2-2 転移者たち一城の主となる

 思ってたのと違う……。林を抜けハティエの城を見た文武の頭に最初に浮かんだ感想だった。もちろん豪奢な宮殿みたいな城をもらえるとは思っていなかった。規模が最小限のものなのはしかたないだろう。しかし、城の文字がイメージさせる姿と比べるとあまりにも……

「ボロっ……」

 同行する現地の人々に聞こえない声で呟いてしまった。ソラトの総督は苦しい台所事情の中から護衛をつけてくれた。道中で四人に何かがあったら、その罪を被せられかねないからだが、守られている方は分かっていなかった――真琴以外は。他にも討ち死にした前城主の従者も数人同行している。遺体は残りの家臣に守られて後から来る予定だった。

 途中で立ち寄ったソラトの市街を取り巻く城壁は石造りの立派なものだった。一方、ハティエ城を囲む城壁は『丸太』である。丁寧に上の方を尖らせてある丸太は風雨に打たれて変色していた。そんな丸太が地面に突き刺して隙間なく並べてある。

「なんで丸太なの?吸血鬼が攻めてきた時、あれを引き抜いて戦うの?」

「吸血鬼……いるのかな?」

 丸太がない部分である門を跨ぐように矢倉が構えられ弓をもった兵士が見張りをしていた。木戸が開かれた門の向こうには、矢倉に一部が隠れた形で石の塔が見える。石の塔が建っている部分は土台も高くなっているようだった。

「ラプンツェルが閉じ込められた塔みたい……」

 湯子がイメージに最も合致するものを挙げた。文武は姉の長い髪の毛を引っ張る仕草をしてみせる。

「やーん」

「コラコラふざけてないで……」

 真琴がじっと目でたしなめてきた。おふざけも姉弟にとっては現実を受け入れるために必要な手続きだったのだが。

 浅く臭い堀を土橋で越えて、矢倉の門番に手を振って城内に入る。そこに暮らす人々が少しずつ集まって来ていた。ほとんどみんな着古したみすぼらしい格好をしている。服の丈があっておらず、ほつれた袖から手足がひょろりと突き出している。

 石の塔が建っている区画と門がある区画の間も丸太の壁で遮られていた。空から見下ろせば雪だるまの形をしているのだろうか。一回り小さい頭の雪玉に石の塔が建っていて、そこの地面は嵩上げされている。

 能力はともかく防御への意欲は感じられる。

 外部への門がある胴体の雪玉は壁沿いに複数の建物が並んでいた。屋根は板葺きか茅葺きで馬のいないうまやは外からも機能が分かった。ニワトリやイノシシに見間違えそうな毛深いブタは我が物顔で丸太の囲いを闊歩している。

 前領主の死を伝えられた人々が涙するのを相手にしていると、塔の方から比較的身なりのマシな初老の男が急ぎ足でやってきた。服の色合いは彩度の低い緑と褐色で地味であるが、ちゃんと寒さは凌げていそうだ。彼はかしこまって名乗った。

「家宰のアレン・イータと申します」



 アレン・イータは潮時だと思っていた。ハティエの経営に力を尽くして来たが、軍役は過酷で、とても収支を黒字にできるものではなかった。特に前城主が捕虜になったときの身代金は壊滅的な損失をもたらした。前城主はとても真面目な人物でそれゆえにこれまで仕えてきたが、アレン相手にさえ未払いの賃金が溜まっていた。

 主の討ち死には家臣を解放するためだったかもしれないとさえ感じたものだ。

 そんな前任者の代わりに送られてきたのが子供四人だった。いちおう男の子が新城主らしい。ひとまず城の脇にある自分の家に通して話を聞く。頼りになる親族や累代の家臣もいないというのに、一城の経営をいきなり任せられるとはまともではなかった。

 彼らも多少は問題が分かっているのか、元からの家臣は全員を継続して雇いたい意向のようだ。しかし、雇用を続けるなら賃金の踏み倒しも通らない。せめて一部は支払ってもらわなければ納得しない家臣が出てくる。

 そこまで説明させられた時点で、家宰は客人の味方をしてしまっていた。元の主人と同じで損な性格をしていた。淡白な雇われ代官なら既に相談料を取っているところだ。

 なんでも、黄太子には先立つ資金にレーマ金貨十枚を与えられたという。家臣に溜まっていたツケを返したら消えてしまう額だった。

「歓迎パーティーもしたいしねー」

 新城主よりも偉そうな態度の少女が呑気なことを言う。ともかく肉でも食わせて領民の第一印象を良くしたい彼女の言い分も理解はできる。だが、無い袖は振れないだろう。

 メガネとやらを掛けた少女は字が読めないと嘆きながら、城に唯一の書物でもある帳簿を睨んでいた。一番小さい娘が言う。

「やっぱり金貨十枚を賭けで増やすしか!?」

「だめです」

 帳簿を見ている子が静かに口を挟んだ。妙に部屋がシンとしてしまって彼女はあわてて帳簿読みに戻る。

「これは売れないだろうか?」

 新城主が見たこともない硬貨や驚くほど平らなガラスが組み込まれた板を出してきた。代わりがあるなら今着ている妙な服も売っていいと言う。その服はボタンひとつ取っても高度な技術を伺わせた。

 アレンは許可を得て硬貨を手に取り、目に近づけた。

「これは見事なものですな……レーマの帝国でもここまで綺麗な円にできるかどうか。浮き彫りも非常に細かい。側面の均等な刻み目があれば手癖の悪い商人も悪さをできないでしょう。材質も銀とも鉄とも違う。質感は磨いた青銅に近いが、青銅しては白い。鉛?錫?うむむ?」

 他にも疑問が山ほど浮かんできたが、本題である売り物になるかについては好事家なら買うかもしれないと思った。ただし、負け戦続きのゴッズバラ王国では趣味人界隈の景気が悪い。他国に持ち出した方がいいだろう。それでも経営を逆転させる資金が得られるかは確信が持てなかった。要は買い叩かれない伝手が必要だ。

「これはどう?」

 真琴も懐から布に包んだ光り物を出してきた。また珍しいものかと思いきや、柄の折れた槍の穂先や矢尻の束だった。小さくて細工の良いものを選んだ形跡がある。彼女の仲間も呆れている。

「いつの間に……」

「……くははっ」

 苦労人の家宰は思わず笑ってしまった。壊れた武器を拾うなど彼の価値観では領主になる層の人間がやることではない。下手に知られれば権威を損ねかねない。

 そんなことをしてケロッとしている悪気のなさに呆れると共に、領主たらんと無理な出費を重ねた前の主人にはない可能性を感じた。

(なるほど普通の人物が来るよりはハティエが持ち直す可能性があるかもしれぬ……)


 そんな期待は、その夜の宴会で文武がみせた肉の切り分けがあまりに下手なのを見て、すぐに萎んだのだが。

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