第9話 包囲

「俺はクッキー。本名は朽木了だけど、クッキーでいい。」


 まったく何があるか分かったもんじゃない。子供がいるとは思わなかった。大人とはぐれたのだろうか。ポンポンと泣き顔の男の子の頭に手を置いて訊いてみる。


「君たちの名前は?姉弟か?」


女の子は気丈なようで応える。


「はい、姉弟です。あたしはレイチェル。弟はジーン。助けてくれてありがとうございます。

ジーン、泣いてないでお礼を言って。」

「無理はしないでいいよ。レイチェルにジーンね。レイチェルはさすがお姉ちゃん。しっかりしてるね。飲み食いしながらでいいよ。魔物が出たら俺が片付けるから。事情を説明できる?」

「あの、両親が帰って来なくて。もう諦めてますけど。お金もなくなって生活費を稼ぐには、これしか方法がないのでダンジョンの探索をしてます。ずっと一番浅い1階層を探索してたんですけど、2階層への階段をみつけたらジーンが1人で走って行ってしまって。」

「ご両親は何をしてたの?」

「漁師です。東側のクルノ湾で素潜り漁と牡蠣の養殖です。戦後の復興と去年の天気のせいで牡蠣の育ちが悪いので、副業の探索で、このテオのダンジョンに入ったんですけど。」

「それで戻ってこない?君たち何歳?」

「あたしは13歳。弟は9歳です。」


13歳か。日本なら中学1年。このテオのダンジョンの1階層では、ゴブリンが出る。たしか北側だった。あれに出会ったら、大変だ。13歳なら十分にそっちの対象にされるだろう。弟も殺されてしまう。ゴブリンは知能が低く、児童くらいというが、逆に言えば子供の悪知恵程度には頭が働くということだ。つまりはこの子たちとそう変わらない。そして狂暴性を持っている。ほとんどは団体行動。この二人を放ってはおけない。


「ひょっとして、お爺さんお婆さんいる?元お城のホスピスに。」

「いいえ、あたしたちが生まれる前に病気で亡くなったそうです。」


 ということは、ギルドからの捜索の依頼があった行方不明者とは別人だ。この世界では普通にあることなんだろうか。


「他に身寄りはいないのかな?」

「いません。漁は無理だし、働くところも見つからなくて。だから弟を連れてダンジョンに入りました。」

「そうかあ。辛かったね。どうするか考えるから、とりあえず一緒にこのダンジョンを出ようか。ここは危ないんだよ。子供だけで入ってはいけないところだ。」

「はい、ありがとうございます。」


 しばし二人を休憩させて、ダンジョンを出ようとすると、何か這いずるような音が聞こえる。周りを見渡すとツリーフォークの集団が近づいてくる。


「は?そんなことが!」


 魔物はダンジョン内を動き回るが、階段を昇降するなど、階層を移動することはないと教わった。それなのに、ツリーフォークの団体さんは2階層への階段の方向からこちらへ向かっている。さらに角が生えたウサギのような魔物も混ざっている。アルミラージだ。これも一目見ただけでも十数匹はいる。これはピンチなんじゃないか?だが、逃げない。この2人を守らないと。


(思い出せ!お前はなんのために自衛官になったんだ⁈)


「レイチェル。ジーン。俺の後ろにいるんだぞ。前に出ちゃ駄目だ。それから、もし俺が死んだら迷わず走れ。ダンジョンの外に逃げろ。」


 壁を背にすることで、とりあえず背後からは襲われない。どうやって戦うか、必死に考える。


 白兵戦の戦技として自衛隊格闘術に短剣格闘があるが、これはナイフを使っての格闘技術なので刺突と逆手刺突をするものだ。旧日本軍ならば小太刀を使う古武道を鍛錬していたらしいのだが,今右手に持っている剣は突きもするが刃の付いた刀身を振って切りつけるのが基本的な使い方だ。しかし日本刀ほどの切れ味はなく、束が短く片手持ちなので、力任せにぶっ叩いても、どれほどの効果があるか分からない。少し慣れてはきたが、やはり盾を当身技として組み合わせて基礎技術で対応するしかないだろう。基本に還ることだ。


 だが、一方では魔法がある。まだまだ駆け出しで幾つかの初歩的な呪文を試しただけだが、飛び道具として遠方に攻撃できる。まだ小口径で頼りないのは否定できないが。


 今日は精霊魔術エレメンタルマジックの中でも火の属性を中心に実験した。そして運悪くナナカマドのレッドウッドツリーフォークは意外と火に強い。だが、精霊波エレメンタルブラストの呪文は、そこそこ強力なうえに火以外の属性でも詠唱キャストできる。もちろん術者、つまりは俺の魔力マジックパワーをその分だけ消費するが、出し惜しみしている場合ではないだろう。衝撃ショックだって魔力消費は少な目だが、少ない魔力でも結果を出す効率の良い呪文だ。魔力が尽き掛ければ衝撃ショック火花スパークを撃ち白兵戦をするだけだ。


 考えているうちにアルミラージの群れが跳ね上がり駆け寄ってくる。要はウサギだ。当然ツリーフォークよりも速い。それに一角獣のような角で衝かれたら、それは危険極まりない。


