第10話 八本歯のコル

 そして難所八本歯のコル(鞍部)に着いてミユを待つ。

 その名の通り、歯のように並んだ細い岩場。

 なかなかのネーミングだ。

 そこに雪が乗っている

「なるほど、悪そうだ」

 さらに風も徐々に強くなっていて、ここでは瞬間的には風速10mを超える強風で身体をあおられる。


 ミユが来た。

「風出てきたね」

「コルは風が抜けるから強いけど、このくらいの風なら行けると思うから慎重にいこう。帰りヤバかったらロープ使おう」

「うん」


 両側切れ落ちており、落ちれば運良く即死は免れてもルートに復帰はかなり困難。

 悪天候でヘリによる救助も望めない。

 かなり厳しい状態になる。

 その中でこの強風。

 冬山登山だなと。

 しかし悪いところには所々に細いロープがある。

 工事現場とかにあるトラロープってやつだ。

 命を預ける登山のロープとしては心細いが、何もないよりはだいぶ助けになってありがたい。


 ロープも頼って慎重に岩場を降りてコルに付く。

 そして足場幅50センチもないナイフリッジのコルに強風が抜けていく。

「姿勢を低くして風が弱まったときに渡る」

 ミユがうなずく。

 手前でピッケルを刺し、風が弱まったタイミングで速やかに通過する。

 岩場を降り、二カ所強風のナイフリッジを通過して北岳の壁に着く。


 降りる人と登っていく人が見える。

 右側の急な壁を降りている人が見えた。

 すごいところ降りているなと。

 なぜあんなところをと。

 あえて悪いところを降りているのかなと。

 左から行く。


 赤布の付いた竿がルート上に何本か見えた。

 ホワイトアウト対策。吹雪で視界が狭くなったときはそれが大きな助けとなる。

 登れるとこはそこしかないと思った。


 北岳稜線に向かって登って分岐点に着くと下からミユの声が聞こえた。

「サトル。わたし降りる」

 それがいいだろう。

 時計は9時。

 予定していた時間だ。

 俺は手を上げて合図して登り始める。

 行けるとこまで行こう。

 八本歯のコル。

 ミユなら判断して待つなり上手く通過するだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る