最終回 商材確保、さらばゼゲンスキー

 大陸の南に位置するトアル王国の王都に、極上の美女、美少女のみを扱うと評判の奴隷商人がいる。大通りの一等地にそびえる大型商業施設の裏手に、ひっそりと立つ五階建てのビルの入り口には「ゼゲンスキー商会」のプレートが掛かっている。


「商品の仕入れに出る。少しの間、頼むぞ」

「では馬車の用意を」

「なに、今回は近場だ。歩きで行く」


 コートを羽織ったゼゲンスキーは、秘書奴隷に見送られて商会の五階にある執務室を出た。





「お父様。私、奴隷になりたいの!」

「な、何だと!」


 ルナ王女のいきなりの告白に、トアル王は仰天した。謁見の間に居合わせる重臣や衛兵たちも、王に劣らず驚愕している。


「他国に征服された訳でもないのに、一国の王女が望んで奴隷に落ちるなど、聞いたこともない!」


 衝撃から立ち直った王は、きざはしの下にひざまづく王女を怒鳴りつける。


「お前を大学に学ばせ、一流の講師を揃えて教養をはぐくませ、花嫁修行も完璧にしたのは、奴隷などにするためでは断じてない!」


 王はイライラと玉座の前を往復しながら、さらに続ける。


「そもそもお前には、既に五人の求婚者があるのだぞ。どれを取っても有力貴族の御曹司で、国のためになる縁談だ。それをどうする!?」


 然もありなんと重臣たちもうなずく中、金髪縦ロールのルナ王女はキッと顔を上げた。美しい碧眼に涙を溜めながらも、王の顔を正面から見返す。


「だってその求婚者たち、イマイチなんだもの!」

「ぐぬぅ、痛いところを…」


 国のためになる縁談なのは間違いないが、その五人の求婚者には有力者の子弟ならではの欠点が目立った。


 ある者は高慢で鼻持ちならず、またある者は極度のマザコン。愚鈍な乱暴者もいれば、権力志向を剥き出しにする者もいる。そして極めつけは人の域を遥かに超越したスケベ男だ。きっと、恐らく、絶対に、浮気もするに違いない。


 王はそれらを知りながら、娘を国政の具にしようとしていた。トアル王国の財政はとある問題を抱えて逼迫ひっぱくしており、五人の内の誰かを婿むこに迎え入れる事で、莫大な持参金が転がり込むのをアテにするしか無い。


「だからといって、このままでは国が…」

「その問題。私が解決致しましょう」


 謁見の間の入口にある大きな両開きの扉を自ら開き、長身の男がそこに立っている。黒の三つ揃えに黒のコート。長身の男が紳士然として頭を下げる。


「何者か!不敬であるぞ!」

「ゼゲンスキー。奴隷商です…」

「貴様があの…」


 衛兵が上げた誰何すいかの声に、折った腰をそのままに顔だけを上げたゼゲンスキーは、右目を見開いて左目をすがめている。その口には嘲笑ちょうしょうが張り付いていた。


「僭越ながら私がルナ姫を買取れば、事は丸く収まります。金が欲しいのでしょう?」


 奴隷商が玉座の階の下までズカズカと歩み寄るのを、誰も止められない。そうさせない異様な迫力がゼゲンスキーから放射されていた。


 しかしその場の誰もが知っている。トアル国の財政が傾いているのはこの男のせいなのだ。女奴隷を売っては貴族や金持ちに難癖を付けて違約金をむしり取り、そのせいで税が滞る。そうして荒稼ぎをした金は、手形の形で国外の商会へと消えてしまう。


 自ら火を放っておいて、その火を消してやろうと言うのだから、その図々しいさも極まっている。


「さあおっしゃい国王。幾らで娘を売りますか?」


 国を傾かせた諸悪の根源が王に詰め寄り、王は憤怒ふんぬの形相で言い放った。


「金貨一万!」

「買った!」


 払えぬ筈の無い額を吹っ掛けたにも関わらず、ゼゲンスキーは二つ返事で了解した。懐から手形を取り出すと、胸のペンでスラスラと数字を書き入れる。


「一万ではいささか申し訳がない。少しを付けさせて頂きました」


 階に足を掛けたゼゲンスキーが王に手渡した手形の金額は金貨一万二千枚。国の税収のほぼ一年分の金額に、王は卒倒しかかった。


「なに、その程度は安いものです」


 ルナ姫を上から下まで、また下から上まで舐めるように見たゼゲンスキーがそのおとがいを指で上げさせると、姫は顔を背ける。


「これだけの肉体からだと器量を使えば、すぐに元を取ってくれるでしょうよ」


 ルナ姫の羞恥に染まった頬を白手袋越しに撫でながら、傲慢な奴隷商は顔は邪悪に微笑む。


「王よ。もし姫を取り戻したくば、この国の奴隷制を廃止なさい」


 挑発的に嗤ったゼゲンスキーがルナ姫を連れて城を出るのを、誰一人として止める者は居なかった。





 商会に戻ったゼゲンスキーの手によって、ルナ姫の首には奴隷の証しである首輪が着けられた。着ていたドレスは秘書奴隷に脱がされ、胸元が大きく開いた服装に着替えさせられている。


「これで君は私の商品だ。この肉体でたっぷりと稼いで貰うぞ。お客様へのサービスはおこたるな」

「…はい。覚悟はできています」

「その覚悟が何日たもてるか楽しみだ。もっとも、今更後戻りはできないがな」


 扇情的な服を着せられた羞恥と恐怖で震える肩を抱くと、ゼゲンスキーはルナ姫を地下室へと伴った。ヒヤリと寒く暗い通路を歩き、扉の前に立ち止まる。


「ここに居るのがこれからの仲間だ。サービスの仕方はたちに良く教えて貰え」


 蝶番を軋ませて開かれた扉の向こうには、姫と同じ服を着た何人もの女たち。


「おはようございます。社長!」


 女たちはゼゲンスキーを見て明るい声を上げる。そこは表通りに面する大型商業施設「ゼゲンワールド」の休憩室だった。


 飲食やファッション、各種の専門店から歌と踊りの劇場。そして会員制のカジノまで、全てを商う「ゼゲンワールド」の全ての従業員が、商会の奴隷でまかなわれている。


 持ち前の容姿と身に付けた教養。そしてなにより溌剌ハツラツと働く彼女たちの働きで、売上はすこぶる順調。数年の勤務の内に経験を積んだ女たちは、解放奴隷の格を得て社会へと羽ばたいていく。


 家のために教育を施され、意に染まない婚姻を迫られる貴族の令嬢たちは多い。そんな彼女たちはこぞって商会の門を叩き、この国の貴族社会を揺るがす問題になりつつあった。





 店内を見て回る幼い娘が、父親に無邪気な笑顔を向けた。


「お父さん。あたし大きくなったら奴隷になりたい!」

「じゃあ、好き嫌いを止めて、勉強も沢山しないとな。ハハハハ」

「アハハハハ」


 大陸の南に位置するトアル王国の王都に、極上の美女、美少女のみを扱うと評判の奴隷商人がいる。大通りの一等地にそびえる大型商業施設の裏手に、ひっそりと立つ五階建てのビルの入り口には「ゼゲンスキー商会」のプレートが掛かっている。


「ようこそいらっしゃいました。私が当商会の主ゼゲンスキーでございます」




─────暗転。




特報!「ゼゲンスキー・リターンズ」制作決定!


Coming later…

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