01-2


「じゃあ行って来るね〜」


 笑顔で僕に手を振り、遠ざかっていく背中。

 待っていて、とは言われたが、正直信じられない。半兎人である僕を対等に扱ってくれる異種族なんて、会ったことがない。……ううん。それが当たり前なんだ。外には誰も、味方なんていない。

 折った膝を抱え、半信半疑で待つこと数分。草本を軽快に踏む音を、大きな耳が捉えた。

 釣られるように顔を上げれば、「おーいっ」とこちらに向けて大きく手を振りながら走るリアムがシエルの瞳に映る。



「お待たせっ! さっきの人に取り置きしてもらうよう頼んできたよ」


 リアムはシエルの隣に座り、呼吸を整える。

 呆然とリアムの横顔を見つめるシエルはぽつりと口を動かす。


「『やりたいこと』って……取り置き……?」

「うん。3日以内に買いに来てってさ。あとついでにハンバーガーと水も買っちゃった」


 リアムは抱えていた紙袋に手を入れ、中から取り出した箱を1つシエルに差し出す。


「はい、これシエル君の分ね」


 ほのかに熱を感じる箱の蓋を開ける。

 できたてあつあつ、食欲そそる香り。中身はまるまるひとつ入ったハンバーガーであった。

 シエルはぐちゃぐちゃな感情のままに顔を歪める。


「えっと……もしかして嫌いだった?」


 憂いを帯びた瞳に思いがけず狼狽えるが、喉を押さえつけられたかのように上手く声を発することができない。

 これまでの食事は“エサ”と称された余り物だった。誰かが自分の為に作ってくれた温かいご飯ではなく、冷め切った少ないご飯。


「嫌いでは……ないです……」

「あー……まだお腹空いてないんだね」


 いつもの癖で、シエルは咄嗟に頷く。後髪を引かれるが、これで良いんだと諦めた。

 リアムは「そっかぁ」と残念そうに呟く。


「じゃあお腹空いたら言ってね。冷めないように袋の中に入れとくから」

「えっ……?」


 予想と異なる行動に目を丸くした。断った時点でもう無いものだと思い込んだのは、どうやら自分だけのようで。リアムは自分は自分、人のは人の分と、ちゃんと分けてくれている。


「やっぱり食べたくなった?」


 少年の気持ちを伺うように。遠慮がちにリアムは尋ねる。

 シエルは初めての感覚にどう返したら良いか戸惑うも、はいと差し出されれば今後こそ受け取った。


「ぁ……ありがとうございます」


 両手で箱を持つシエルに、リアムは嬉しそうに笑顔を浮かべる。


(初めてだな。シエルにお礼言われたの……)


 それは1歩にも満たないかもしれないけれど。シエルとの距離が縮んだ気がした。


「いただきまーす」

「い、いただきます」


 がぶりと噛み付くリアム。食べ方を横目で見ながら食むシエル。

 1口食べれば、2人揃って美味しいと目が輝いた。



「っふー……美味しかったー!」


 ごくごくと水を飲み、いい塩梅の満腹感に満たされる。

 シエルが食べ終わるのを待って、リアムは話を切り出した。


「それでさ。さっきの話に戻るんだけど、3日間だけ取り置きして貰えることになったから、どうにかしてお金を集めないとね」

「そっそうですね。頑張ります」


 ここ数分の会話で、リアムはシエルの扱い方を学んだ。今はきっと『巻き込んで申し訳ないな』と思っているであろうが、買えなければ代わりとして残した大事な品も失ってしまうのでこちらとしても後戻り出来ない。


「やっぱりモンスターを倒すのが手っ取り早いかな……?」

「リアムさんは戦えるんですか?」


 シエルの問いかけに、あっやばっと口を滑らせてしまったことに焦る。


「う、うん。体が覚えてるみたい」

「そういうものなのですね」


 リアムが密かに胸を撫で下ろす隣で、シエルは思案する。


「……それなら、この付近に下級モンスターが多く出現する場所があるので、そこで集めませんか?」

「僕はいいけど……」


 他に方法も思いつかないためそこで荒稼ぎするのに異論はない。だが、シエルは怖くないのかなと心配する。

 リアムの憂惧を感じ取ったシエルは遠慮がちに告げる。


「強くはありませんが僕も戦えるので……少しはお手伝い出来るかと思います」


 てっきり戦えないものだと勘違いしていたリアムにとっては御の字だ。


「ううん、そんな事ないよ! 一緒に頑張ろうね!」

「……はいっ!」


 明るく元気な返事に、心が少し軽くなるのを感じた。




 2人は充分に休息をとり、シエルが話していた場所に向かう。


「シエル君は詳しいんだね。多分だけど、普通の人より詳しいんじゃない?」

「そ、そうかはどうかわかりませんが……サポートに回ることが多かったので、それでなのかもですかね……」


 サポート? 歩きながらリアムはシエルを見遣り、首を傾げる。シエルはちらりと視線を交わし、すぐに道の先を見つめた。


「……今は一時的に離脱していますが、パーティーに所属しているので……」

「パーティーって、複数人で組んでモンスターに対抗するグループのこと?」

「そうですね」


 大切な仲間達の事を話しているにしては、眉を顰めるシエルの表情に違和感を覚える。

 きっと時計の石大切なものを取り返せればシエルはそのパーティーに帰ってしまうだろうから。自分が口出しする権利はないから寂しいけど仕方ない。リアムは「そうなんだね」と返すだけに留めた。


