第19話 立派な『モノ』はお持ちのようで

 奇妙なカップルが歩いていた。


 一人は小太りで背の低いどうにも冴えない男。学園の制服に身を包んでいるが、とても学生には見えない親父顔をしている。


 もう一人はモデルのような背の高い痩せた女性。180cmに届くほど。前衛的なアシンメトリな髪形とメイク。それが非人間的な表情を生み出している。彼女もまた学園の制服に身を包んでいるが、女子高生を名乗るには熟しすぎていた。


 ここまで極端な凸凹の二人が並んで歩けば、かえって純愛を信じたくなる二人組だった。


『姐御……もう止めたいですよ俺、これじゃまるでコスプレっす』


『せっかくの学園生活、青春の始まりだぜい。身も心も学生気分を楽しみまなきゃ損だぞっと』


 男は何度も自分の身なりを見返しては、ため息をつく。不似合い極まりない。


『あっしは姐御のように社交的な性格じゃないんでさぁ。仕事さえできりゃあ、もうなんでもいいんすよ』


 男はほとんど真上を見上げるような姿勢だ。


『正規のルートで取得した学籍なんだぜ。正真正銘、あたいたちは高校一年生なんだぜい。恥ずかしがるな、堂々をしてろってーの。それに、この格好が役立つ場面だって、いくらでもあるさね。プロなら慣れな』


『絶対、浮いてますよぉ。女子高生口説こうとする中年オヤジですよ、完全に。恥ずかしいっすよぉ』


『いいじゃん、いいじゃん。テンション上がるねぇ。これからバンバン仕事するぞーい』


 彼女にとっては生徒たちはただの無防備な子供たち。可愛がりはしても敵愾心など湧くはずもない。興味を引くのは学園の至るところ、そこかしこに仕込まれた最新技術のセキュリティ・システム。外の世界で普及する前に味わえるのは贅沢な話だ。


『ここじゃ『殺し』以外なら何やっても自由っすからね。腕が鳴りますぜ』

『もちろん。あっしと違って姐御は席さえ空けば即昇進が約束されている立場ですからね。いつまでここにいられるかも判らない。あっしに構わず、やりたいようにやってくだせい』


『おいおい、悲しいこと言うなよ。あたいは、ちゃーんとココを卒業するつもりでいんだよ。高卒ってのに憧れてんだ。まともな人間みたいで嬉しいじゃないか。3年くらいは御免状はお預けでも構わねぇさ。それまでにあたいに追いつきゃいいんだ』


 笑いながら豪快に小男の背中をはたく。

 そういった物騒な会話も、独特の『風切り言語』を用いているので、周囲には風の擦れる音にしか聞こえない。


 二人の正体については……まだ謎のままとしておこう。


                        ◇


「ねぇねぇ、お姉さん。俺とお茶でも行かねーかい」


 女の視界に不意に男が現れた。スッと手を伸ばし、長身女の手を握る。シェイクハンド。軽く、しかし逃がさない。

 女の手に力がこもる。


『こいつ、ためらいもなく間合いに入りやがって。いきなり実力を見せつけてやろうって腹会かい』


 小男はさりげなく男の持つ竹刀袋を探る。重さと重心の違いから中身を識別していた。


『これ、真剣ですぜ』


「あら、カッコいいお兄さん。あたいらに何か用件ですかい」


「手、握ったままでいいの。恥ずかしくない?」


 屈辱的な挑発だった。仮にもプロが易々と利き腕を握られるなど。いやさ、躱そうと思えば躱せたのだ。だが、完全に虚を付かれ判断が鈍ったのだ。二つの顔の使い分けに、まだ体がなじんでいない。


「あらま、じゃあ今すぐ叫んで助けを呼びましょうか?」


『大丈夫ですか……姐御』


 小男も普段見ることのない相方の焦りを感じていた。


「お姉さん、随分と『お化粧』がうまいけど、手を握ればぜーんぶ分かっちゃうんだよねぇ……ああ、もちろん。歳だよ、年齢のお話。うーん、28歳あたりかな?」


「お兄さんは、もう少しご自分の身なりを整えた方がよさそうですね。軽口叩くだけの立派な『モノ』はお持ちのようですけど」


 鬼籍に入る。彼女らの業界ではそう表す。人を捨て鬼となる。彼女には未だ到達できていない境地。この男はすでに至っている。


「そりゃ、どうも。申し訳ないけど俺は十代にしか興味ないんで、さようなら。ここは学園でも一番治安の悪い場所だぜ。お姉さんがいるような場所じゃない」


 言うだけ言って元興寺は静かに去っていく。


「ご忠告、感謝いたしますわ」


 こちらには今、得物がない。いや、たとえ得物があったとしてもだ。本気で切り合えば百に百、負ける。必敗。脇に控える泥田坊とツーマンセル、2対1でも結果は変わらないだろう。所作を観ただけで、こちらの地力も何もかもすべて見切ったうえで大胆に接触してきたのだろう。


『追いますか?』


『いや、この場所の勝手も分かってねぇのに、ちょろちょろと動くのは……。噂通りお子様だけの学園ではないと判っただけで収穫とするさ』


『姐御が楽しそうなら、そりゃ結構』


 泥田坊は血流を聞く。脈拍は上がり、血潮が激しく全身を駆け巡る。

 それが伝えるのは歓喜と興奮。女は求めるものの片鱗とさっそく巡り合えたようだった。


                    ◇


「どうよ、七曲」


「はい、新入生であることは間違いありませんが、どう見ても十代ではないですね。名前や住所が本物か『外』に照会してみます」


「おう。学籍番号さえ押さえりゃとりあえずはよしだろ。それより本命のほうだが下水道絡みってなら一つあてがある。付き合えよ」 


 こうして一時いっとき交錯した2つのカップルはまたそれぞれ別の方向へと消えていった。

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