第16話 ルスカナの街で酒で釣ってみた
とりあえず屋敷に入れなければ如何とも知れない。
「屋敷の内情を探らないとどうしようもないな。」
「判った、それは俺が探りを入れてみる。」
そう言うと早速ジョシュアは出て行った。
「さて、俺はまた街でもブラついてみるか。」
俺は昨日の店主を見つけて声を掛けた。
「あんた、昨日も来てたな。」
「うん、それでさ、あんたにもう少し聞きたいことが有るんだけど、酒でも飲みながらどうだい?」
俺は酒好きの雰囲気を敏感に感じていて、酒で釣ってみた。
「店を放っておけないし、そりゃ無理な話だな。出直しておいで。」
案外店主は乗ってこない。仕方なしに何点か店に置いてある雑貨を買って追い打ちを掛ける。
「客になんて他には居ないじゃないか。どうだい、あんたが行きたい店でいいぜ。」
その言葉に店主が反応する。
「どこでもいいのか?」
「まあ、俺たち風情が入れる店、という限定だがな。」
「それなら行きたい店がある、そこでならいいぞ。」
乗って来た。どうも元々行ってみたい店があったのだが高くて行けなかったようだ。俺も予算が豊富なわけではないんだがな。
店に着くと、そこは確かに高級そうな佇まいだった。店主にしては高望みの店なのだろう。そこそこのツマミと少し高そうな酒を頼んで一頻り世間話をしていると、いい感じに店主が酔って来た。酔い潰られてしまう前に話を聞かなければならない。
「ところで、ロンさん、昨日の話なんだがな。」
店主の名はキー・ロンというらしい。この街ではなくずっと東の方の街から来て商売をしている。故郷を出たのにはそれ相応の理由があるようだが、今は関係が無い。
「なんだ、何が聞きたい。」
「領主様の話さ、昨日言ってただろ?」
「その前にあんたに聞きたいんだが、あんた本当にケルンから来たのか?」
「そうだよ、ケルンの街の守護騎士長ゼノン・ストラトスって人に世話になっている居候だ。確かにこの街に住みたいと彼の話は出まかせだがな。」
ロンは少し笑顔になった。思っていた通りだ、と安心したようだ。
「判った。実は少し前にアステアールから来た男に同じようなことを聞かれて素直に話をしたら、その所為で、まあ、話をしたのは俺だけじゃなかったんだが、領主様がお咎めをうけたらしいんだよ。どんなお咎めかは知らないがな。」
国の情報機関のような者たちが集めた情報で領主の所業の何かを咎めた、まあ、懲罰的に税を上げたとか、一部領地を取り上げたとかしたのだろう。その責任の一部が自分にあるとロンは思っているようだ。
「そうだったんだな。それは肩身の狭い思いをしたんだろう、御気の毒に。」
「いやいや、そんな事じゃないんだ。結局俺たちの商売がやり難くなってしまった、ということさ。税は上がらなかったが、お目こぼしがなくなった、とかな。」
なるほど、それまで見逃していた儲けに対する税を正確に取られるようになった、みたいな感じか。切実な問題だったんだ。
「大変だな。それで警戒しているんだな。そりゃ仕方ない。でも俺はそんな奴らとは違うぜ。」
「確かに奴らとは臭いが違う。あんたからは危ない感じは全くしない。もしあんたが奴らの仲間だとしたら、もう俺には手に負えないよ。」
「心配しないで大丈夫さ、俺はただ領主様の本当のところを知りたいだけなんだ。」
「そうか、まあいい、理由は聞かない方がいいんだろ?」
ロンは物分かりが良かった。
「そうしてもらえると助かる。」
「それで何を聞きたいというんだ?」
「ただ、領主様の本当の姿を知っている限り教えて欲しいんだよ。」
それからロンは知っている限りガルド・ウォーレン侯爵のことを話してくれた。
ルスカナの税が安いというのは嘘だ。アステアールと比べても少し高いくらいだそうだ。ただ設けているのに税が免除されている者もいるようだ。当然領主にそれなりのことをしているのだろう。ロンのような零細には到底無理な話だった。
それよりも領主の話でもっと酷いことがある。屋敷には奉公人が大勢いるのだが、その入れ替わりが激しいというのだ。
領地内の農地を耕す奴隷も多い。それが月に数人買われてくる。ところがいくら買ってきても増えないというのだ。実際のところはロンも知らないが、どうも領主が気に入らないと酷い扱いをされて直ぐに死んでしまうらしい。それは奴隷に限った事でもない。
執事や普通の使用人ですら、割と出入りが多いというのだ。若いメイドも同様だった。みんな補充されるが誰も屋敷から戻った者が居ないらしい。
「闇は深いようだな。」
「まあ、ただの噂さ。お咎めがあった件は多分国に治める税を誤魔化してたんだと思う。国から来ている役人も支配下に置いていると言われていたからな。」
この領地では商人も役人も賄賂に塗れているのだろう。地方都市では有り触れたことだ。
一通り領主のことを聞いた後、俺は支払いを済ませてロンを置いて店を出た。飲み過ぎるなよ、と声を掛けたが聞いてはいないようだった。精算してからの酒代は知らない。無銭飲食で捕まらなければいいんだが。
店を出るともう少し暗くなりかけていた。一旦宿に戻ってジョシュアと合流しようと覚えている道を歩く。
路地から誰かが飛び出してきて俺にドンっと体当たりされた。俺はその勢いで倒れて尻餅をついてしまた。当たったそいつはそのまま走って行ってしまった。
「なんだよ、痛いな。」
俺はすぐに立ち上がろうとするが上手く立てない。背中に付いた埃を払う。払う手が何か埃ではないものを触った。手を見てみると、真っ赤だ。
「なんだ、これは?」
それは背中に突き刺さっているナイフのようなものによって俺が流している大量な血だった。
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