009 お馬鹿な兄弟

「ちょっと待て」


 いざ戦うぞ、と思いきやクリストが言った。

 左の手の平をこちらに向けてぶんぶん振っている。


「弓は卑怯だ」


「え?」


「遠くから弓で射られたら俺たちは為す術がない。それは卑怯だ」


 山賊とは思えない発言だ。


「今まさに2対1で年下の女を襲おうとしていた人間が言うセリフ?」


「ルールを決めよう。弓は当然ながらナシだ」


「兄者の言う通りだ! 弓はナシだ!」


 勝手に話が進み出す。


「じゃあ弓は使わないけど、代わりに1対1でどう? 正々堂々としているでしょ?」


「それだと俺たちが負けるかもしれない」


「……」


「2対1で弓はナシ、これでどうだ?」


 私は情けなさ過ぎてため息をついた。

 この調子だと2対1でも私が圧勝してしまうだろう。


 彼らは悪党に向いていないと思った。

 思えば初めてイアンが襲ってきた時もそうだ。

 不意を突けばいいのにわざわざ名乗っていた。


「もうじゃんけんで決めない?」


「なるほど平和的だな。だがそれは山賊の名が廃る」


「そーだそーだ、じゃんけんなんてあり得ない! 運が悪けりゃ俺たちが負けちまうだろ!」


「はぁ、もういっそ素手でどう? それなら怪我もしなくて安心でしょ?」


「なるほど、素手による2対1か。いいだろう」


 山賊兄弟は迷わず武器を捨てた。

 しかも、ご丁寧に私の足下に投げた。

 これで私が翻意したらどうするつもりなのだろう。

 そう思ったが、可哀想なのでルールに従って素手で戦うことにした。


「いつでもかかってらっしゃい」


「後悔しても遅いぞ!」


「やっちまおうぜ兄者!」


 ボコ、ボコボコ、ボコッ。


「はい、私の勝ちね」


 わずか数秒で決着した。

 私が強いのもあるが、彼らが弱すぎた。

 山賊らしさがあるのは武器と風貌だけのようだ。


「なんだこの女……」


「強すぎる……」


「力の差は歴然だけど、どうする?」


「負けてしまったものは仕方ない。煮るなり焼くなり好きにしろ」


「好きにしろ!」


 兄弟は私の前で正座した。

 あまりにも潔すぎて軽く引いてしまう。


「好きにしろって言われてもねぇ……」


 23歳と24歳のむさ苦しい男をどうすればいいのか。

 今は自分のことすらままならないというのに。


「あ、そうだ!」


 いいことを閃いた。


「煮るなり焼くなり好きにしてもいいのよね?」


「もちろんだ。だが、俺たちは魚じゃないからダシは取れないぞ」


「ダシなんか取らないから! そんなことよりあんたたち、私の下で働きなさい!」


「「えっ」」


「あなたたちを使って商売を拡大するわ! 今この瞬間から私があなたたちの頭領ボスよ!」


「シャロンが俺とイアンのボスに……?」


「そうよ。荷物の運搬をはじめ、色々な作業を手伝ってもらうわ。安心しなさい、給料はしっかり払うから。もちろん最低賃金だけどね」


「こ、こんな俺たちを雇ってくれるのか?」


 クリストの目に涙が浮かぶ。


「問題ないでしょ? あなたたちの命綱は私が握っているのだから」


「もちろんだとも!」


「やったな兄者! やっぱりシャロンは只者じゃねぇよ!」


「ああ、そうだな! お前は見る目があるな、弟よ!」


 大興奮の二人。

 とにかく私の部下になることを了承したようだ。


「そうと決まれば今後は運命共同体よ。私と一緒にこの国でのし上がってやろうじゃないの!」


「すごいなシャロン、そんなに大きな目標を抱いていたのか!?」


 驚くクリスト。


「いいえ、のし上がるというのはたった今考えたわ。でも、せっかくだから夢は大きくいきたいじゃないの!」


「ああ、そうだな!」


「ついていくぜシャロン!」


 私たちは肩を組み合い、「うおおおお」と叫んだ。


「そうと決まればあなたたちにももんどりを作ってもらうわよ」


「それが何か分からないけど承知した!」


「兄者に同じく!」


「安心しなさい、作り方から何まで教えてあげるから」


 女竹はまだまだ余っている。

 それを使ってもんどりの作り方を詳しく説明した。

 説明後は実際に作ってもらい、二人の能力を確認する。


「できたぞシャロン!」


「もうできたのか!? 流石は兄者、すっげーな!」


「ふははは、なんたって俺は24歳だからな!」


「24歳は関係ないと思うけど……ま、いいわ、ナイスよクリスト」


 クリストはなかなか器用だ。

 今はぎこちないが、数をこなせば改善されるだろう。

 見込みがある。


 一方、弟のイアンは非常に不器用だ。

 まるで見込みがなく、この手の作業は任せられない。

 数をこなしても改善する気がしなかった。


 だからといって、イアンを切り捨てる気はない。

 何事も適材適所だ。

 細かい作業ができないなら売り子をしてもらえばいい。


「クリストはそのままもんどりの量産を続けてちょうだい」


「承知!」


「イアンはここに正座してもらえる?」


「ま、待ってくれシャロン! 俺だけ斬首刑なんて酷いよ!」


「弟は不器用なだけなんだ、許してやってくれ」


 土下座を始める二人。


「斬首なんてしないから。見た目を整えるのよ」


「「え……?」」


「あなたたちは今後、私と一緒にポンポコで商売するのよ? それなのに髪はボサボサ、口の周りには生え散らかした無精髭って……そんなのダメでしょ? だから今から簡単に整えてあげるの」


「雇ってくれるだけでなくそこまでしてくれるなんて……」


「シャロン、お前は女神だ! 女神の生き写しだ!」


「都合のいい人らね。そんなわけだからイアン、正座しなさい。クリストはイアンのあとで切ってあげるから」


「「了解!」」


 川辺に落ちていた岩でナイフを研いだあと、イアンの髪と髭を整えた。

 ナイフ1本で理容する技術は持っているので問題ない。


 なお、シェービングクリームを持ち合わせていなかったため、兄弟はこのあと顎がヒリヒリして死にそうだと訴えるのだった。

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