湿地帯でのキャンプ


 五大魔境“ケルト”での狩りを始めてから四日後。


 日も沈み星々と月が天を照らす中で、俺とエレノアはケルトの近くで野営の準備をしていた。


 浅い水に覆われた魔境ケルトの中で野営するのは難しい。


 できなくは無いがどうしても地面が緩く、そして冷たいので野営にはあまり向いていないのだ。


 湿気も多いし、乾いた木を持ってくることも難しく焚き火を起こすのも難しい。


 幸い、焚き火を起こす為の薪は常に買い足してしばらく買わなくても問題ないようにしているが、在庫が減っていく気分はあまり良くなかった。


 こういうのって性格が出るよね。


 在庫があるなら使っちまえって人と、在庫にも限りがあるからできる限り減らしたくないと言う人。


 俺は後者でエレノアは前者だ。


 俺もエレノアもお互いの意見や性格は尊重し合うタイプなので、こう言った事で喧嘩は起きないが。


「ジーク、テントの準備が終わったわよ」

「ありがとエレノア。もう少し待っててくれ。スープが出来上がるから。先に食べてていいぞ?」

「そう言って私が先に食事に手をつけたことがあるかしら?私はジークと一緒にご飯を食べるのが好きなのよ。手伝うことはあるかしら?」

「特には無いかな。洗い物ももう終わったし」


 パチパチと焚き火の音が夜空に木霊しながら、エレノアは無言で俺のかき混ぜる鍋を見つめる。


 2人分を作るにはちょうどい大きさの鍋であり、冒険者としてエレノアと旅を始めて割とすぐに買った愛着ある鍋だ。


 こいつを使い続けてもう3年。意外と物持ちがいいな。


 冒険者の持ち物は、基本的に半年も使えば壊れることが多い。


 俺達のように影の中に仕舞える人などほとんど居ないので、彼らは鞄の中にテントやら何やらをしまうのだ。


 そして、戦闘があれば鞄はその場に投げ捨てる。


 そりゃそんな雑に使っていれば、壊れるのも早くなるだろう。戦闘の余波に巻き込まれて壊れるなんてことは日常茶飯事だ。


 そう考えると、影の中になんでも(生き物以外)仕舞える俺達は便利だよな。


 どれ程強い光を当てられようとも、その場所になにかがあれば影は消えることは無い。


 光あるところに影もあり。


 絶対に壊れない何でも入る最強の鞄が影なのである。


「よし、そろそろいいかな。エレノア、器を取ってくれ」

「はい。今日はホワイトクレインの丸焼きと、ジークお手製のスープ。そして保存用パンね。パンだけがちょっと不満かしら」

「そう言うなよ。持ち運びができるように保存期間を長くしたパンが食えるだけでも有難いさ。ちょっと........いや、大分カッチカチに硬いからスープにつけて水分を加えないと歯が折れそうだけど」


 親父から教わったスープも出来上がり、俺はエレノアから手渡された器にスープを盛っていく。


 干し肉と野菜、そしてアン婆がくれたミルクを使ったなんちゃってシャバシャバシチュー。


 この中にジャガイモとか入れればもう少しとろみが出そうなんだけどな。


 芋類の野菜は1つの種から多くの数が取れるため、様々な場所で重宝されているが、俺は未だにジャガイモを見た事がなかった。


 サツマイモっぽいのはあるのに、どうしてもジャガイモは無いんだよ........


