第37話 シルザールの街で説得してみた
「さて、どこに行けばいいのか」
俺は戸惑っている。屋敷内は広すぎるのだ。どこに行けば何が見れるのか全然判らない。ただ、マロンの部屋に近い場所に他の特級魔法士の部屋もあるのではないか、と思っていくつか部屋を覗いてみた。
最初の部屋には魔法士が居たが、どうも二級程度の魔法士の様だった。マロンの部屋を囲むようにして、その配下の者たちかいるようだ。とすると、特級魔法士たちは各々少し離れた場所にいるのか。
俺は隠形などの自らを隠す魔法の修練は怠らなかったが、魔法や魔法力を探知する魔法はあまり得意ではない。なので特級魔法士の居場所を探ることが難しい。
部屋にも一々入らないと中の様子が判らない。壁抜けの魔法で消費するマナの量は半端なかった。
俺はへとへとになりながら、いくつか部屋を覗いた。そしてある男の部屋を見つけた。若い。若いが部屋の規模からすると相当優遇されているように見える。この若い男が特級魔法士だとするとオメガが言っていたマシュ―・エンロールということになる。
俺は細心の注意を払って部屋に入り込んだ。気付かれてはいない。
「くそっ、あの狸親父め。だから僕に持たせろって言っていたんだ。盗まれただと?それもヴァルドアなんて廃人寸前の老いぼれに?くそっ、俺が『赤い太陽の雫」を持てば無敵なのに」
若い男は部屋の中をうろうろと回りながら、叫ぶように何かを、若しくは誰かを罵っている。『赤い太陽の雫』を手に入れて無敵になってどうしたいのだろう。
「あれがあると聞いたから僕はこんな田舎にまで来てやったんだ。勿体ぶらないで早く僕に譲ると言えば良かったんだ。それをヴァルドアの奴が封印するなんて。それを本人が盗んだだと?あれがあればエル・ドアンにだって負けない筈なんだ。あいつがアステアール魔法学校特別講師だと?僕よりも早く特級魔法士になった事も気に入らないし、何で僕には学校から声が掛からなかったんだ?」
やはりマシュ―・エンロールに間違いなさそうだ。若き天才にも他者に対しての劣等感からは逃れられていない、ということか。天才を上回る超天才がいるらしい。
それにしても、師匠の仕業は確定的な事と判断されているようだ。これは真犯人を探して『赤い太陽の雫』を取り戻すしか疑いを晴らす方法は無いのかも知れない。
「でも『赤い太陽の雫』が盗まれた日、僕は警備の担当じゃなかったから気が付かなかったし失態にもならなかったけど、当番だったハーメルは警備していても侵入者には気付かなかったと言っていた。ハーメルもスネル・エンタオもただの老いぼれだが魔法の腕は確かだ。そこらの魔法士が出し抜ける筈がない」
マシュ―は思っていることを声に出して確認しながら考えを進めていくタイプのようだ。見ている方からすると有難い。
「とするとやはりヴァルドアが犯人であることに間違いはないな。でも、本当にそうか?自分で施した封印を自分で盗むために解くなんて自白しているようなものだ。いくらなんでも、そんな安易なことをするかな?」
うんうん、ただの状況証拠の積み重ねで物的証拠がないことを不審に思ってくれれば、それを領主に進言してくれれば有難いな。
「まあ、そこが老いぼれってことか」
変にオチを付けないでくれ!
マシューからも新しい情報は得られそうもないので俺は退室することにした。
「ん?」
えっ?マシューが何か訝し気な表情を浮かべる。
「なんだ?」
何か違和感を感じているようだ。このタイミングで壁抜けするのはリスクが近すぎる。俺は出来るだけマシューとの距離を取ってじっとすることにした。
「今、何か感じた気がしたんだが」
同じ特級魔法士のマロン・シシドスには全く気付かれなかったのだがマシューはやはり天才ということか。隠形魔法で隠れていることを完全に気づいた訳ではないが、何かを感じているようだ。
「待てよ、多分部屋の中だな」
拙いな、気付かれて捕まると、今度こそ拷問とかで師匠の居場所を吐かされる。
「探知魔法は得意中の得意だ。不得意な魔法はないけど」
独り言の筈だが、俺に聞かせるためでもあるのか。
「よし、そこ。そこにいるだろう。間違いない、ほんの少しだけだけど空間が揺らいでいる。何かが居る証拠だ。誰だ?こんな高度な隠形魔法はエンタオ老でも気づけないぞ。僕だから辛うじて気づけたんだ。さっさと正体を現したらどうだ?」
少し待っている様子だ。
「出てこないのなら、攻撃するぞ」
脅しだと思った。こんな室内で何かの攻撃魔法を使えばただでは済まないだろう。脅しだけで出てくることを望んでいるのだ。
俺は少し考えてみた。マシューの思考は少しヴァルドア犯人説からズレだしていた。その辺りを増幅出来れば上手く立ち回れるかも知れない。
「待ってくれ、今姿を見せるから攻撃は勘弁してくれ」
相手の思惑に乗ってやることにして俺は声を出した。
「いいだろう。早く姿を現すんだ」
俺は隠形魔法を解いた。見た目はただの年寄りだ。
「なんだ、見たことが無い顔だな。どこの誰なんだ?」
俺は包み隠さず正直に言うことにした。師匠のアリバイを証言できるのは俺だけだからだ。
「俺の名前は沢渡幸太郎。ヴァルドア=サンザールの弟子だ」
「なんだと?ヴァルドアの弟子?窃盗犯の弟子が何故僕の部屋に忍び込んできたんだ?また何か盗もうと思っていたのか」
見た目でどうしても弱弱しいおっさんにしか見えない俺に対してマシューは警戒することを止めたようだ。
「師匠は窃盗犯じゃない。ここで『赤い太陽の雫』が盗まれたときにはルスカナに居たからな」
「それは本当か?」
「本当さ。俺も一緒だった。というかルスカナで出会って弟子にしてもらったんだ。それで修行を付けてもらう拠点とするためにシルザールに戻られたんだよ。その途端犯人扱いされたんで今は隠れておられるけどな」
マシューは少し考え込んでいた。事実なのだから当然辻褄は合っている。
「だがヴァルドアならルスカナとシルザールを1日で行き来できるはずだ。それでも不可能だと言うのか?」
「魔法を使ったとしたら可能なのかも知れない。でもルスカナで俺に出会って弟子になってからはずっと一緒だった。そもそもシルザールで師匠が封印した宝物を盗んだのであれば、のこのこと戻ってくる筈がないだろう」
マシューは確かに、という顔で考えている。
「それに俺を弟子にしてシルザールに戻ってもあんたの言う通りアリバイにならないのだとしたら、俺を連れて戻る意味がないだろ」
マシューは何かを確信したらしい。
「よし、判った。ヴァルドアだけが犯人になり得る状態での窃盗はヴァルドアに罪を着せるため、ということで確定だ」
若いだけあって頭も柔らかいし回転も速い。
「では、一体誰が盗んだというんだ?」
問題は結局そこに集約されるのだ。
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