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今、私の目の前では錬金術の授業が行われている。


 教壇に立つのはヤグルマ先生という白衣に眼鏡をかけた背丈が小さくスマートな女性だった。ちょこちょこと歩きながら錬金術についての教鞭をふるっている姿はどこかかわいらしく見えた。しかし、そんな魅力的な授業に私は集中する事が出来ていなかった。

 おそらくベリル屋敷での歓迎会の影響か、少しひねくれたものの見方をしてしまうようになり、錬金術の授業を真正面から受ける気になれずにいた。

 それもこれも師匠やアーモンド先生による影響だろう。すると、そんな私の心を見透かしたかのように錬金術の教師であるヤグルマ先生が私を名指ししてきた。


「大角さん」


「は、はいっ」


「錬金術というものは、魔女としての素質ではなく才能を磨くことが重要になります、あなたの様に恵まれない血筋であっても優秀な魔女になることができる道です、ぜひとも集中して聞いておいてくださいね」


 やわらかい口調だったが、言っていることはやや厳しいように聞こえた。それはもちろん呆けていた私に対しての注意であり私に非があることは間違いない。

 私はその注意で気が引き締まり、より一層に錬金術の授業に没頭していると、隣で一緒に授業を受けていたペラさんが大きなあくびをしていた。


 かわいいあくびをするペラさん、そんな彼女越しの遠くの席ではアルバ様がいた。彼はとても人気な様子で男女問わず人に囲まれた生活を送っている様子だった。

 彼の様子は、私がここに来てから感じた刺々しいものではなく、キラキラと輝く笑顔であり、それは人々を引き付けるようなものを感じた。


 その様子を見て、私はその姿こそが昔から知るアルバ様の姿を思い起こさせた。それと同時に、私に対しての態度があまりにも違う事や昨日の事を思い出してしまい、気分が落ち込んでしまった。


 そんなことを思っていると思わずため息を吐き出してしまった。


「大きなため息をついてわね、どうかしたのかしら?」


 もちろん隣にいるペラさんに聞かれてしまい、さらに心配するかのようにペラさんが様子をうかがってきた。


「実は昨日、アルバ様に変なことを言われたのです」


「あら、どんなことを言われたの?」


「属性見学の後にししょ、じゃなくてリードさんとお話しする機会があったんです」


「へぇ、それはまた面倒くさそうな機会ね、私なら丁重にお断りするかしら」


 昨日は中よさそうに話していたような気がしたが、ペラさんは師匠をそういう風に思っているらしい。


「そ、それでアルバ様にその様子を見られていたようで、リードさんを誘惑をしたんじゃないかと言われまして」


「ぷっ」


 ペラさんは口元を押さえながらとても苦しそうに、そして嬉しそうに笑ってもいるように見えた。


「ふふふ、誘惑、ぷっはははっ」


「ペラさん何かご存じなのですか?」


「まぁね、有名な昔話よ」


「すみません、私は無知なので良ければ詳しく聞かせてくれませんか?」


「そんな詳しく話すほどでもないわよ、昔から魔法界では女が男の魔力を吸い取るって話があるの。女は魔女としての力を高めるために男を誘惑して魔力を根こそぎ奪い取るってね。よくある昔話よ、私も小さい頃に耳にタコができるかと思う位には聞かされたわ」


「そんなお話があるのですね」


「えぇ、魔法界の歴史にもそう言った文献はあるけれど、そのどれもが眉唾なモノばかりで信ぴょう性に欠けるわ。

それに、その話が本当だったならば今頃魔法界は優秀な女であふれかえっていなければならない、そうは思わない?」


「なるほど・・・・・・」


「勿論だけど、魔女を目指す者としてそういう眉唾で些細な事も見逃すことはできない。けれど、ちゃんと知識を持った上で真偽を見極めることも重要なのよ」


 とても勉強になるペラさんの言葉に錬金術の授業そっちのけでノートに書きこんだ。


「魔法界においての男女の均衡は保たれている方だと思うわ、それはつまり優秀な男も多いという事。しかも、杖道に関して言えば男の方が有利かもしれないわね」


 突如出てきた杖道という言葉、私はその言葉がとても気になった。思えば入学時の案内でそうした科目があり、気になっていたのを思い出した。


「杖道、そう言えばそのような科目があるのは知っていますが、具体的にどのようなことをされるのですか?」


「簡単よ、棒を持って戦うの」


「え・・・・・・」


 その言葉を聞いた途端、なんとも言えない想像が繰り広げられ、ファンタジーの世界から一気に現実世界へと引き戻されたような感覚になった。


「杖道というのは身体能力を高めるための訓練よ、魔女って言うのは魔法だけ使えればいいってものじゃないの。体を鍛えることで魔法の質を高める事が出来るというちゃんとした研究結果も出ているから、杖道は魔女見習いにとって必須科目なのよ」


