第33話 「僕らには今強力なカードが一枚ある」


 生徒会室では、英樹とミキティ、二人だけの作戦会議が行われていた。


「正直、ここにだけは来たくなかったけど、一夜の仲間を信じてよかったよ。エイジュ以外にメンバーはいないのかな」


「ええ、役員二人だけです。欠員状態なのですけどね、どうやら我々は嫌われているようなんですよ。ミキティさんからもどうやら嫌われているようですね」


「一夜たちとは関係ないけどさ。生徒会とは因縁があるのさ」


「竜涙寺政権ですか……」


この学園ではその名を語るとき、誰しもが暗い陰を落とさざるを得なかった。


「エイジュも、前生徒会のこと知ってるの?」




「8年も前のことですからね。意図して避けていた部分もあるので、詳しいことは何も知りません。巷で手に入る研究本程度は目を通しましたけれど、僕に言わせれば……」


 とそこまで言って、言葉を飲み込む。関係者だという目の前の少女のことを慮ってのこと。


「いいから、率直な感想を聞かせてよ」


「そうですか。ならば、言わせていただくと彼は悪魔ですね。それは彼に悪意があったという意味ではありません。むしろ彼は純粋に理想を追求していただけかもしれない。だが、あんな力は人を堕落させる。分不相応な夢を見てしまう。正しいがゆえに誰も疑うことができない。その行く末が地獄への道だということに……

「ダメだ。これは後出しジャンケンもいいところ。本の上で見知った知識から組み立てた机上の空論のようなものです。恥ずかしいですね。忘れてください


 この良識ある副会長をしてさえ、彼については思わず語りたくなってしまう、語らずにはいられない。それこそが8年の時を超えてなお残る竜涙寺八月の魔性であることに当人は気付いていない。英樹のことを言葉に聞き入っていたミキティも何か納得できた様子である。


「さて、本題に戻りましょうか。今回の事件がヘイローを巡る騒動だってことが分かったのは大きな収穫です。だとすれば、この学園のありとあらゆる人物、機関がプレイヤーになりうる。混乱、混沌、一つ間違えば内戦の再演だ。慎重に、より慎重に扱わなければならない重大事案。だからこそ、僕らのような弱小勢力のつけ入る隙も生まれる


「で、ヘイローって何なのさ?」


「それはあとで説明します。この世界にも等しい価値を持つ財宝とでも思っていただければ結構です。先ほどもいいましたが、綾瀬を救出することは、風紀委員会を敵に回すということです。となれば、こちらにもそれなりの味方欲しいところです」


「味方なんていないよぉ。なんかもう今まで出会ってきたやつら敵しかいなかった、そんな気がする」


「幸い僕たちには欲がない。ヘイローはくれてやればいい。そう考えれば、僕らには今強力なカードが一枚ある。なんだか分かりますか?」


「アタシそういうクイズみたいな言い回し大嫌い」


「失礼。僕の悪い癖だ。僕たちが持つカード。それは蛇崩君です。八千草局長の側近である蛇崩君は今回の事件のかなり深い部分まで関わっている。そんな彼だから喉から手を出るほどに確保しておきたいと思う勢力はいくつもあるはずだ」


「なんだか分からないけど、人間を道具のように取引の材料にするエイジュはとても邪悪な奴ってことでいいかな?」


 人質を使った交渉というグレーな案件を嬉々として語る英樹を別世界の存在のように不思議そうに見つめるミキティ。


「いや、僕はとても優しい人間さ。だから蛇崩君は元の居場所に戻してあげようと思う。分かるかい。僕らの交渉相手は、主人の帰りを待つ八千草グループさ」


「ん? それってまさか、すごく嫌な予感がするんだけど……アタシはここで待機だよね? 難しい交渉とかムリゲーだし」


「あれだけの大口を叩いたのはミキティだろう。それは無理。一夜が戻ってくるまでは僕らのリーダーは君なんだ」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ」


                      ◇


 わずか一日にして、ミキティは懐かしの八千草邸の会議室へと舞い戻ることになった。

 円卓を囲うはわずか4人。


 一夜・零斗救出同盟リーダー  多々良葉美希


 生徒会副会長         八坂英樹


 保健委員会上下水道管理局三席 秋吉ましろ


 そして


 八千草カルラの第一の僕    安斎マリヤ


 だった。


 ミキティは、目の前の女傑相手に完全に縮こまるしかなかったが、英樹が怯むことなく交渉を進めてくれていた。


「ヘイローのことも、プランBのことも凡そのことは把握しているつもりです」


「なるほど。その娘はあの時のメイドか」


 マリヤが鋭い眼光でミキティを睨み付ける。蛇に睨まれた蛙どころではない。恐怖のあまり自死を選んだという誰それもかくやという有様だった。


「僕らの要求はただ一つだ。一夜の解放。無罪放免、一切のお咎めなしだ。君たちがヘイローを手にし、上手く治めてくれれば、簡単なことだろう。それかテロリストたちを捕縛して、突き出して貰っても構わない。代わりに僕らは、直ちに蛇崩副局長をこの場に届けさせる」


