第8話 始まりの街で邪魔者扱いされた
ジョシュアはやはり使える男だった。身分を保証してやると庭の世話から買い物、屋敷の修理やストラトス家の出納まで何でも熟す。ゼノンも直ぐに信用し父親の散歩も任せるようになった。
「ジョシュアさんは誰かさんと違って役に立つお方だわ。来ていただいて本当に助かります。」
サラもべた褒めだった。執事や他の使用人とも直ぐに打ち解けている。六割方コミュ障の俺とは大違いだ。
「それ、俺への嫌味?」
サラはいつも俺を邪魔者扱いする。何一つ屋敷には役に立っていないからだ。ゼノンの話し相手、それだけでは俺の存在意義を認めくれない。
「いいえ、滅相もございません。私はただ事実を申し上げているだけです。コータロー様、今日もお出かけにはならないのですか?」
「また捕まったら大変だからね。ゼノンが戻るまではここでゆっくりしているさ。」
「確かに今度捕まってしまったらゼノン様も呆れて放置されるのかも知れませんものね。私はそれでもいいのですが。」
「おいおい、怖いことを言わないでくれよ。役に立つジョシュアを連れて来たのは俺なんだぜ。」
俺の評価は100%他人頼りだ。
「それにしてもいい季節になって来たなぁ。」
俺は呆けたことを言ってサラを困らせる。この土地はちゃんと四季があるようだ。来たときは寒かったが今は少し暖かい。春が近いってことだな。
庭ではジョシュアが畑仕事に精を出していた。仕方なしにギャングのリーダーなんてやっていたが、実は与えられた仕事を素都なく熟す有能な部下タイプなのだ。
「ジョシュア、頑張っているな。」
俺は中庭に置かれた椅子で寛いでいたのだがサラに追い立てられるように紅茶を下げられてしまったので畑にジョシュアの様子を見に来た。
「コータロー、お前は本当に怠け者なんだな。何一つするつもりはないのか?」
立場は俺の従者ということになっているがジョシュアはため口だ。俺がそれでいいと言ったのだが、こいつは遠慮という事を知らない。
「まあ、そう言うな。読み書き算盤を教えてやっただろ。」
俺はジョシュアに読み書きと計算を教えてやった。簡単な出納帳の付け方もだ。今、実はストラトス家の会計はほぼジョシュアが握っている。裏で何でも出来そうだが身分を保証してもらった恩を忘れていないのか真面目に正直に管理している。少しくらい俺が使える金を増やしてくれよ、と言っても絶対に乗って来ない。融通の利かない奴だ。
「算盤とは何だ?」
「いや、ただの語呂合わせだ気にするな。」
コータローは時々訳の判らないことを言う、と言われていた。異世界の話はジョシュアにはしていない。ゼノンが独り占めしたいタイプだと判っているからだ。だからゼノンの父ラールに話した他は誰にも言っていない。
「そうだ、一度聞きたいと思っていたのだが。」
「なんだ?」
「お前は名前も変だし、知識も偏っているがこの街の者たちとは違うことを知っている。一体何者なんだ?ゼノン様と毎晩何の話をしている?」
「名前が変は余計だろ。まあ確かに名前じゃないが俺が変わっていることは認めるさ。でも、それ以上は聞かない方が身の為だ。」
身の為でも何でもない。ただのゼノンの我が儘なのだが、そんなことは言えなかった。俺はここで悠々自適に暮らせればそれでいいのだ。波風を立てたくない、ただそれだけだ。
「そうか、ならもう聞くまい。何か用か?俺はこれでも忙しい。」
「いや、サラに追い立てられてな。別の用はない。続けてくれ。ここで見ていていいか?」
「やり難いから見ないでくれ。」
「そうか、判った。屋敷に戻とするか。」
俺は部屋に戻って本でも読むことにした。屋敷には結構な数の蔵書が専用の部屋に置かれていた。読み書きができるようになって暇つぶしはもっぱら読書だ。それでこの国の現状や歴史には結構詳しくなった。
アステアというのがこの国の名だ。正式にはアステア王国、当然国王様がいる。現国王はラムダ=アステア三世、国王になってもう42年が経っているらしい。ただ国王になった歳が12歳なのでまだ54歳だった。
俺が今いる街はケルン。領主はルーデシア=ケルン子爵。アステア国の都アステアールまでは馬車で1か月はかかるらしい。田舎の街だ。領主のルーデシアは武より文、剣はからっきしだったが得手魔法はそこそこ使えて学問はかなりできる、とうのが領民たちの評判だった。いずれアステアールで大臣に抜擢されるだろう、という希望にも似た予想が為されていた。実際の所、ルーデシアが大臣になるのは中々難しい。この世界では出世は金がモノを言うようだ。ケルンはそれほど裕福な領地ではなかった。
ケルンの主産業は農業だ。野菜の栽培が主だった。通商は要所ではないのでたいしたものではない。細々と農業で成り立っている、というのがケルンのアステア国での立ち位置だった。
ケルンの領主ルーデシアは本人が魔法を使う。大きな地方領主なら魔術師団を抱えていることも多いがケルンにはそんな余裕もないので一人の魔術師が顧問と言う立場で魔術師ギルドから派遣されていた。実際問題としてケルンで魔法が使えるのはこの二人だけだった。
俺は魔法についても知識を増やしていった。魔法を使うには契約が必要だ。正確に魔方陣を描き、その中に座って契約の呪文を唱える。それで成功すれば、その魔方陣の種類によって使える魔法を獲得できる。様々な属性の魔法、精霊を使役する魔法、どの魔法が使えるようになるのかは契約してみないと判らなかった。
そもそも一つでも契約できるだけで魔術師を名乗れるくらいなのだ。複数の属性魔法が使えるものなどアステアールにも数える者しか居ない。
ルーデシアは水属性の魔術師、ギルドから派遣されている顧問のヴァレリウスは風属性の魔術師だった。
俺はいくつかの魔法を契約してみたが、今の所一つも契約できていなかった。火属性も水も風も土も契約できなかった。やはりその他大勢でしかないので魔法は使えないのだろうか。
ただ俺は興味本位で魔法が使えるかどうかを試していただけなのでショックも少ない。元の世界では元々魔法なんてないのだ。あったら使ってみたい程度の興味だった。のんびりここで暮らしていければ剣も魔法も必要なかった。
「おい、コータロー、領主様がお呼びだ。一緒に来い。」
ゼノンが戻って来て直ぐに俺の所に来て言った。
「領主様が?何の用だ?」
「知らん。俺も急に領主様から呼び出されて、お前を連れてくるように言われただけだ。その方の屋敷に変わった男がいるらしいが直ぐに連れてまいれ、とな。」
誰かが俺の存在を領主様にご注進したようだ。ゼノンは不機嫌だった。自分だけの秘密だったものを領主様に掠め取られてしまう気がしていたからだ。
断るわけにも行かず、俺はゼノンに連れられて領主の御屋敷に渋々向かうのだった。
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