第30話 Snuff Movie

 暗い画面、灯りのない何処か建物の天井。

 揺れる画面。

 一瞬、誰かの顔が見切れる。


『よし、こんなものか』


 スマホのカメラの設置が終わったということか。

 遠景で撮影されるのは開け放たれた入口から差す光でかろうじて照らしだされた室内。

 壁際に無造作にうずたかく廃材が詰まれている。

 錆びだらけであまり使われている形跡のないガレージのようだ。


『宇野ぉ! 隠れてないで出でこいやぁ!』


 聞いた事がある怒鳴り声。

 これは富野先輩のものだ。


 僕を探しているようで怒鳴りながら建物の中へ入ってくる。

 先日と同じように僕を追い回していたんだろう。


 ガラガラガラガラ——


『お、おい!』


 大きな音を立てながら出入り口のシャッターが閉まっているようだ。


 富野先輩は急いで引き返そうとしていたが、その前に誰かが立ちはだかる。

 あまり良くは見えないが、おそらくもう一人の宇野将義にちがいない。


『てめぇ、どういうつもりだ!』

『おあつらえ向きじゃないですか? ここなら誰にも見られませんよ』

『ほほー、いい根性じゃねえか。シメられる覚悟はできてるってかあ⁉』


 拳を固めながら富野先輩はあいつに近づいていく。

 振りかぶった彼の拳が勢いよく奴の顔面に放たれた!


『うぐっ!』


 だが悲鳴を上げたのは冨野先輩の方だった。

 富野先輩の拳はあいつに当たることなく、彼は自分の喉を押さえながら後退った。

 殴られるはずだったあいつの右手には、赤く濡れた刃物が握られている。


 カウンターで一瞬のうちに富野先輩の喉をナイフで刺したのか?

 素人目にはその瞬間を全くとらえることが出来なかった。


 口から血を噴き、せき込みながら富野先輩が恐怖で青ざめていくのがわかった。

 まさか凶器を使ってくるとはという驚きもあっただろうが、それ以上に喧嘩慣れしている富野先輩には奴のヤバさが本能的に理解できたに違いない。


 富野先輩は出入り口に向かって走り出した。急いで手当てをするためか、ここから何としても逃げ出すためか。


 当然ながら逃すまいと奴は行く手を塞ぐ。

 それに向かって富野先輩は渾身の体当たりをしかけた。

 だが、奴はそれをかわしながら柔道選手さながらの足払いで彼をすっ転ばせる。


 うつ伏せで受け身もとれず地面に倒れ伏す富野先輩。

 その背中にあいつは跨り、高く振り上げた両腕で刃物を勢いよく振り下ろした。


『がはっ……』


 喉を潰された富野先輩の呻き声が小さく響いた。

 背骨をダイレクトに突き刺され、おそらく脊髄を切断された彼の下半身はもう二度と動くまい。


 たとえ、あそこから生き延びても、一生……だ。


 富野先輩は両足が動かなくなっても、必死に暴れ、背中にいた奴を払いのけて、上半身だけでも出口まで這っていこうとする。


『そうですよ、先輩。諦めたらそこで人生終了です』


 どこが可笑しいのか、クスクスと笑いながらそんな煽り文句を吐く。


『でも、僕としては簡単にここから出ていかれるのも困るんで』


 富野先輩の横に回ったあいつは、必死に伸ばされた彼の右手を踏みつけ、もう一度凶器を振り下ろした。


 バチン! とゴムがはち切れるような音が響いた。


『があああっ!』


 今までで一番の絶叫。

 だが、助けを呼ぶにはあまりにも小さい。


 奴は足下の富野先輩の右手だった物を蹴ると、手袋のようにその部分だけが転がった。


『もう片方もいきますね』

『あ、あ……』


 顔をくしゃくしゃにして懇願する富野先輩を無視して同様に左手首を切断する。


 奴の手際は恐ろしいほど正確だ。

 一撃で関節を貫き、腱と軟骨をやすやすと断ち切っている。


 号泣しながら血まみれの腕を振り回し、必死にもがく富野先輩を見下ろして奴は言った。


『今度からは相手をよく見て喧嘩を売るんですね。まぁ、その今度があればの話ですけど』


 あいつはそう言い捨てて、冨野先輩を一瞥することもなく、カメラの方に近づいて来る。


『これだけ撮れていれば十分か』


 画面が揺れる。

 そして動画が終了した。


 今朝、僕が抱いていた懸念は消えた。

 それも最悪な形で、だ。


 僕の世界の富野先輩はあの後おそらく死んだのだろう。

 たしかに、僕は事態の解決を誰かに願った。

 しかし、こんなことは全く望んでなんかいない!


 でも、僕はどうすればよかった?


 奴が犯行をしている間、僕は別の世界にいて何が出来たというんだ!


 奴がまたこっちで人を殺す⁉

 それも僕のクラスメイトを⁉


「何でだよ! 何でなんだよ! ちくしょう……」

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