第4話

自転車屋の中に入ると、女は、カゴと荷台が付いている、所謂一般的な自転車を物色していた。

跨ってみたり、ブレーキを引いてみたり、と真剣に選んでいた。

本当に買うつもりなのだろうか。何故こんな場所に付いて来て欲しかったのだろう。

疑問ばかりが湧いてくる。

そういえば、昔、僕も自転車屋に来た事があった。幼い頃、初めて乗る自転車を家族で買いに来た時だ。僕は大人と同じ、普通の自転車を欲しがったが、結局、補助輪の付いた、タイヤの小さな自転車を買った。


女は自転車を決めたようだ。

向日葵みたいな明るい色をしたフレームの自転車を僕に見せて来た。

女「どう…かな?」

僕「え…どうって?」

女「自転車に決まってんだろ」

僕「いや…いいんじゃないかな」

女「本当? じゃあ、これにしよ」

女はにっこりと笑って、レジへと向かって行った。向日葵のような笑顔だった。


自転車を引きながら、川沿いの堤防を歩いた。

女は機嫌が良さそうで、口元が緩んでいる。

怒鳴るし、口の悪いこの女だが、黙っていれば可愛らしいものだ。

僕「どこまで行くの?」

女「黙って歩け」

僕「…」



遊歩道のある道までやって来た。

女は自転車を止めて、ベンチに荷物を置いた。

女「じゃー、乗るよ!」

僕「…うん」

女「あ…あんた試しに乗ってみなさいよ!」

僕「え…」

女「早く!」

僕「はぁ…」

僕は、自転車に跨り、漕いだ。遊歩道を行ったり、来たりと。そよ風が気持ちいい。


女「交代!」

自転車を降りて、女に渡した。これは長そうだと思って、ベンチに腰掛けた。

女は自転車に跨ると、ペダルに足をかける。

が、足を動かさない。

女「…」

女は、足をペダルにかけた状態で静止していた。


僕はそんな女をずっと見ていた。


ペダルに踏み込もうとしたり、力を抜いたりと、何をしているのかさっぱりわからない。


ただ僕には心当たりがあった。今日の朝の駅のホームだ。恐怖で足が動かなかった。

女が足を動かさない理由も同じだろうか?

僕は、女に近づいていって、後ろの荷台部分に手をかけた。


女「やめろ。いらないから。放せ」

僕「いや…えっと、、、」

やっぱり、手を離す。


すると、女は足に力を入れてペダルを漕ぎ始めた。

女「あっ!」

が、タイヤが半周する事なく、自転車ごと女は倒れた。

回る車輪。

女「痛…」

女はすぐに立ち上がり、また漕ごうとして、倒れる。

それを幾度か繰り返した。

僕は立ったまま、女を見ていた。


幼い頃、補助輪が外れた時を思い出した。

手助けしようとする母や父に悪態を付き、何度も転びながら、自転車に乗れるように練習した。

女も僕も同じだった。

何でも1人で出来ると、自分で解決出来ない事は、恥ずかしいと思っていた。

でも、、、


女が漕ぎ出そうとしたする瞬間、僕は自転車の荷台部分に手をかけた。

女「おい! やめろって!」

僕は自転車を後ろから押した。

女「やめろって!」

自転車を押すスピードを上げた。運動不足のせいかもう足がかなり辛い。体型のせいか、汗がもう出てきている。でも、やめない。だって、女はペダルを踏むのをやめていない。

ペダルの踏み込みと押すスピードがフィットして来た頃あいを見て、僕は手を離した。

女の乗った自転車は、倒れる事なく、そのまま走り続けた。

遊歩道を行ったり来たり。

僕は、しゃがみ込んだままそれを見ていた。

女は嬉しそうに微笑んでいた。僕にじゃないけど。

でも、とても可愛らしかった。


女「許すよ! 今日の事!」

僕「え…」

と、女の乗った自転車が勢いよく、僕にぶつかって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る