第36話 絶体絶命





「そろそろ限界でしょう?」


 嘲笑うように、一が言う。

 その言葉に対し、剣持が眉間にしわを寄せた。剣を持つ手にも力が入っている。


 俺も、少し不安になっていた。剣持の能力に伴う代償を考えれば、長期戦は望ましくない。残りどのぐらいの時間が残っているか不明だが、反応を見ると悠長にしていられないのだろう。


 それを一も分かっていて、時間稼ぎをしようとしている。卑怯な奴だ。


「聖様を離せ。さもなくば斬る」


「ははっ。やれるものならやってみるがいい」


 胸元から手を離されたので、俺は剣持に駆け寄った。


「お怪我はありませんか?」


「俺は大丈夫だ。とにかく今は」


「はい、後ろに下がっていてください」


 後ろに行くように言われたので、素直に邪魔にならない位置に下がった。戦闘力に関しては、俺は絶対に役に立たない。剣持に任せるしかなかった。


「いつまで、それが持ちますかね。……時間が残り少ないのに」


 一は確信している。剣持の能力が、代償を受けるまで時間がないことを。だから時間稼ぎでもしようとしているのか。


 終わらせるために、剣持は一撃必殺と剣を振りかぶって走った。

 早い。まだ大丈夫そうだ。


「くっ」


 一は中々の手練だった。

 剣持の攻撃を受け流している。先ほどまで戦っていた人達とは格が違った。

 さすがリーダーをしていただけある。でも感心している場合ではなかった。


 剣持に顔に焦りが出ている。たぶん、時間が残り少ないのだろう。

 このままだとまずい。


「ほらほら、早く倒さないと時間が終わりますよ。あなたの大事な光が、あなたのせいで死にますよ?」


「ふ、ざけるなっ。お前なんかに、聖様を傷つけさせはしないっ」


「そうは言っているけど……ほら」


「っ!」


 突然、剣持の体が崩れ落ちた。

 能力が切れたのだ。代償として動きが制限されている。


「自分の使える能力の時間ぐらい、きちんと把握しておくべきですよ。まさか、勝てると思っていたんですか?」


 地面に跪いた剣持にゆっくりと近づきながら、一は首に狙いを定めて剣を持つ。自分の勝利を確信しているからこそ、余裕ぶっている。

 悔しい。このままただ見ていたら、剣持は死ぬ。俺のためにここまでついてきてくれて、専属騎士になってくれた剣持が。


 駄目だ。死なせるわけにはいかない。俺の味方になってくれた剣持を、みすみす殺させはしない。


「聖様っ!?」


 自分の命とか、なりふり構っていられなかった。俺は剣持に駆け寄り、その体を抱きしめながら一を睨んだ。


「何をしているんですかっ、早く逃げてください! 俺のことなんて見捨てていいんです!」


「そうですよ。たかだか専属騎士のために、自分の命を捨てる気ですか? 愚かとしかいいようがありませんね」


「黙れ!!」


 ごちゃごちゃと言ってくるから、思わず叫んでしまった。呆気に取られている二人に、俺は怒りを隠せなかった。

 剣持を置いて逃げると思われていたのなら、俺を馬鹿にしている。卑怯だと言っているの同じだ。


「俺は絶対に逃げない! 剣持は絶対に負けない!」


「負けないと言いましても、すでに勝負はついているようなものでしょう。はは、おかしな話です。何を言ったところで、負け犬の遠吠えにしか聞こえませんよ」


 確かに、この状況から打開する方法はない。もう終わりだ。でも、それでも最後まで諦めたくなかった。

 俺は剣持を抱きしめて、そして祈る。ここで終わりたくない。負けたくない。


「!?  なにっ?」


 何かが、起こった。

 空気が変わったのを感じて、俺はいつの間にか閉じていた目を開ける。


 剣持の周りを光が包み込んでいる。柔らかな光。まるで守っているみたいだ。


「……こ、れは?」


「わ、分かりません。初めて見ました」


 剣持も驚いているから、これは誰も予想していなかったことらしい。


「なんだか、体が軽いです」


「本当に?」


「はい。今なら、なんでも出来そうです」


 その言葉通りに、剣持は俺を抱えながら立ち上がる。全く重さを感じていないようで、安定感がある。


「だ、代償は?」


 もう回復したのだろうか。思っていたよりも早い。絶望していたから、しばらくかかるのかと勝手に考えていたのだが。


「俺も分かりませんが、終わっているみたいです。いつもだったら、一時間以上は満足に動けなくなるのですが……何故でしょう?」


 それは気になる話だけど、今は悠長に話している場合では無い。

 剣持が動けるようになって、一番驚いているところを倒しておかなければ。立て直されたら、戦いが面倒なことになる。


「剣持、それは後で話そう」


「はい」


 すぐに言いたいことが伝わり、剣持は俺を抱き上げたまま一に斬りかかった。別に俺を持ち上げている必要はなかったけど、言って動きを止めたくなかったので我慢した。


「どうして、こんなにも早く動けるはずがっ。調査した時と違うっ」


「残念だったな。お前はもう終わりだ」


「そんなはずはっ!!」


 まだ混乱していたせいで、剣を構える余裕もなく、最期の言葉は、ただただ困惑しているものになった。





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