「マ、マリヤさん……」


 カルラと蛇崩が不在の中、本来もっとも上席であるはずの秋吉が情けない声を上げる。

 蛇崩が戻れば、混乱の中にある八千草グループを上手く纏め上げることは十分に期待できた。本来武闘派のマリヤよりもより繊細で幅広いコントロールを回復できるはずだ。そして、それはカルラ救出という軍事ミッションにマリヤを投入する猶予が生まれるということを意味する。

 当然にマリヤもそのことは十分に理解していた。

 もし、この場を仕切るのがカルラであったら。あるいは蛇崩だったら、すんなりと条件を飲んだのかもしれない。だが、マリヤは述べたように武闘派だった。


「そもそもの原因はお前たちにあるのだろう。なぜコチラが条件を吞まなければならぬのだ」


「綾瀬たちは無関係だ。自称テロリストたちはヘイローのことを事前に知って行動している。それはそちらの落ち度だ。綾瀬はそれに巻き込まれたに過ぎない」


「蛇崩も、お前たちが拉致したものを、なぜコチラが頭を下げて返してもらわねばならぬのだ」


「蛇崩さんは、我々が保護しただけだよ。あの場にいれば、敵の手に落ちていたのは間違いない」


「お前たちがテロ犯側の人間ではないと信じる理由は? ネズミのようにこそこそと嗅ぎまわっていたようだが」


「逆に聞きたいけど、君たちに黒幕の目星はついているのかな。傭兵が2ダースに、腕利きのハッカー。それと仕舞屋の二人組。分かっているだけでこれだけのコマを用意しているんだ。委員会の幹部レベルが一人以上、おそらく複数が関与しているはずだ。なのに何の手掛かりもないなら、絶望的な状況だろう。これ以上敵を増やすメリットがあるのか。僕たちと手を組めば、十分に見返りはあるはずだ」


「我々は誰の手も借りない。ネズミを招き入れるくらいなら、姫様の忠実な僕だけで一騎当千の働きをするまでよ」


 と、交渉は平行線のまま停滞しようとしていた。


「何と言われようと、貴様らを信用することなどできぬ」


ここでずっと黙りこくっていたミキティが初めて口を開く。


「ありますよ」


「何っ!」


「あります。私たちを信じる根拠が――それは、カルラさんなら絶対に一夜を助けたいと思っていることです。そして、一夜もすぐにカルラさんを救出に行って欲しいと願っているからです。二人が互いを慕う気持ちは、一点の淀みもないものです。

「だから、とっとと私たちを信じなさい」


 ミキティは大見えを切った。

 マリヤは驚いた様子で言葉を失っていた。何とか反論しようとするけれど、言葉が出ずに口をパクパクさせるだけだ。


「うるさい、うるさい。うるさーい。綾瀬一夜などは姫君にとって不要。むしろ害を及ぼす存在である。ヘイローと綾瀬一夜が無関係というならそれも結構。ならば、我々とも無関係よ。そちらの事情はそちらで解決すればいい」


「マリヤさん。あなたの気持はわかるよ。心配なんだよね。周りは良かれと忠告してあげているのに、全然聞いてくれない。周りをやきもきさせる。その挙句に、危険な目に遭ってるなら、それみたことかだよ。

「私のいうことを聞いていればいいんだ。もう絶対に危険な目には合わせたくない……でもね、他人を大切に思うなら、絶対にその相手の気持ちを第一に考えなきゃだめだ。口酸っぱく注視してもいい、しつこいぐらいに懇願してもいい。でも……」


「うるさい。知った風なことを言うな。それでも、それでも……」


 マリヤの中で激情が渦巻いていた。もはや、それを言葉にすることはできない。

 マリヤは席を立つと、無言でその場を立ち去ろうとする。


「マリヤさんはずっと見ていたんでしょう。カルラさんのことを。一夜とずっと一緒にいたカルラさんの姿を」


 ミキティもその後を追い、マリヤを止めようとする。

 一度廊下に出たマリヤは振り返り、ミキティをじっと睨みつけた。


「少し遅いが昼食にしよう。腹も膨れれば冷静な議論もできよう」


 ミキティはようやく自分が昨日から何も食べていないことを思い出した。


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