「体を使うのですか・・・・・・」


 私が思っていた魔女とは少しズレが生じたが、逆にその違和感こそが魔女という存在をさらに引き立たせてくれたような気がした。


「そうよ、自分の体くらいある棒を振り回すの、これで生意気な男どもを打ち倒すのはとても気持ちの良いものよ」


 笑顔で物騒な事を言った彼女はどこか嬉しそうだった。それは杖道の技術に関する自信があるからなのか、男性をなぎ倒すのが楽しいのか、どちらなのかはわからないが彼女はとても生き生きとしている様に見えた。


「なんだか物騒で少し怖いですね」


「そう思えるのならあなたは大丈夫よ」


「それはどういう意味でしょうか?」


「それはね・・・・・・」


 ペラさんの返事にドキドキしていると、再び私の名前が室内に響き渡り、今度は私のすぐ近くまで来たヤグルマ先生が私を見下ろしてきていた。


「大角さん、あなたという人は本当に」


 その先の言葉を言われないだけましなのだろうか、先生は怒りを我慢した様子で私を見つめていた。その様子にすかさず謝罪をすると、ヤグルマ先生は不満げな様子でため息を吐くと「集中するように」と一言残して教団に戻っていった。


 その後、私とペラさんと喋ることなく授業に集中した。


 そうして波乱の錬金術の授業も終わり、周囲は次の授業のための移動を始めていた。そんな中、私も次の場所へと向かおうとしていると、丁度私たちの周りに人が集まってきていた。

 それらは見覚えのあるような無い様な、おそらく同じ新人魔女見習いであることは間違いないのだろうが、名前もわからない人たちだった。

 どれもが女子ばかりであり、彼女たちの目当てはペラさんであろう様子だった。


「ペラさん、次の授業一緒に受けてくれませんか?」


 女子集団のうちの一人がそう言うと、周りの人たちも同様にペラさんにすり寄った。その様子は彼女の優秀さを証明するかのような光景であり、何より彼女たちの目には隣にいる私は映っていないように見えた。

 ペラさんは、彼女たちの依頼に困惑した様子で対応しており、少なからずこうしたことはすでに何度か経験している様子だった。私はそんな彼女の様子と周りの女子たちの空気を察して、静かにその場を離れた。


 そうして講義室を抜けて学内の廊下を歩きながら私はふと思った。


 思えば今日の授業もペラさんの方から一緒に受けようと誘ってくれただけだ。これまでは、きっとあの女子たちと受けていたのだろう。

 アルバ様だってたくさんの人に囲まれていたし、たまたま同じベリル屋敷のよしみというだけで、本質的には私なんかとは違う世界の住人なのだろう。


 なんだか、改めて自分の立ち位置や住む世界を認識できた私は、気づいたら一人で立ち尽くしていた。あたりを見渡すと交流を深める魔女見習い達が見えた。

 それらは一概にも楽しそうというだけではなく、様々な感情を用いてコミュニケーションをしており、とても社交的で人間味あふれる様子だった。


 それに引き換え私は一人で立ち尽くし人間の様子を観察している。周囲では私を不思議そうに見つめる集団もいて、それらがどんな話をしているのかはわからないが、どこか胸騒ぎがしてくる光景だった。


 しかし、そんな状況の中でも私の心は寂しさよりも安心感が勝っている。それはつまり私は誰かといるというより一人でいる方が楽だと思っているからなのかもしれない。

 勿論、誰かといることは楽しくて充実している。しかし、私という人間の根底には孤独でいることを望んでいるのかもしれない。


 だが、それと同時に普遍的な日常を望むというのは自らの可能性に蓋をしているかのような感覚も覚える。せっかくこんな素晴らしいところに来たというのに、私はまた孤独な戦いを続けるのだろうか?

 

 とにもかくにも、明日の錬金術の授業は一人でしっかり集中して受けるとしよう。その方がペラさんにも迷惑をかけないし私も授業に集中できるだろう。

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