2月2日(木)_幸せな方向って、どっち?

 委員長からのクラスLINEで、昼休みの教室はざわついた。


『みんなヤバいよ~! くるるちゃんがチョコレートをばら撒こうとして職員室に連れていかれちゃった!』


 クラスメイト達はくるるの奇行に対して、ああでもないこうでもないと語る。


「バレンタインには早くないか」

「……練習とか」

「チョコレートを渡すのに?」

「暦がズレてるのかもしれん。旧暦? とか?」

「彼女がカレンダーを間違えたまま一月を過ごし終えたってんなら、あるいは」

「はっ。どうせ俺らにゃわからねえよ」

「先生が気の毒になってきたぜ。話を聞いたってどうせ分かるわけないんだ」

「こういうときは……」


 彼らは揃って一人の男子生徒を見た。

 視線を向けられた少年──明石あかし解人かいとは食べかけの昼ご飯を口に詰め込み、すでに席から立ち上がっていた。

 足早に職員室へ辿りつく。ドアノブへと手を伸ばしかけるが、そこで解人は我に返った。

 呼ばれてもいないのになんて言えば、と思うと指先が引っ込む。しかし。

 解人の脳裏にくるるの姿が思い浮かぶ。自分の思っていることを身振り手振りで示しても上手く伝わらなくて、だんだんと元気をなくしていくような、そんな横顔が。

 気が付いたら解人はドアノブへ再び手を伸ばしていて。

 けれど戸は、触れる前に開いた。


「あれ? カイトくんも呼び出されたの?」


 くるるだ。目をパチパチさせて首を傾げている。

 心の中で膨らんでいた想像が間抜けな音を立ててしぼむ音がする。

 解人は思わず笑ってしまった。


「えっ、えっ、なになに! なんで笑うの!?」

「いや、ごめん、うん。先生はなんて言ってた?」

「よく分かんないから反省文書けって」


 くるるが手の中で丸めたプリントを見せてくる。


「……まあ、そうだよね。うん、良かったよホントに」

「次からはカイトくんが来てくれると嬉しいなって」

「えっ」

「先生が言ってた」

「ああ、なんだ……。って、いやいやいや。それもおかしい話だな?」

「ありがたや~! いつもお世話になっております!」

「まあ、別に、大したことはしてないし」

「そんなカイトくんにはイイものをあげよう」


 くるるはブレザーの内ポケットから棒状のなにかを取り出して、解人に渡す。


「海苔巻きだ」

「節分だからね、恵方巻!」

「……ぬくいんだけど」

「朝からポケット入れてたからね!」

「なぜドヤ顔。気合入りすぎなんだよな」


 歩いていた渡り廊下から中庭のベンチが見えたので、あそこで食べるかという話になった。

 階段を降りながら、解人は教室でのことをくるるに話す。


「桜間さん、バレンタインの練習なんじゃないかって言われてたよ。チョコをばら撒いてたから」

「えっ、バレンタインって練習が必要なの!?」

「桜間さんならやりかねないって、みんなに思われてるだけなんじゃないかな」

「ひど! そんなヘンなことしないってば!」


 節分の日にチョコレートを撒くのも似たり寄ったりなのでは? と解人は思ったが言わないでおいた。代わりに言葉を選んで問いかける。


「えーと、豆撒きのつもりだったの?」

「そうなの!」

「……まさかとは思うけど、カカオ豆からできてるから、チョコを?」

「そう! なの!」

「まあ……チョコの方がおいしいけどさ」

「でしょ? 大豆よりはみんなも喜ぶかなーって」


 確かに今日は節分だ。豆まきをするのは頷ける。しかしそれがチョコだというのは……。

 ズレてるけど優しいよなあと解人は彼女の横顔を見つめた。


 中庭のベンチに辿りつく。

 くるるは恵方巻のフィルムを剥がし始め、解人の方を向いて食べ始めようとした。


「ちょ、ちょ、ちょ。今年の方角ってこっちなの? 合ってる?」

「? さあ?」

「さあって……恵方巻って縁起のいい方角を向くものでしょ」


 解人はスマホを取り出して、コンパスアプリを起動する。


「えー……と、あ、そもそも今年の方角を調べないとだな──……」

「別にいいって~」

「でも、恵方巻だし」

「縁起がいい方向なんでしょ? じゃあ、カイトくんのほうで合ってるでしょ!」


 言うが早いか、くるるは恵方巻にかぶりついた。

 解人はポカンとしてから、手元のぬくい恵方巻の包装を剥いでく。


「……じゃあ、まあ、俺も、いただきます」



 数年後、中庭のベンチで向かい合って恵方巻を食べると恋が叶うという伝説が学校で広まったのはまた別の話。

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