「そろそろ“エンカウントスポット”に到着します」

「エンカウントスポット? モンスターが多く出るって場所の名前?」

「はい。通常、モンスターは目的もなく徘徊をしていたり、自分だけの縄張りを決めていたりしていますが、エンカウントスポットと呼ばれる地点は、複数体のモンスターが共同で使用している……いわば僕達が知る広場のような位置付けだと考えてもらえれば良いと思います」


 リアムはへえ〜としか溢せないほど感嘆した。元の世界の知り合い(そっくりさん)以前に優秀過ぎる。運命的な出会いをありがとうと、残り滓しか残っていない幸運に感謝した。


「わかりやすく説明してくれてありがとう」

「こ、これぐらいなら全然……。あっ、それでその、リアムさんにお聞きしたいことが……」


 足を止めたシエルはおずおずとリアムを見上げる。同様にリアムも立ち止まり、いいよと返す。


「どうしたの?」

「り、リアムさんの武器とか……戦い方を、教えてもらえませんか……?」


 リアムの黒い背景に稲妻が迸る。危ない危ない。危うく元の世界のノリで戦おうとしていた。食い気味に頷く。


「そうだね! わからないままで行ったら危ないもんね‼︎」

「は、はいっ……」

「えっと僕はね……」


 リアムは肩掛け鞄から1冊の魔導書を取り出す。シエルは魔導書をじっと見つめた。


「“鉄の魔導書”……ですか?」

「鉄⁉︎ 鉄なのこれ⁉︎ ……あ、表紙が鉄なのね」

「どこで手に入れたのですか?」

「え? いやこれは宝箱の中に落ちてたやつを拾ったんだけど……」


 それは拾ったとは言いません。

 なにやら考える素振りを見せるシエルに不安を覚える。


「な、なにか駄目だったかなぁ……⁇」

「だ、ダメじゃないですよっ」


 慌てて訂正を入れ、シエルは話を戻した。


「それで、リアムさんはどんな技を?」

「まだ1回しか使ったことないからわからないんだけど、光属性の技が使えるよ。あと火と風かな。シエル君は?」

「僕は風属性が得意なので……」


 するとシエルは口を詰むぎ、色を正す。その様子から目的地近くまで来たのだと察したリアムもまた、目つきを鋭くさせる。


「敵は下級モンスターですが油断はなさらず。僕が前に出るので、リアムさんは後方をお願いします。ある程度倒したら撤退しましょう」

「わかったっ。頑張るね」


 握った拳を軽く挙げたリアムと互いに頷き合う。丘の頂上からそろりとエンカウントスポットを見下ろし敵の数を確認。片膝付くシエルが両手の平を上に向けると、雨のごとく滴る光粒に包まれハンマーが出現。シエルの首下まで届くハンマーの頭は大変立派であり、威圧すら感じさせる。華奢な体つきでは動かすことも難しく思わせるハンマーを、シエルは鼻息を短く漏らすと同時に持ち上げ、天に掲げる。


「行きますッ‼︎」


 リアムに向けて叫び、疾走。ハンマー両手に跳躍し、空中で前転。着地のタイミングに合わせ、風を纏いしハンマーを振り下ろす。叩きつけた直後、吹き荒れる風は刃と化し。周囲を徘徊していたモンスターを切り裂き、霧散する。

 続けてリアムも参戦する頃には、距離が離れていたモンスターらも2人のもとへ集まっていた。リアムは魔導書の頁を開き、片手を前方へ突き出す。


「【長距離狙撃魔法エクスレーザー】!」


 魔導書から現れたのは赤い光球。光球は内部で煌き、縮小後。細く、長い光線を放つ。赤い光線はリアムの直線上を彷徨うゴブリンの体を貫き、ジュッと音を立て焼け焦がす。体に穴が空いたゴブリンは存在を保つことができず霧散。

 安堵するも束の間。プルプル揺れる液体の容姿を持つスライムに接近を許していた。気が抜けない。リアムはスライムの体当たりを躱し、呪文なしの通常魔法を手の平に集中。直接体に突きつけ、撃破。

 一方のシエルはハンマーの重さを活かした重い一撃を迫り来るゴブリンの脇腹に与え、遠方に吹き飛ばす。動作が遅いシエルは敵に囲まれやすいがその都度ハンマーを前方に構え、烈しく回転。遠心力がのしかかり、より重さが増したハンマーで敵を一掃する。

 数分経過後、付近一帯に散乱するドロップアイテムとゴールドが目立ち始め、2人は隙を窺いそれらを回収。エンカウントスポットから一旦引き上げる。

 一連の流れを2回繰り返したのち、迎えた夕暮れ時。日が沈む前に完全撤退したリアムとシエルは、エンカウントスポットからやや離れた場所で休息をとることにした。

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