10

 騒ぎを収めたのが校長先生というのもあってかこの場はいったん収まり、私はアーモンド先生に連れられてとある部屋へと連れてこられていた。そこはどうやらアーモンド先生の研究室らしく、大量の本がそこら中に積み上げられた部屋だった。

 一見整理整頓ができていない乱雑な部屋だとも思ったが、部屋の中に敷き詰められた本の山は私の心に不思議と安心感を与えてくれているようだった。


「いやぁ、汚くてすみませんカイアさん、とりあえずあなたのために椅子を用意しますね」


 そういうとアーモンド先生は近くにあった木製の椅子を用意してくれた。しかし、その椅子は今にも壊れそうなほどぼろぼろの椅子であり、私はその椅子に座ることを丁重にお断りした。


 すると、先生は少し残念そうな顔をしながら今度は何を思ったのかポケットをまさぐり始めた。


「ちょっと待ってくださいね、確かポケットに・・・・・・あ、あった」


 先生はポケットから何かを取り出した。それは白地に赤い斑点の包み紙に巻かれたキャンディのようなものだった。


「えっと、これは?」


「元気になるキャンディです、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 私はせっかくもらったキャンディを受け取り、赤い包み紙を剥くと、中にはこれまた真っ赤なキャンディーが入っていた。その赤さを前に私はどことなく血の色を連想させてしまった。

 そんなキャンディを目の前に思わず先生を見ると、まるで早く食べてほしいかのように笑顔で身振り手振りしていた。


 私は、ちょうど落ち込んでいたこともあり、この奇妙なキャンディを口の中に入れてみる事にすると、甘酸っぱい味が口の中に広がった。いや、酸っぱさの方が強いのだろうか、とにかく口の中があっという間に唾液で満たされた。


「うぅっ」


 まずくはないけれど、思わずそんな声を上げるとアーモンド先生は嬉しそうに笑った。


「ふふふ、おいしいですか?」


「えっと、おいしいですけど、これは何味なんですか?」


「ザクロ味です、私のお手製です」


「先生が作ったんですか?」


「えぇ、誰かにあげたのは初めてです、でも、あなたは特別ですからどうしても差し上げたくて」


「あ、ありがとうございます」


 なんだか終始優しい雰囲気の先生、ここまで来るとどうして私優しくしてくれるのかと気になってしまう。


「ところでカイアさん」


「はい、なんですか」


「さっきはすごかったですねぇ」


 アーモンド先生は目をキラキラと輝かせながら私との距離を詰めてきた。生まれてこの方、叱られて距離を詰められることはあっても、こうして興味をもっているかの様に近づかれることがないだけに、思わず後ずさってしまった。


「え、なんですか?」


「初めて見ましたよ一角獣」


「あ、あれはその」


「大丈夫です、いくらカイアさんがやったことが魔法界において禁忌であったとしても私はそれを問い詰めようってわけじゃありません、むしろ私は興味があるんです」


「興味ですか?」


「はい、あのような素晴らしい生き物がいるという事、そして人間と幻獣は共生できるという事を、あなたとあの美しき一角獣とのやり取りを見て確信しました」


 なんだか興奮した様子の先生は虚空を見上げながら口元をだらしなく開けて口の端からよだれをたらしていた。

 そして、目が覚めたかのようにハッとした様子を見せると口元の涎をじゅるりとすすった。


「いけませんいけません、つい妄想が激しくなってしまいました」


「あの先生」


「何ですか?」


「禁忌というのは、やってはいけない事とかそういう意味の事を言ってるんですよね」


「え、えぇ」


「私は禁忌を犯してしまったのですか?」


 私の問いに先生は少し表情を暗くして、私をじっと見つめてきた。


「現在の魔法界において、召喚魔法というのは禁忌とされています。場合によっては法の番人によって連行され裁判にかけられ、おそらくですが牢獄にぶち込まれますね」


「じゃ、じゃあ私はその方の番人に連れていかれてしまうんですか?」


「いえいえ、それについては心配ありません。わが校では校長先生が絶対ですので、そのあたりの介入はありません、それに校長先生はあなたを快く受け入れておられますから、連れていかれるなんて事は絶対にありません」


「どうしてそう言い切れるんですか?」


「それは・・・・・・」


「それは?」


「校長先生はあなたの様な人がいたらこの学校がもっと楽しくなると思っているからです、あ、もちろん私もですよ」


 私に配慮でもしているのだろうか、先生はチラチラと私に目配せしながらそうつぶやいた。気持ち小さ目な声色で行ったところからして何か思う所があるらしく、気まずそうに俯いた。


「面白くなるって、まさか私がまた何かしてしまうのを楽しみにしてるってことですか?」


「おそらく・・・・・・ですが勘違いしないでください、あの方、いえ校長先生は決して悪気があってそのような事をしているわけではありません。

 単純にこの魔法学校にはそうしたエネルギーで溢れていた方がいいと思っているというかなんというか、そう、それこそがわが校の校風なのです、自由で楽しく奔放にですっ」


 途切れることなく喋り続けた先生は、ようやく話に区切りをつけた途端、どっと疲れが押し寄せてきたのかハァハァと荒い息遣いをして見せた。


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫です、まだまだカイアさんには伝えなければならないことがあるのにこんな所でへばっていられません」


 そういうと、先生はおもむろに私から離れて台所に向かうと、そこにおいてあるやかんを持ち上げそのまま口に液体を流し込んだ。

 それは少し緑がかった液体であり、それを平気で口の流し込んでいる姿はどこか異様でありつつも、興味のそそられる光景だった。


「あ、あの先生?」


「プハッ、なんですかカイアさん」


「今飲んだのは一体なんですか?」


 好奇心からたまらず質問すると先生はニヤリと笑い「マッチャです」と答えた。マッチャ、それは私が知る抹茶という解釈でいいものだろうかと思いながら悩んでいると、先生は気を取り直すかのように咳ばらいをして再び私の元へと戻ってきた。


「ともかくカイアさんはここにいていいのです、いえ、むしろいるべきです、ここがあなたの家と思ってもらいたいくらいにです」


「私の家ですか?」


「はい、そして私は少しでもカイアさんにここにいる事が素晴らしいと思えるようにサポートします」


「なんだかよくわかりませんが、ありがとうございます」


 先生はどうしてそんなにも私に気を遣うのかそれがわからないが、とりあえずお礼を言うと先生は嬉しそうに笑った。


「さて、まずはカイアさんの入学にあたり色々と準備させてもらいましたので、その説明をしましょう、さぁ女子寮へと向かいましょう」


 先生に言われるまま女子寮へと向かうことになった私は興味深い先生の研究室を後にすることになった。

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