第14話 雨のち曇りのち晴れの日
深夜、リビングで一人花を見つめる。
数時間前に生けられたばかりのそれはみずみずしく、生きるエネルギーを放つ。
何年も前にあの男にプレゼントして以来、花と触れ合うことなんてなかった。
9輪のガーベラは決して派手ではないけれどどこか強さを秘めていて、揺らがぬ己を確立させているように見えた。
その強さが美しくて羨ましかった。
恋に恋して恋に殺されてから、人生を諦めつつもなんとか大学を卒業して一般企業に就職した。
新しい人間関係を構築していく中で“自分を信じられない”というのは致命的だった。
何に対しても自信なさげな人間に誰も寄り付こうとしなかった。その様子に付け込んで面倒を押し付けてくる人だけが都合よく近づいてきた。
理想と現実
この大きすぎるギャップに耐えられるほどの精神力は持ち合わせていなかった。
目標をもって全力で仕事をしたい
いろいろな人と関わることでいい刺激が欲しい
やりがいのある仕事を納得のいくまでしたい
自分の良さを見つけたい
変わりたい
何のために毎日こんなことを
いなくても、むしろいないほうが迷惑かからないかも
私、なにがやりたいんだろう
こんなにもできない人間だったんだ
今更変われない
理想に近づくためにいつも優秀な自分を演じていたら本当の自分を見失った。
アドリブなんてない、台本通りの芝居は窮屈だった。
幼い頃憧れたヒーローは愛と勇気をもって悪に立ち向かい、いつでも弱音なんか吐かなかった。どんなに苦しい状況でも守るべき人たちに優しい言葉をかけている姿がどうしようもなくかっこよかった。
自分も大人になれば自然とそういう人間になれていると漠然と感じていた。
でも口をついてでてくるのは己の境遇恨み、どこかで笑ている誰かを羨む掠れた声だけだ。愛も勇気も持ち合わせちゃいない。
そんなことを考える自分も嫌いだ。
子供の仕事はよく寝てよく遊ぶこと。
学生の仕事はよく学ぶこと。
じゃあ、大人の仕事は?
“カットがかかるまで完璧に演じ続けること”ではないだろうか。
なんでもできてしまう完璧な自分を作り上げて、人の目がある限り演じ続ける。
決して弱音なんか吐かず、どんな困難にも勇敢に立ち向かう。
そうやって、憧れた人たちに少しでも、偽りでもいいから近づこうともがくことではないだろうか。
でも演じ続ける日々が苦しくなった私は二年後退職した。
親には一年間の療養の後、再就職するように言われた。
それから仕送りと貯金でダラダラと過ごしていたが、今になってようやくやりたいことが見つかった。
「フローリスト。」
なんとなく呟いてみたが、明確な目標ができたことで一筋の光が差し込んだように思えて嬉しかった。
検索履歴がその職に関連することでいっぱいになることはワクワクした。
今すぐ資格取得用のテキストを買いに走りたかった。
こんなにも目標に対して意欲的になったのはいつぶりだろう。
しかし、そんなことなんてどうでもいいくらいに興奮していた。
明日の朝のアラームはいつもより一時間早い。
────書店へ行くための一時間だ。
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