 旅を続けていればその内出会えるだろうと思いつつ、食べる準備を終えた俺達は2人で焚き火を囲みながら手を合わせる。


「頂きます」

「生命の根源たる者達に感謝を」


 それぞれの“頂きます”を終えると、俺達は早速晩御飯を食べ始める。


 うん。自分で言うのもなんだが、やはり美味いな。


 料理屋をやっている親父や長年家庭を支えてきたおば様連中には敵わないが、それでも今の俺ならば十分な出来だろう。


 甘いミルクの味に混ざる野菜の苦味と旨み、更に柔らかくなった干し肉から出てきた肉汁がこの二つを優しく包み込んで濃密な味わいを出している。


 日本人は食にうるさい。しかし、俺の作ったこのスープには文句は出なかった。


 唯一文句があるとするなら、エレノアが言っていた通りクソみたいに硬いパンぐらいだな。


 マジでなんでこんなに硬いの?人を殴り殺せるぐらい硬いよこのパン。


 リベトにいたおばちゃん達が、フライパンからこのパンに持ち変えるぐらいにはこのパンは硬くて殺傷能力を秘めてるよ。


 多分らゴブリン程度ならこのパンで殴り殺せる。


「相変わらずこのパンは硬いわね。スープにつけて食べてもまだ硬いわ。歯ごたえ満点ね」

「歯ごたえがあり過ぎて歯が折れそうだけどな。それより、ホワイトクレインの丸焼きはどうだ?解体して軽く味付けした後炎魔術で焼いただけなんだが........」

「とっても美味しいわよ。オーク肉よりも下手したら美味しいわ」

「へぇ、それは良かった。足りなかったら後でまた焼いてやるよ」

「ふふっ、私もそこまで食いしん坊じゃないわよ。さすがに1匹丸々と半分食べれば十分だわ」


 ニコニコ笑いながら美味しそうに鳥の丸焼きにかぶりつくエレノア。


 エレノアは食べることが好きなので、その顔はとても幸せそうだった。


 あの顔はガチでこの肉が美味いんだろうな。あぁ、可哀想にホワイトクレイン。美味いが故に、優先的に狩られるぞ。


 まぁ、どちらにしても経験値は欲しいから狩られるのだが。


 それにしても、そもそも漫画の世界でしか出てこないような鳥の丸焼きを一匹と半分食べてる時点で食いしん坊という事に気づいて欲しいよ。


 体長3m程のホワイトクレインは、食べるところがかなり沢山ある。俺はさすがに1匹丸々は食えないと判断して、エレノアと半分こしようと話したのだが、エレノアは“なら私は一匹と半分食べるわ”と言ったのだ。


 エドナスの冒険者ギルドにあった食料を全て食べ尽くせるような奴である。


 俺はエレノアの大食感ぶりに呆れつつも、ホワイトクレインはまだまだ沢山いるから残したとしてもいいかと焼いたのだが........


「んー、オーク肉と違って少し硬いけど、その分食べ応えがあっていいわね。今まで食べてきた肉の中でも上位に入るわ」


 俺がスープを飲み終わる間に既に半分食べられてしまっている丸焼きを見るに、全部残さず食べ尽くされそうだな。


「あ、ジークも食べる?私の食べかけだけど、半分残ってるわよ?それとも綺麗に切り分けるかしら?」

「いや、このまま残りを貰うよ。態々切るのは面倒だし」

「ふふっ、はい食べやすいように骨は取り除いておいたから、思いっきりかぶりつくといいわ」


 食べかけの丸焼きを見ると、確かに体の真ん中辺りにあってもおかしくない骨が一つも無い。


 エレノアの方を見ると、ホワイトクレインの骨が肉の破片一つ付けず綺麗に取り除かれていた。


 あの短時間で一体どうやって骨を取り除いたんだ?


 特技に書いてもいいレベルだぞこれ。


 俺はそんなことを思いながらも、エレノアから渡された食べかけの肉にかぶりつく。


 エレノアが“オーク肉寄り美味い”と言うだけあって、確かに滅茶苦茶美味かった。


「美味いな。確かにオーク肉よりも美味い。ちゃんと調理したらもっと美味くなるだろうな」

「今度はタレを塗って食べてみましょう。きっとすごく美味しいわよ」

「そうだな。今度はタレを作るか。時間が掛かるけど」

「その時は私も手伝うわよ。ジークに料理を作らせてるだけの女にはなりたくないものね」

「言うて3日に1回ぐらいは作ってくれるだろう?俺からすれば、それでも十分だよ。それに、時間がかかるだけであって面倒じゃない。料理を作るのは嫌いじゃないさ。洗い物も魔術を使えばすぐに終わるし、何よりエレノアが美味しそうに食べてるのを見るのが好きだしな」

「あらそう?なら、もう1匹お願いしてもいいかしら?タレをつけてこの鳥を食べる想像をしたら、ちょっと足りなくなっちゃったわ」

「ハハハ!!少し時間はかかるが、タレも作るか。少しだけ味見させてくれよ?」

「もちろん。ジークが作ったのだから、食べるのも食べさせる相手を決めるのもジークの権利よ」


 そう言いながら食べ終えたホワイトクレインの骨を燃やして灰にし、使った鍋や食器を洗い始めるエレノア。


 俺も、肉を再び用意して親父から教わったタレを作りながら今度はじっくりのホワイトクレインを丸焼きにしていくのだった。

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