第八話 いまやるべきことは

 光輝は黙々と学園祭の準備に参加していた。

 一時は恵との対立が再燃してどうなるのかとクラスメートのみんなも思っていたが、衝突する事態はどうやら免れたようだと見ていた。

 そしてとうとう学園祭の当日となった。未だ光輝は英莉香とは話していなかったし、光砂も家の中では一切口をきかなかった。


「さてと……こんなもんかな」


 光輝と伸一は教室に入口のアーチを設置した。続いて景品のチェックやダーツの矢の本数チェックなどを行った。

 やがて時間になると学園祭が始まり、一般来場の客が入り始めた。光輝は教室の外の受付の係を担当していた。廊下を歩いている学園祭に来た人に声かけなども行う。思ったよりも客が多く入ってくれて入場待ちになったりもした。


「青天目くん、少し休憩したら? ずっとここにいるでしょ?」


 昼が近付いたところで春花が光輝に声をかけた。


「俺は大丈夫だから。伸一や純たちも手伝ってくれているし。ありがとな」


 すると途中で景品がなくなりそうになるかもしれないとのことだった。まだ三十個ほどあるが、学園祭の終わりまではもちそうになかった。


「なら俺が休憩ついでにスーパーに行って買ってくる」


 光輝が恵に申し出ると、恵は少し意外に思いながらも承諾した。

 学校を出るとすぐにスーパーに向かった。景品用のお菓子をカゴいっぱいに詰めてレジに行き、そしてまた学校に戻る。ちょうど景品が切れそうになったところだったようで、何とか間に合ったようだった。


「なんだ、光輝が買いに行っていたのか」


 伸一が戻ってきた光輝に言った。


「調達班だからな」


 すると春花もやってきて、光輝に食べ物と飲み物を渡した。


「青天目くん、光砂からおすそわけもらったから。少し休んで」

「おお、悪いな。ありがとう、春日井」


 光輝は休憩所になっている教室で一息つくことにした。


(……)


 クラスの役に立つ――休憩所の喧騒の中で光輝はこの充実した感覚が心地よかった。


(けど、まだだ――やることはまだ残っている)


 光輝はある種の決意をもって飲み物を飲み干した。



 ◇ ◇ ◇



 無事に学園祭が終了し、片付けに入った。みんな上手くいったとわいわい楽しく片付けながら、外が暗くなったところで片付けも終わり、解散となった。


「帰るか、光輝」


 伸一が言ったが、光輝は「ちょっとやることがあるから先に帰ってくれ」と言った。

 そして、まだ残っている恵たちの元へ行った。


「青天目くん、ありがとう。景品、足りなくなるところだった」


 春花が感謝して言った。けど、光輝は途端に跪いた。


「な、青天目くん――?」

「すまなかった」


 光輝は恵たちに向かって土下座をした。


「全部、俺が悪かった」


 突然の土下座に恵は困惑していた。けど、光輝は続けた。


「あの時――あの学園祭の準備の時、俺がみんなに迷惑をかけた。俺はただ自分のことしか考えていなかった。人として、最低なことをした。今更都合が良すぎるだろうけど、許してもらえなくてもただ、謝らせてくれ」

「……」

「青天目くん、私たちそんな――」


 春花は思わず光輝のそばに寄った。


「違うんだ。俺が馬鹿でクソだったことがやっとわかった。俺はあんなことをしてずっと逃げていた――そう、逃げていたんだ。本当は怖かっただけなんだ。みんなから非難されることが――だから俺は素直に謝れなかった」


 光輝は恵を見て、もう一度言った。


「すまなかった。俺は何もわかっちゃいなかった。本当に、すみませんでした――」

「……」


 恵はしばらく光輝を見ていたが、やがてため息をついて口を開いた。


「……私が許せなかったのはあなたが春花やみんなに対して謝らなかったことよ。けど、私もあなたに言ったことは悪かったって思っていたわ。私も――素直に言えなくて……ごめんなさい」

「いや、俺が馬鹿だったから――俺のやったことは決して消えないし、許されることじゃなかった。俺はあの後ずっと考えていた。俺が迷惑をかけた挙句にみんなで作りかけていた作品を台無しにしてしまったことを――心から反省している」

「じゃあ、これで仲直りということにしましょう」


 恵は右手を差し出した。光輝も立ち上がり、握手した。すると春花が泣き出した。


「どうして泣くの、春花」

「だって……」

「まあ……春花だけじゃなくて他の人からもあなたが学校に来なくなったことに責任があると感じていたのは確かだったわ。けど、良かった。今度はちゃんと一緒にできて」


 恵は初めて光輝に対して微笑んだ。光輝も微笑み返した。



 ◇ ◇ ◇



 光輝にはもう一つやることが残っていた。

 英莉香の家の前にやってきて、インターホンを押す。やがて英莉香の親の声で『はい』と聞こえた。


「同じクラスの青天目です。ターニャ――英莉香さんはいますか?」


 少しして家の玄関のドアから英莉香が出てきた。


「光輝……」

「やあ」


 久しぶりに二人は対面して言葉を交わした。


「学園祭、成功して良かった」


 英莉香は少し元気のない表情で言った。


「ああ……。その――俺、城ヶ崎と仲直りしてきたよ」

「えっ――?」

「さっき、あの時のことを謝ってきた。そして、謝罪を受け入れてくれた」

「そう……そっか。良かった――」

「ターニャ、ごめん」


 光輝は英莉香を真っすぐに見つめて言った。

 すると英莉香の琥珀色の瞳はみるみるうちに涙が浮かんできてやがてその頬を流れ落ちた。


「俺が馬鹿だった。みんな、お前のおかげなのに――俺がこうして学校に来れたことも、城ヶ崎と仲直りできたことも――」


 光輝は声を絞り出すようにつづけた。


「俺が学園祭で馬鹿をやったとき、俺だけが理不尽な目に遭っているって思っていた。けどそうじゃない。俺は自分を非難されることがとても怖かったんだ。だから城ヶ崎に――みんなに対して謝ることが怖かった――自分がしたことの重大さが……。けど、お前のあの時の表情を見て、俺が一番悪いことがようやく理解できた。そして、お前に謝りたかった。だから俺はようやくわかったんだ。相手の気持ちを……」


 光輝がそう言うと、英莉香はくしゃっと顔を歪めてぽろぽろと大粒の涙を流し、


「私はもう光輝が口をきいてくれないと――嫌われたんじゃないかって――だから……だから……」

「……ごめん」

「……」


 英莉香の顔は涙でくしゃくしゃになっていた。


「涙を拭けよ、顔がブサイクになってるぞ」

「……お前、人がせっかく――」

「明日からまた、一緒に学校に行ってもいいか?」

「……もちろんだ」


 光輝は本当に久しぶりに英莉香の笑顔を見ることができた気がした。

 変なプライドや意地なんて一旦捨てて真っすぐに謝る――恵に謝罪をすることが正しいことだと気付かせてくれたのは英莉香だった。

 二度と英莉香のことを悲しませたくないという気持ちが、光輝を立ち直らせたのだった。

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