第34話 あの事故の裏側

「あの手紙、読んでくれたかな……」


 私は約束の場所——あの公園のジャングルジムの上に座りながら、そう呟いていた。


 先生はきっと渡してくれただろう。

 でも、マサくんがちゃんと受け取ってくれたのか、すぐに読んでくれたのか、そこまではわからない。


 でも、信じるしかなかった。


 私にできることはそれだけだったから。


 あの約束のきっかけ。

 空を見ていたマサくんに最初の言葉を掛けたとき、私はただ幼い好奇心しか持っていなかった。


 でも、話せば話すほど彼の中に広がる世界はとても深くて大きくて、何も知らないちっぽけな私をいつも優しくエスコートしてくれる。

 だから、すぐに私は尊敬と憧れで彼から目を離せなくなっていた。


 マサくんはいつも空を眺めながら遥か遠くにある何かを見通そうとしている。

 だからその目が私に向かうとき、私の心を理解しようとしてくれているんだって嬉しかった。


 でも、私が大きくなるにつれて、それが少し怖くなった。


 私はもうその時にはマサくんのことがとっても好きになっていたから。


 本当の気持ちなんてとっくにわかっていた。ただ私に勇気がなかっただけ。

 私はいつも気後れしがちで特にマサくん以外の男子と話すのはとても苦手だった。

 告白されることがあってもマサくん以外の男の子には興味が持てるはずもない。


 一方、千絵ちゃんは周りの目なんか気にせずに、いつも男女隔てなく仲良くしている。

 私にはそれがとても羨ましかった。


 とりわけマサくんには積極的に話しかけていたから、たぶん千絵ちゃんもマサくんのことが好きなんだろうなっていうのは薄々感じていた。


 こんな臆病な私なんかより、千絵ちゃんの方がよっぽどマサくんにはお似合いなのかもしれない。

 そんな不安や自信の無さが私の中にグルグルしていて、それをもしマサくんに見透かされでもしたら、嫌われてしまうのではないかと不安でしょうがなかった。


 だから彼と目を合わせるのをつい避けるようになってしまったんだ。


 でも今日のことがあって、それは間違いだったんだってわかった。


 マサくんはずっと私を追いかけてくれていた。

 私のことをちゃんと見ようとしてくれていた。


 それなのに私はなんて酷いことをしてきたんだろう。

 怖がることなんてなかった。

 マサくんがそんなことで人を嫌うはずがなかったんだから。


 もし私がちゃんとマサくんと向き合っていたら、あんな風に彼が傷つくこともなかったのかもしれない。


 私は習い事を初めてサボって、来るかどうかもわからない彼を待ち続けている。

 陽はどんどん傾いて、足下に広がる公園の地面はどんどん朱く染まってゆく。


 何もできず、不安ともどかしさでとても苦しかった。


 でも、それは私への罰なんだって思った。

 最悪彼が来なくても私はその事実をしっかり受け止めなきゃいけない。


 だけど、そんな私の元へ彼は来てくれた。


「タマちゃん!」


 待ちに待ったマサくんの声を聴いた瞬間、私の心臓は熱く跳ね上がった。


 全力で駆けてくるマサくんの姿を見て、私は嬉しくてたまらなくなって、彼の声に答えようと勢いよく立ち上がった。


——その瞬間のことだった。


 自分の足下がガクっと滑ったのを感じたのは。

 そして重力が無くなり、すぐさま私は強い衝撃と共に意識を失った。

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