意思】で御座いますか?」


その場にいる一度が首を傾げる。


「我が国は他国が困っている時に助ける意思があることを示すのです。ですが要求を鵜呑みにしてはいけません。あくまで対等………交渉をするのです。」


「畏まりました。」


「永之介。井伊に付き交渉の仲介役をしなさい。貴方達で互いに情報を交換しある程度交渉材料を纏めるのです。」


「ハッ!」


「…………」



3日程の交渉の末。瑤泉院家による政権『穢土幕府(えどばくふ)』は約200年の鎖国を解き開国。それから暫くしてアルリカと通商友好条約を締結して異国の文化を取り入れ始めた。



アルリカと国交を開いて数週間。目まぐるしく入ってくる異文化に民は驚きと興奮の連続であった。それは穢土幕府の志士達も同様である。


「父上。お勤めお疲れ様です。」


異国との国交に追われた日々も一段落した将軍は束の間のひとときを過ごしていた。


「誉(ほまれ)。母様と家の留守をよく護ってくれた。感謝する」


瑤泉院孝明の娘。『瑤泉院誉(ようぜいいんほまれ)』


武家は元来男子が家督を継ぐのが主流であるが瑤泉院家では孝明の代で子が誉しか生まれず、家督は誉が継ぐ事が決まっていた。


「父上こそ、国の命運を左右するやもしれぬお勤め大変お疲れ様で御座いました。」


「誉よそなたに問う」


「はい。父上」


「余よりも外の世界に興味を持ち、幼き日より出島に出向くなどしていち早く異文化に理解を示してきたそなたから見て。余の判断はどう視える?」


「賢明な判断かと。異国の力に屈すること無く国力の差を感じさせぬ対等な決め事を纏め上げられ、これ以上の成果は無いと私は考えます。父上」


「しかし、ちと強引過ぎたかもしれん。家臣の中には不満を抱く者も多い」


「恐れながら父上。このような大事の決め事に大なり小なり不満が出るのは至極真っ当で御座います。父上は御自身の決断に誇りをお持ちください。」


「そうか………」


「少なくもと、今のところ民は異国の文化に好意的な印象を持っていると見受けられます」


「!?そなた。また城から出たのか?」


「…………。」


「1人で?」


「…………申し訳御座いません。配下の者達は頑なに止めに入りますので御忍びで」


「1人で城下を出歩くで無いとあれ程申しておろうに。そなたは次期将軍になる者なのだぞ?」


「御言葉ですが父上。女子(おなご)は将軍にはなれないのでは?」


「………残念ながら今の『御三家』当主に将軍を任せられる器を持つ者は居らぬ。じゃから余は次期将軍に誉。そなたを指名する」


「それは大変光栄であります。」


「…………。正直申すとそなたを将軍などにしとうは無い。」


「何故にですか?」


「1人の女性として幸福に暮らして欲しい。それが余の願いであった。」


「…………。」


「余の誤りの1つじゃ。母様との子に拘り側室を持たず、世継ぎをそなた1人しか残すことが出来なかった」


「母上は父上の愛情を一心に受けられ幸福であると存じますが?」


「家督を継がぬ者はそれでも良い。じゃが余は違う。それも将軍家である『瑤泉院家』の主じゃ、家を存続させる為にありとあらゆる可能性を考慮しなければならなかった。」


「…………」


「結果。そなたにその重責を負わせねばならぬ」


「御言葉ですが父上。私も私が認めた者以外と子を授かろうとは思いませぬ」


「ハッハッハッ、そうか。それは困ったのそなたに認められる男が果たして今のヤマトにおるのかの…………」


「……………」


「まあ『御三家』から擁立すれば問題は解決する話しではあるが、瑤泉院家の血が薄れるのは間違いない。出来れば直系である当家から擁立したかった。」


「私では役不足ですか?」


「そうは言わん。じゃがそなたが将軍になっても世継ぎがおらねば瑤泉院家の直系はそなたで途絶えてしまう。出来ればそれは避けたい」


「…………」


「結局そなたには、重責しか残すことが出来ぬ。すまぬ。」


「父上。お顔を上げてください。それに重責だなんてとんでもない。誉は父上より将軍という大役を引継ぐことが出来ること、民の為に御身を捧げることが出来る事。大変誇らしく思います。」


「誉………」


「ですから、父上は民とこの国の為にこれからも最善を尽くしてくださいませ」


「…………。誉が余の跡に将軍を継ぐ時にはこの国が更に発展しておるようにせねばな」


「心待ちにしておりますわ、父上」


「では母様も待っておる食事といたそう」


「はい。父上」


その夜、将軍の御所を何者かが襲撃。第14代征偉大将軍瑤泉院孝明は妻と共に殺害された。娘である次期当主瑤泉院誉は行方不明という。穢土幕府史上最大の事件。『鳳桜(ほうおう)の変』が発生。


穢土幕府に不穏な気配が立ち込め始めた。

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