1-3 転移エレベーター会戦の追撃を止める

 綬葛司じゅかつつかさは武装した男たちに囲まれて怯えていた。先輩たちも一緒なだけマシだが、他殺死体を見てしまったショックはあまりにも大きい。エレベーターから出るときは先輩がメガネを外して目隠しをしてくれたのだが、そもそもここは戦場である。

 歩くために目隠しを外した先にもそこら中に亡骸が転がっていた。吐かなかったのはエレベーターの振動に揺すられて軽く酔っていたおかげな気がした。

 ほとんど周囲を気にする余裕はなかったが先輩たちも酷く動揺しているように見えた――ひとりを除いて。

 姉弟らしき二人の先輩は顔色が少し青ざめ気丈に振る舞う様子が端々に見られたのに対して、栗色の髪をした先輩は平然とした素振りを保っていた。司にあまり観察の余裕がないせいかもしれないが、虚勢を張っているなら見事な虚勢に思えた。

(ポーカーやったら強いんだろうなぁ……)

 彼女の様子を見ていたら少し気持ちが落ち着いてきた。その先輩は確か牧野真琴と名乗っていた。エレベーターを出る前に、備え付けの非常食や水、簡易トイレを確保する手際の良さだった。司に目隠しをしてくれたのも彼女である。

 ついついこの訳の分からない状況を打開する期待を掛けてしまう。

 一方、鳴条と名乗った姉弟は声を潜めて話していた。弟は姉の少し前を歩き、折れた槍や矢を左右に蹴飛ばしていた。

「やっぱり、タイムスリップしたか、異世界に来たか、どっちかだね姉さん」

「撮影班もいないからね……でも、タイムスリップだとしたら日本語は通じないでしょ?」

 そうなのだ。わずか数語であったがエレベーターから這い出した四人に声を掛けた兵士は日本語に聞こえる言葉を口にした。ところが、彼らは日本史の資料にみるような漆の塗られた鎧兜ではなく、世界史の資料でみるような金属光沢のある鎖帷子やマントを身につけていた。

 一人や二人なら南蛮渡来の武装をしていることもあるのかもしれない。だが、明らかに下級の兵士まで「足軽」のイメージに合うような格好はしていない。

「何かの魔法で言葉が通じるようになったのかも……」

「そんな魔法があるのなら……」

 姉の方は言葉を切った。仮定の議論が馬鹿らしくなった様子だった。口を閉じた彼女は目を周囲に転じる。釣られて司も目をやると人垣の向こうに積雲に連なるようにそびえる青い山々がみえた。

「緑が濃くて遠くには山がみえる。ヨーロッパだとすればアルプス周辺かな?」

「姉さんの好きなGe○Guessrはじまった」

 弟は苦笑したが表情は微妙に強張っていた。周囲を見たことで武器をもった男たちに囲まれていることを再確認してしまったせいかもしれない。自分たちが殺人エレベーターの中から出てきたことで非常に気味悪がられていることは明らかだったが、その恐怖が憎悪に反転すればあっさり殺害されかねない。

 汗が滴り、胃が縮こまる。夢なら覚めてほしかった。

 と、みんなの歩みが止まった。顔をあげると遠巻きに先導していた兵士が、偉そうな騎士に何か話しかけていた。騎士の案内で入念に守られた人垣の中に通される。そこに居たのは

「王子様だーっ!!」



 四人の中で一番小さい娘にいきなり叫ばれてジョージは苦笑した。無礼と言えば無礼だが、子供の言うことなら縁起が良いようにも感じられる。多くの民俗例にもれず、子供を神の使いとする風潮が、彼が属する文化にもあった。そもそも不思議な鉄の箱から出てきた時点で普通の人とは思っていない。彼らの奇妙ないでたちも、その印象を強めた。

 未知の力を持ちうる相手に緊張していたのは黄太子も同じである。素っ頓狂な声のおかげで緊張がほぐれた。軍司令官としての彼は命令のまま撤退したソラト総督を戦場に呼び戻そうと頭を悩ませているところだった。


「正確には王の孫だ。王子ではない」

 ジョージ・ウェイヴェルは自分の立場を説明して名乗り、四人の耳慣れない名前の自己紹介を聞いた。そのやりとりだけで機嫌しだいで自在に鉄の箱を降らせる連中かもしれないとの印象は薄れた。良くも悪くも――それができればマクィンとの戦争を圧勝で終わらせられる可能性もあったのだが。


「……ですから『エレベーター』が落ちた条件を私達に調べさせてほしいのです」

 と、口数少なく話の運びを見守っていた娘が言った。目に奇妙なガラスをつけたもう一人の娘は自分の名前しか発していない。『えれべぇたぁ』を落とす方法が分かれば戦争の役に立つ可能性がある。そうでなくても興味深い存在には違いない。

 だが、祖父は気に入るまい。怪しげなものは近づけたがらないタチだ。自分だって心の底から彼らの言うことを信じたわけではない。悪意をもって取り入ろうとしている可能性は排除できない。レーマの策略書によれば人物の品定めをするならば――酒を飲ませて様子をみる――わけにもいかないから、まずは小さな任務を与えてみることだ。

 依然、前線では両軍の睨み合いが続いている。いつまでも稀人の相手をしているわけにはいかない。ひとまずジョージは彼らを下がらせた。側近に指示する。

「丁重に扱え。それと……戦死した領主で一番小身のものを調べるが良い」

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