07|学生捜査員〜朝陽乃の超能力〜

【朝陽乃日凪】

「はいはい! 刑事さん。次、次。私ー。私はね、なんとすごい力持ちさんになれるんです!」


 ぴょんぴょんとジャンプし手を挙げて話は朝陽乃へ移り変わる。

 快活に笑みを浮かべた朝陽乃は、鞄から取り出した林檎を手で掴み、息を大きく吸い込み止めると────


 グジュっと握りつぶしてしまう、どころか潰した破片が勢いよく方々に飛び散った。並大抵の握力ではない。

 あ〜あもったいないと言いながら、手に残った林檎の残骸を食べる朝陽乃が妙にシュールに映る。


 というより学生鞄になぜ丸々一個の林檎が入っているのか……

 華奢な身体から想像もできないような実演をされ、二人の刑事は目を剥いた。


【朝陽乃日凪】

「えへへ。これが私の超能力『鉄騎綱(てっきこう)』です」


 右肘を脇腹に止め、外側にひねる。八字立ちから前屈を経て内受けの構えを取り、はにかんで言った。

 鉄騎は空手道にある段位の形の名称だ。朗らかな少女にはいささか不釣り合いな能力名だった。


【暁増結留】

「身体能力──打撃や走力、硬化など人体の強度が上がる能力です。先程のは握力にして数百kg、成人男性の膂力十倍は軽く出すことができます」


 また事件現場を思い出す。暴行犯に空手の技を使って止めを刺したのは朝陽乃だった。


【鍋島吾郎】

「犯人と対峙したとき、見事な体捌きだったが武道もやってるのか」


【朝陽乃日凪】

「えーと……はい。実家が古武道をやってて、剣術や柔術も一通り。さっき使ったのは空手です」


 警察官の場合、必修で剣道や柔道を習うため、朝陽乃の技量は鍋島にとっても尋常ではないと理解できた。

 この年少の歳で履修、会得するのは並大抵ではない努力が必要だと経験則からわかる。


【昼埜遊人】

「ま、要はすっげー握力と筋力を持つ能力で、ゴリラって事だな」


【朝陽乃日凪】

「昼埜くん、それ言うのやめてよね! 最低ー」


 昼埜の物言いに、ぶーぶーと抗議を入れる。


【雨夜想】

「身体強化。脚力や耐久力も向上して前衛の要だけど……日凪は女の子だし、さっきだって暴行犯に身体を傷つけられないか心配したわ」


【朝陽乃日凪】

「大丈夫、大丈夫。もし顔に傷でもついたら暁くんに責任とってもらうから」


 ずいっと暁のほうへ身体を向ける。

 お互いの顔が近くまでくると、迫力のある笑みで「っね」と声をかけ顔を傾げる。

 ニコニコな満面の笑みだが圧力が感じ取れ、暁は気圧され後ずさる。


【暁増結留】

「えと……責任の取り方によりますね」


【朝陽乃日凪】

「そこで引いちゃわないで〜」


 その言い様に、ぷぅ、と不満そうに口を尖らせ、朝陽乃は説明を続けるため刑事に振り返った。


【朝陽乃日凪】

「で、身体強化できる持続時間、ずっと全力出し続けた場合は数分が限度なので、普段は調整して強化をコントロールしてます。ハグ」


「あと、昼埜くんみたいに能力を使うには蓄積行為が必要なんですけど、モグモグ。それがですね、パクパク」


【石住大】

「その蓄積方法って……」


 モグモグ……先ほどから気づいてはいたが、カバンに大量に入ってる菓子を一人でむしゃむしゃと食べている。小さい女の子が食べるにしては大食いと言っていいほどに。

 先ほど潰した林檎もいつの間にか食べ終わっていて、直近だけでも千キロカロリーはいってそうだ。


【石住大】

「食べること?」


 我が意を得たりと、お菓子をごくんと飲み込んでから大仰に朝陽乃が頷ずいた。


【朝陽乃日凪】

「そぉーなんです! いっぱい食べないと、いざって時に超能力使えないんだ。女子としては嬉しいような、はしたないような。あ、このお菓子おいしい」


【暁増結留】

「人体の内臓機能へ吸収されるのとは別に、貯めたカロリーをエネルギーに変換して超能力を発揮しているようです。当然、使用機会がない場合このままでは成人病……肝臓などの病気が懸念されますが、食べた分、必要なカロリーを超能力で発散するよう毎日管理しています」


【朝陽乃日凪】

「食べすぎると注意されるもんね。この前の食べ放題パフェだって少しだけしか食べさせてくれなかった〜」


 ぶーぶーと口をすぼめる。抗議の視線に暁は毅然と答えた。


【暁増結留】

「いえ、大きいパフェを五つと十分食べていました。それに、偏食は身体に悪いです。超能力で消費するといっても、将来どうなるかはわからないので、ちゃんと野菜や種実、魚をとって下さい」


【朝陽乃日凪】

「う。。」


【暁増結留】

「現代の食事は多様に溢れていますが、過度に味付けされたものだけを食すのは、数十年後に影響がでる毒を摂取し続けているようなものですよ」


 まるで父親のように朝陽乃を諭す。小言を言われたとばかりに朝陽乃は口を尖らせた。


【朝陽乃日凪】

「むぅ〜……食事もお仕事、お勉強だっけ。お菓子も甘味もジャンクもおいしいのに」


【暁増結留】

「それらを否定していません。野菜など素材の味も楽しみながらバランスよく摂取して欲しいんです。健康は、栄養を正しく組み立てなければ得られるものではありません。偏るということは精神にも身体にも悪い作用を起こしますから」


【朝陽乃日凪】

「ちゃんと食べてるつもりなんだけどなぁ」


【雨夜想】

「日凪の場合、バランスが悪すぎね。いくら食べても能力を使えば太らないんじゃ、そうなるのも無理ないけど」


 そう言って雨夜は「次は私です」と続け、周囲の耳目を集めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る