「海と大地、天空の太陽と月を崇め奉る。精霊の力により難敵を退け給え。精霊波エレメンタルブラスト!」


 中二病のようにこっぱずかしい魔法の呪文を唱える。精霊魔術エレメンタルマジックは、この世の物質を構成する地水火風の四大元素などを司る精霊との協力関係によって行使される。魔法を使うには頭の中で、その魔法を使った効果をイメージすることが大切で、呪文を詠唱することにより精霊との霊的なコミュニケーションを取ることと、精神集中し、よりイメージしやすいように自己暗示を掛ける意味がある。強力な魔法ほど詠唱する呪文の文言が長くなるそうだ。


 直径2メートル程の円形の魔法陣が俺の身体の前に浮かぶ。そこから白い光の束が押し出され、魔物の群れへと飛んでいく。光の色から察するに、火の精霊だけでなく他の属性の精霊も力を貸してくれたのだろう。


光が進んだ直線上にいた魔物たちが咆哮をあげた。アルミラージの数匹が煙と化し、ツリーフォークは先頭にいる数株がのたうつ。ツリーフォークにも効果があるようだ。いける。


 魔力マジックパワーの消費で軽い倦怠感があるが、手を緩めたら敗ける。まだまだ数の多いアルミラージが後から後から走り寄ろうとする。続けて細かくとも効果がありそうな魔法を連続して撃つ。


微震トレマー!」


 これも火の属性の呪文ではあるが、地の属性でも使用可能な範囲攻撃魔法。アルミラージに効けば十分だが、上手くいけばツリーフォークにも効くかもしれないと、淡い希望の下に使用してみた。結果オーライ。前に突出したウサギを一掃し、ナナカマドは前進できずに足止め状態。ここからは、衝撃ショック火花スパークを使い分け、格闘する前にウサギを全て片付ければ、狭い通路にナナカマドを誘い込んで一株ずつ倒すか、再び脚を活かして逃げれば危機を回避できるだろう。


 しかし、想定外のことは起こるもの。頭の上からスライムの群れが降ってきた。言ってみれば地上のクラゲ。水分が多いのだろう。けっこう重い。頭や肩に当たるとサンドバッグで叩かれるような感覚で、一瞬息が詰まる。もし顔を覆われてしまえば窒息する。動きは遅いが数が多い。盾を挙げてスライムを避け、剣を構える。天井にスライムの群れが巣くっているとは、まったく気づかなかった。


「ぐっ、レイチェル、ジーン、大丈夫か?顔に近づけるな!」

「は、はい、なんとか。」

「いっ、いてて。クッキーの兄ちゃん、大丈夫だよ。」

「スライムとの戦い方は、分かるか?核を潰すんだ。」


 粘性怪物スライムは半透明のアメーバ状の植物の魔物。ゾウリムシなどの単細胞生物と同様に対象を体内に取り込んで溶かして吸収、食事とする。種類によっては強い酸や毒を吐きかけたりも。切り刻んでもあまり意味はなく、小さくなり、頭数が増えるばかりだ。しかし、中心近くに核となる脳のような細胞があり、それを叩くなり斬るなりすれば退治できる。


「スライムならいけるよ!こいつら倒して、一寸ずつ稼いでるんだ。」

「じゃあ、スライムを二人で頼むよ。俺はツリーフォークをやる。」


この間にも残ったアルミラージとツリーフォークが近づいて来る。スライムの核を斬りつけながら衝撃ショック火花スパークを撃つものの、距離はどんどん縮まり格闘戦となった。衝撃ショックではスライムとアルミラージを焼くものの、火花スパークは繰り返し使っては、もう目眩ましとして役に立たない。ジリジリと間合いは詰まり、左右前面を囲まれてしまった。


(俺が子供二人を守る盾になるんだ。絶対に後ろへは行かせないぞ。)


 剣ではなく斧でも持っていれば良かったのだろうか。片手持ちの剣では枝打ちもままならない。ここは作戦変更。自衛隊格闘術で使えそうなものの組み合わせ。盾の持ち手を前腕に通し、左手を使えるように。剣を逆手に持ち、剣の束の尻に左掌を当てる。右肘を前に突き出し、体当たりするつもりでツリーフォークの幹に勢いよく体重をかけ刺突。


 よし、剣がツリーフォークの胴体に刺さり貫通した。左手でやや高い位置の枝を掴み釣り手に、剣の束を引き手として腰投げ。意識的に大きく回ってツリーフォークを別のツリーフォークに向けて投げつけた。一度の投げ技で、2株のツリーフォークを転がすことに成功。左足を踏みつけて剣を引っこ抜き、同じことを繰り返す。


 こうなると、3寸、4寸の木材が造作もなく転がっているようなもの。大雨の直後に土石流に乗ってきた流木だ。もちろん立ち上がろうとするが、こちらが転ばせるほうが、ペースが速い。いや、とても疲れるんだが。


 息を切らしながら投げ続けていると、スライムを片付けたレイチェルが、背中の鞄を下ろし、ランタンともう一つ、荷物を取り出した。油の缶だ。


「クッキーさん、燃やしちゃいましょう。」

「応!頭いいな。レイチェルは、やっぱりしっかりしたお姉さんだねえ。」


レイチェルが缶の油を、ジーンがランタンの油を撒くと、辺りに灯油に似た匂いが立ち込める。まさかガソリンのような精製したものではないだろう。ランタンに使う程度なら、そんなに大量でもないのだし。


「よし、二人とも。逃げるぞ。俺は火を着けてから行くから、二人は先に出口に向かって走れ!ツリーフォークなんかと心中するんじゃないぞ。煙を吸うなよ。」

「はい!」

「わかりました!」


姉弟が走りだした後、少し離れた場所から魔法を撃った。燃えにくいナナカマドも、さすがによく燃えた。

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