30話

「……ここで、彼女の、阿部灯さんの話を聞いてもらいます」

 阿部が緊張した面持ちで、烏丸母に向き合う。

「わ、私は、烏丸先輩のお兄さんとお話したことがあります。……私が小学生の時、毎朝、新聞配達に来てくれたのが燐さんでした」

 烏丸の兄は、烏丸が学校に行っている間は働いていた。

「私は、毎朝、ジョギングをするのが日課で、その時に燐さんに出会ったんです。……とても、カッコ良くて、一目惚れでした……これが、私の初恋です」

 顔を赤らめて話す阿部。

 顔は烏丸と同じだからな、カッコいいのは当たり前か。

「それから、私は勇気を出して、燐さんに話しかけてみました。それから、毎朝、燐さんと話すのが楽しみで楽しみで仕方なかったんです」

 でも、烏丸の兄は……。

「それから、数年後のある日。燐さんが突然来なくなったんです。バイト辞めちゃったのかなと思って悲しかったです。……高校生になって桜木高校に入学して、また燐さんに会えたんです。でも、何か私の知ってる燐さんとは少し違ったんです。名前も燐ではなく、凛でした」

 だって、その烏丸は烏丸燐ではなく、烏丸凛だから。

「でも、顔が同じだったから、思い切って聞いてみたんです。そうしたら、私のことを覚えてないみたいでした。私、すごくショックで、それで美和子先輩の悩み相談を受けることにしたんです」

 そういうことだったのか……。

「それで、先日、美和子先輩から、燐さんは既に自殺してしまい、もうこの世にはいないってことを聞かされました。……泣きました。燐さんがこんなに辛い境遇だったなんて」

 初恋の人が死んでたんだもんな。

「私は、燐さんを辛い目に合わせたあなたが許せません! 何で、何の罪もない燐さんに酷い仕打ちをするんですかっ⁉」

 阿部が怒りのこもった眼差しで、烏丸母を睨む。

 烏丸母は、何も答えない。

「何とか言ってくださいっ! あなた、燐さんの親なんでしょう!」

 おれも阿部と一緒に、この人に言ってやりたい気分だ。

「もういいわ。下がって、灯」

「でも……」

「後は任せて」

 白鳥と阿部がいつの間にか仲良くなっていた。

「烏丸冷奈さん、あなたのしたことは、ネグレストという立派な虐待ですよ」

 烏丸母は無言だ。

 きっと、認めるのはプライドが許さないのだろう。

 白鳥は溜め息を吐いて、烏丸に向けて言った。

「烏丸君、あなたが『ネグレストを受けていた』と言うのよ。……認めなさい、あなたの親はあなたを虐待していた最低の親なのよ」

 悲しいけれど、真実だ。


 傍聴席にて。

「なあ、秀。今、凛はどないな気持ちなんやろね。実の親が糾弾されとるんやで」

「……おれには、想像も出来ない」

 もしかして、烏丸は何も感じていないのではと思ってしまう。

「美和子はな、亡くなったご両親にえらい大切にされて育った。だから、虐待とか我慢出来へんやろな。親が子どもを大切にしないなんて、有り得ない思うとる」

 ……確かに、子どもは大切にされるべきだ。

「でも、子どもにとって、どんなに酷い親でも、親は親やろ。変えられへんねん」


「烏丸君、そろそろ認めなさい。本当は分かっているのでしょう?」

 烏丸は下を向いて、俯いたままだ。

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