それぞれの二人
1.木枯らしの季節
自室の机の上に網掛けのマフラーを広げ、その出来を吟味しながら紗久良はポツンと呟いた。
「うん、間に合うか」
秋は間もなく終わりを告げて木枯らしが吹く季節を迎え様としている時間の中、それまでに何とか完成させて渡そうと思っていた手編みのマフラー。凜が女の子になって間も無く、部活への参加を再開した時に編み始め、学校の休み時間や帰宅してからの暇を見ながら地道に、でも着実に編み続けたそれは、今まで編んだものの中で一番の自信作になりそうだった。
紗久良はそれを自分の襟元に巻いてみる。肌触りも申し分ない、そして受け取った凜の嬉しそうな表情を思うと自然に笑顔が浮かぶ。一番大切な人の嬉しそうな笑顔、それは何物にも代えがたく感情を素直に表す事が出来た。
窓の外に目をやると星達の瞬きが彼等の囁きに聞こえた様な気がしたのは、乙女心というものだろうかと感じた時、彼女は思わず頬を染めマフラーを抱きしめた。
★★★
「友達になってもらえませんか、先輩」
「ん?」
病室と廊下を隔てる硝子越しに話す凜の表情に迷いは無く、むしろ清々しさが感じられた。
「それが最終回答か……凜…」
「はい」
「どうして?」
「……僕、好きな人が…いるから」
「そうか……」
「でも、先輩の事、ほっておけないので……その、友達になってもらえませんか、と言う事なんです」
傑は横を向いて凜から視線を外すと苦笑いを浮かべる。
「それはずいぶん残酷な仕打ちだと思わないか」
「色々と考えたんですが、これが一番いいんだろうなって思って」
「どうして」
「ある人に言われたんです。僕の思いは共感で合って好きとは違うって」
「俺の事は嫌いだって事か」
「違います、僕、先輩の事を尊敬してます。リーダーの素養が有るし演奏は素敵だし、優しいし、できれば一生、縁を切らさずに付き合えたらって思います」
「そう言うのを恋とか愛とか言うんじゃないのか」
「僕、そのあたりでかなり悩んだんです、それで……」
凜はそこで言葉を区切ってとびっきりの笑顔を見せる。
「男同士の友情って、一生物じゃないですか」
その言葉を聞いた傑は一瞬間を置いてから思い切り噴き出す。そしてその後ゲラゲラと笑い始める。それは、凜が初めて見る彼の表情で、それを切っ掛けに明るさを取り戻してくれそうな気がした。
「成程、凜、それも良いかも知れないな」
あまりの
「あと、同級生にもなってもらえるんですよね」
「ああ、勿論だ」
「先輩は何処の高校受けるんですか?」
「ん?かなり難しい高校を受けるぞ、凜は付いてこられるのか」
「はい、今からで間に合うかどうかは自信ありませんが全力で頑張ります」
「……そうか」
ゲラゲラ笑いが苦笑いに変わった傑は硝子の向こうに陽だまりの様な笑顔を湛えて立つ凜に視線を移すと一度視線を落とし再び顔を上げ、目を細めてこう言った。
「好きだよ、凜……」
そして凜も躊躇う事無く答える。
「はい、僕も先輩の事、好きです」
廊下の窓から見える外の景色は晩秋に差し掛かり風に吹かれる木々達の葉は乾いた音を立てながら舞い散って行く。しかし、二人の友情はこれから育まれ、暖かな春に向かうのだ。
★★★
「はい出来た~~~」
学校に向かうために自宅玄関から出てた瞬間の凜を紗久良は不意打ちする。ふわりと首に巻き付けられたのは紗久良が編んでいたマフラーだった。辛子色がベースで太い毛糸でざっくりと編まれたそれは冬を迎える季節にぴったりの物だった。
「良いわよね紗久良はそう言う特技が有って凜君にアピール出来るものね」
上目づかいで少し恨めしそうな口調でぼそりと呟く莉子を尻目に紗久良は極めて上機嫌。凜から一歩下がって後ろ手に手を組みながらマフラーを巻いた彼女の姿をじっくりと見詰めた。
「うん、良く似合う。凜君、肌白いからこのくらいのコントラストが丁度いいと思ったのよね。制服の色ともよく合うし」
「え、う、うん……ありがと…」
マフラーの先端を手で弄りながら頬を染め、恥ずかしそうに顔を少し下向きにしながら上目遣いの凜、でもそれはまだ男の子の思考が強めの彼女が表現出来る精一杯の嬉しさで、女の子から貰った手作りのプレゼントに対するくすぐったさと感謝の気持ちだった。
「ねぇ紗久良、今度私にも編み物教えてよ。私みたいなスポーツしか取り柄の無いガサツな女は好きな子に対して訴えるものが無いのよね」
「あら、莉子、それだって十分な主張じゃないかしら?」
「飛んだり跳ねたりじゃお腹は満たされないわ、逆にお腹空くじゃない」
ちょっとふてた態度を見せる莉子を見ながら紗久良は口に掌を当てながらコロコロと笑って見せる。その様子を呆れ顔で見る莉子は頭を少し傾げ、腰に両手を当てると肩幅に両足を開き周りにはっきりと聞こえるかなり大きめの声で一言。
「あんたって、ホントに女ね!!」
何時もの仲良しな口喧嘩が始まりそうな雰囲気だったので凜は少し躊躇しながらも勇気を振り絞ってその間に割って入ろうとした、その瞬間だった。
「あ、あの、凜、君……」
道路側から聞こえた女の子の声に三人の視線が集まる。その視線の向こうに立っていたのは、少しだけ頬を染め斜め横向きに顔を向けた摩耶だった。
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