006 商売の第一歩

 イノシシの革で手袋を作った。

 色は全て同じだが、代わりに種類を幅広く揃えてある。

 一般的な物からフィンガーレスやガントレットまで。

 貴婦人のためにロングサイズも用意した。


 手袋は作るのが難しい上級者向けの代物だ。

 特にイノシシの革は癖があるため難易度が高い。


 だが、私は問題なかった。

 これまでに何度も作ったことがあるからだ。

 しかも目の肥えた貴族の中でも評判がいい。


 翌日、さっそく手袋を売ることにした。

 在庫は全部で20組。

 販売を始める前に、これをいくらで売るのか考える。


 有名ブランドなら1組当たり50万はするだろう。

 無名の職人が作った物でも20万は下らない。

 すると、店に買い取りを依頼した場合は15万が相場だ。

 私としては1組10万が最低ライン。


 まずは店で買い取りを依頼してみた。

 ここで10万以上の値が付けば全て処分してもいい。


「1組5万だな」


 思ったよりはいい数字だが、それでも全く足りない。

 7万なら悩んでいただろう。


 私は「売りません!」と断り、店を後にした。

 当初の目論み通り自分で売るとしよう。


 ということで、役所に行って屋台をレンタルした。

 この国では露店を開くのに専用の屋台を使わなければならない。

 シートを広げて「寄ってらっしゃい」などと叫べば衛兵が寄ってきてしまう。


 屋台のレンタル費は1日5000ゴールド。

 安いと捉えるかは人によるが、私にとっては痛い出費だ。


「えーっと、私のショップは……ここね」


 店を出す場所も決められている。

 そうしなければ交通量の多い一等地が店で溢れかえるからだ。


 私に与えられたエリアは町で3店舗しかない服屋の近くだった。

 売り物が手袋ということで配慮してくれたようだ。


「おー嬢ちゃん、露店を開くたぁ本格的なお店屋さんごっこだなぁ」


 話しかけてきたのは露天商のおじさんだ。

 隣で私と同じく借り物の屋台を構えていた。

 店の後ろで荷台付きのお馬さんが待機している。

 行商人のようだ。


「お嬢ちゃんお嬢ちゃんって……どいつもこいつも口を開けば私のことを小娘扱いしおってからに! これでも18歳! 大人! 成年! お酒だって飲める歳!」


「おーおー威勢がいいねぇ! それで嬢ちゃんは何を売るつもりだい?」


「ふふーん、驚きなさんなよ!」


 私は自慢の手袋を並べた。


「どうでい! これが私の商品! イノシシの革グローブよ!」


「おお! こいつぁすげーな! どれも一級品じゃねぇか!」


 おじさんは私の手袋を眺めて鼻息をふがふがさせている。

 私も「でしょー」とドヤ顔だ。


「なんだなんだ」


「イノシシの革で作った手袋を売っているだって?」


「こらまたとんでもないお店がポンポコにやってきたものねぇ」


 私らのやり取りを見て町民が寄ってきた。

 そうして集まった町民を見て他の町民も見にくる。

 なんてこった、あっという間に私らのお店に人だかりができた。


 私は大急ぎで値札を作成する。

 鉄は熱い内に打て、値札は早い内に書け。


 ここは欲張って15万といきたいところ。

 それでも安いが、今は目先のお金が欲しい。

 ということで最低ラインの10万に設定。


「なっ、10万だと!?」


 露天商のおじさんが驚く。

 商人ならこの価格がいかに安いか分かるだろう。


「これでもまだ私をお嬢ちゃんと呼ぶつもりかしら?」


「いやぁ、お見それしました!」


「よろしい」


 私は腕を組み、右斜め37度くらいに顔を上げる。

 我が人生でかつてない程に誇らしげな表情をしているはずだ。


 そんな時、ふと思った。

 そういえばこのおじさんは何を売っているのだろう。

 チラリと確認してみる。


「おっとぉ! おじさんも同業者じゃないですかい!」


「手袋バンザイ!」


 おじさんも手袋を売っていた。

 とはいえ、同じなのはそこだけで競合することはない。

 おじさんの手袋は綿で作られており、私の物よりカジュアルだ。

 色のバリエーションが豊かで、価格帯は露店なだけあって安い。


「お互いにたくさん売れるといいね、おじさん!」


「おうよ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」


「イノシシの革で作った最高級の手袋はいかがですかー!」


「こっちは一般使用に最適なお安い綿の手袋ですよー!」


 おじさんと一緒に声を張り上げる。

 他にも露店はあるけれど、間違いなく私たちが注目度ナンバーワンだ。


「この革の手袋すごく安いわね」


「質感もいいしこれが10万なんてお値打ちすぎる」


「価格破壊ってこういうことを言うんだなぁ」


 そして時間は流れていき――。


「屋台は速やかに撤収するように!」


 衛兵が営業終了を知らせる。

 そんな本日の売上だが――。


「うっそぉおおおおおん!?」


 ――私の手袋は一組も売れなかった。

 一方、おじさんの手袋は物の見事に完売していた。

 手袋以外の商品も売り切れていて、台の上はすからかんだ。


「なんでなんでぇぇぇぇ!? 安いって大好評だったのに!」


 理解できずに発狂する私。

 そんな私を見て、おじさんは笑顔で言った。

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