第3話 先輩が見つけた真理
今日も俺は部室へ行く。そうするとまた先輩が机に突っ伏していた。
「あれ。テスト期間前じゃないのにどうしたんですか」
「小テストの結果だよ。あれの数字が悪かったとかいう理由で宿題が追加されてねぇ」
学年が違うせいでそういうものがあるとは俺は知らなかった。納得。
「ねぇねぇ君ぃ。私の代わりに宿題をやって小テストを受けておくれよぉ」
「学年違うんだから無理言わないでくださいよ。そもそも俺がやったらもっと悲惨な点数になりますよ」
「はぁ〜。どうして生きて死ぬだけの間にこんな苦行をしなきゃならないんだ」
前と同じ問答となっていた。
「君は苦楽中道という言葉を知ってるかい? 仏教では快楽に浸るのも苦行ばかりするのも良くないとされてるんだよぉ」
「知ってますよ。でも学生の勉強は苦行に入らないと思いますよ」
「いや私にとってのこれは苦行だ! きっと私と君の勉学クオリアは別物なんだぁ〜!!」
先輩は完全に駄々をこねていた。
「こんなことしてる暇は私にはないんだよぉ。今の私には解決しなくてはならない喫緊の問題があるというのに」
「宿題や小テスト以上の問題って何があるんですか?」
「君のことだよぉ」
先輩が机に突っ伏したままこっちを見てくる。
「前に言っただろう。私は君のことになると理性的でいられなくなるって。最近はずっとその理由を考えているんだ」
「あ、そうだったんですね」
「そのことが頭から離れない。だから私はこんなものよりも解決しなくてはいけないことがあるのだよ!!」
先輩はそう言って小テストの紙を放り投げた。ひらひらと宙を舞う紙には赤いばつ印がたくさんついていた。
どうやらまたテスト期間同様、俺にもやらなきゃいけないことができたようだった。
そういうわけでまた宥めすかしたりして先輩を勉強へと向かわせたのだった。
「はぁ〜あ。私が数字というものに真理を見出していないことなんて、オーストラリアじゃあ常識なんだよ」
ふっ、と俺はちょっと吹き出した。
「範囲が狭くなってますね」
先輩が言ったのは有名な映画の台詞なのだが、ちょっとだけ地理が狭くなっていた。先輩の今の気弱な気分が表れていて面白い。
それなら俺もちょっと台詞を変えてみよう。
「はいはい。私を受け入れるのだ、ですね」
本当は迎え入れるのだ、なのだがちょっとだけ変えてみた。理数系科目には先輩を受け入れる度量が必要かも、なんて考えてみたりした。
「それだっ!!」
ばんっ、と椅子を倒す勢いで先輩が立ち上がった。先輩に驚かされるのは何度もあったが今回はその中でもとびっきりだった。
「そうだそうだそれだよ! それなんだよ!」
両手を広げながら先輩がくるくると回り始める。突然のことに俺は呆気にとられていた。
「どうしたんですか先輩。精神汚染でも受けました?」
「精神汚染なんかじゃないよ! ああでもこれは精神汚染と表現することができるほどの劇的な効果だ! 全てのニューロンが繋がって私の元に真理を届けにきたんだよ! あはははははは!!」
くるくるくるくる。回ったかと思えば飛び跳ねたりと先輩は大はしゃぎだ。
「暗闇の底から光り輝く真実を掴み取れたんだよ! やっぱり君だ、君だったんだよ!!」
「え、俺?」
「そう、君だ! 君が私では届かなかった真理を私へと繋げてくれたんだよ! あははは!!」
先輩は今まで見てきた中で一番テンションが上がっていた。
本人が大喜びなのでそれはいいんだけど、こっちはまださっぱりだった。
「この喜びを君に伝えられないのが本当に悔しいよ! でもいいんだ! この輝きは私だけのクオリアなんだ!」
「嬉しそうなのはこっちも嬉しいんですけど、俺の一体何がきっかけだったんですか?」
ぱん、と手を叩いて先輩が満面の笑みで「じゃあ実演するよ、全部は覚えてないから一部だけね」と言い出した。
「私が数字というものに真理を見出していないのはオーストラリアじゃ常識なんだよ」
さっきと同じ台詞を先輩が言う。さっきの落ち込みようとは真逆に熱気のこもった言い方で言いながら俺から離れていく。
「さぁ今こそ青空に向かって凱旋だ! 進め、集まれ! 私こそが真理の探求者!」
俺から離れたところでぐっと腰を屈める。それはスタートダッシュを決めるときの姿勢だった。
「すぐだ、すぐにもだ──!」
そのまま先輩は俺に向かってダッシュ! 助走をつけた上でジャンプまでしてきて……!!
「──私を受け入れるのだぁああああ!!」
「うぉおおおぁあああああああああああ!!」
空中から突っ込んできた先輩は俺に真正面から衝突。勢いのままに俺たちは後ろに椅子ごと倒れ込んだ。俺は後頭部と背中を強打。めちゃくちゃ痛い。
一方で先輩は俺の胸の中。背中に腕を回してしがみついてきている。満面の笑みだけど、今までとは違う笑顔だった。
「あぁ、ここだ。ここに私の真理があったんだよ……」
安堵。心の底から安心した声音で先輩は俺の胸に頬ずりしていた。
「えっと……すいません、まだ俺分かってません」
「好きだ!!」
顔をあげた先輩が大声で叫んだ。
「好きだ好きだ好きだ好きだ!! 君のことが大好きだ!!」
「──へ?」
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