48. 幸せの価値

48. 幸せの価値



『幽霊船』へ近づくにつれて海が荒れ始める。どう考えてもこの先に原因があるだろう。そして遂に船が目視できるところまで来たのだが、そこには信じられないものがあった。なんと『幽霊船』の甲板の上には人が立っているのだ。それも1人や2人ではない。10人くらいだろうか?


「う、嘘だろ?なんであんなところに人がいるんですか!」


「落ち着いてくださいエミルくん。あれは人ではありません。亡霊ですよ。まったく人間と亡霊の区別くらいつくようになってくださいよ。エミルくんがいくら戦闘力が皆無だとしてもビビりすぎです。子供じゃないんだからしっかりしてくださいよ」


 いや亡霊のほうが怖いんだけどさ……。そんな会話を聞いているジェシカさんやレイアの顔を見ると、至って冷静な顔をしている。なんかちょっと悔しい。オレだけ怖がってるみたいじゃないか。


「まぁいいです。とりあえず亡霊は私がなんとかしますから、レイアちゃんは光のバリアをお願いします。エミルくんとジェシカちゃんはレイアちゃんのそばを離れないように」


「はい」


「分かったわ」


 そう言ってリリスさんを先頭に船へと向かっていく。そしてレイアの補助魔法でオレたちの周りに光の壁が出来たのを確認すると、リリスさんがそのまま勢いよく走り出した。


「消し飛ばしてあげます!!」


 リリスさんが走りながら剣を振ると、その衝撃だけで周りの海面が揺れる。その一撃で何体かの亡霊が霧散していく。その隙にオレたちも続く。そしてそのまま一気に船内へと侵入する。


「すごい……」


 リリスさんの強さは知っていたけど、本当にすごいとしか言いようがない。そしてあっという間にあの数の亡霊を簡単に蹴散らしてしまった。


「エミルくん。ぼーっとしない!まだまだ来ますよ」


 そう言うとリリスさんは次々と敵を斬り倒していった。それからしばらく戦闘が続き、最後の一体を倒したところで、急に辺りが静かになる。


「これで終わり?」


「いやジェシカちゃん。まだローレライがいません。あそこに見える奥の部屋に行きましょう。レイアちゃん防御魔法は大丈夫ですか?」


「はい。大丈夫です」


 そしてそのままオレたちはゆっくりと部屋に入る。すると部屋の中央には一人の少女が立っていた。


「やっときてくれたのね?待ちくたびれたわ」


「あなたが『ローレライ』ですね?大人しくしていればいいのに。なぜこんなことをしたんですか?」


 リリスさんは問いかけるが、『ローレライ』は無言のまま微笑んでいるだけだ。


「黙っていては分かりません。返答次第では許してあげてもいいですよ?あなたはどうせ何もできないんですから。それに誘惑できるのはエミルくんみたいな底辺の男くらいですよ?なんの自慢にもなりませんし、そんなことして楽しいですか?もう諦めて成仏してください」


 なぜかローレライにも毒を吐くリリスさん。いや本当にこの人は……。しかしそんなリリスさんの挑発も効かないのか全く表情を変えずにローレライは話し出す。


「ふふっ。私はただみんなを幸せにしてあげたかっただけなのに……。どうして分かってくれないの?」


「幸せの価値はあなたが決めることではありません」


「違う……幸せよ?だって一緒にいれば寂しくないでしょう?」


「……一緒にいれば寂しくない……ですか」


「ええ。だから一緒に来て?きっと幸せになれるよ?」


 そういうと『ローレライ』は両手を広げる。すると突然足元に大きな穴が現れ、そこから黒い手が飛び出してくると、そのままリリスさんを捕まえてしまう。


「リリスさん!今助けますから!」


「無茶だよマスター!?」


「ジェシカさん……でも!」


 オレが駆け寄ろうとすると、リリスさんは首を横に振る。


「ダメですエミルくん。これは罠です。近づいちゃいけません」


「でも……リリスさんがこのままじゃ……!」


「心配いりませんよ。これくらい自分でなんとかできますし、私の言うことを聞いてくれないようですしね……少しは情けをかけてあげたつもりなんですけどね。やはり亡霊には意味ありませんでしたか」


 そう言ってリリスさんが笑うと、急にリリスさんの剣が輝き出し、ローレライに振り返ると次の瞬間、ローレライごと……いや船ごとリリスさんの剣が真っ二つに斬りさく。そして轟音と共に船は崩れ落ちていった。


「ちょっとやりすぎよリリスさん!」


「もしかしてジェシカちゃんは泳げないんですか?恥ずかしいですね?それでも19歳なんですか?」


「そういう問題じゃなくて!もう少し周りへの影響を考えなさいって言っているの!」


 そしてオレたちはそのまま海に落ちたが、なんとか岸まで泳ぐことができた。


「ぷはぁ!死ぬかと思った……」


「はぁはぁ大丈夫マスター?」


「ああ……大丈夫……」


 ……ジェシカさん。白い下着が透けて見えてるんだけど。目のやり場に困るぞ。オレはダメだと分かっていても欲望に勝てずリリスさんとレイアのほうを見ると、2人とも服の下になぜか水着を着用していた。


「あれ?ジェシカちゃん。ダッさい白の下着が透けてエミルくんに見られてますよ?大丈夫ですか?まったく。赤や黒くらい身に付けて女の色気くらい出してほしいものです」


「えっ!?ちょっと!マスター見ないで!」


「いや、あの、その、すいません」


 顔を赤くするジェシカさん。本当に申し訳ないことしたな……。


「というかなんでリリスさんとレイアは水着を着てるの!?」


「リリスさんが着てきてって言ってたから……」


「あれ?ジェシカちゃんには言ってませんでしたっけ?」


「私、聞いてないよ!もぉおお!!」


 こうして色々トラブルはあったが、幽霊船の調査依頼は完了した。そして翌日になり、オレたちギルド『フェアリーテイル』はいつも通りの日常を迎える。


「えっ?リリスさん今なんて言ったんですか?」


「だから、ギルドの『調査依頼書』の報告は出来ないって言ったんですよ。私たちが幽霊船ごと海に沈めちゃいましたからね。証拠はないし、まぁこれもいい経験と言うことで」


 そうニコニコしながらオレに話すリリスさん。船を沈めたのはリリスさんなんだけどさ……とか言うとオレが沈められそうなので黙っておく。


「今回はこの天才魔法少女の出番はなかったみたいね!」


「そう言えばアンナ。お前何してたんだ?調査の時からいなかったけど」


「へっ?べっ別にアタシの力を使うまでもないでしょ!」


「あれあれアンナちゃん。怖いの苦手なんですよね?レイアちゃんに誘われた時のあの泣きそうな顔は忘れられませんよ?可愛いところもあるんですね天才魔法少女さん?」


「ちっ違うわよ!アタシが怖いものなんてあるわけないでしょ!っていうかアンタはいちいちうるさいわよリリス!黙って仕事しなさいよ!」


 膨れて怒るアンナ。図星なんだな……。オレはその様子を見て、ふと思う。あの時のリリスさんの言葉。『幸せの価値はあなたが決めることではありません』か……。


 オレはギルドのみんなが笑顔でいれたらそれでいい。だからこれから先、どんな辛いことがあってもみんなと一緒に乗り越えていきたい。ギルドマスターとして。そう決意するのだった。

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