第46話 出発のその先は



 ジャネビアさんと『竜王』が会った場所、『王家の崖』。そこへは足で向かおうと思えば途方もない時間がかかるみたいだが、移動手段に関してはありがたいことに『転移石』を使わせてもらえることになった。


 『国宝』である『転移石』は、元々エーネが魔王討伐の功績を称えられて貰ったものだという。その名の通り、目的の場所に転移、一瞬で移動することができるという代物だ。しかし、使えるのは残り一往復のみ。『国宝』といえども回数制限があるのは、まあ当然と言える。


 その残り一往復分となった『転移石』を使わせてくれることとなったのは、他ならぬエーネだ。なんでもエーネの許可がないと使えないらしく、その理由は定かではないが……エーネ曰く、今回使わせてくれるのは誠意らしい。


 ……俺を見殺しにした。それに罪悪感を持っていて、だからこれが詫びのつもり、ということか? ……いや、考えすぎだな。思わせ振りなこと言って、俺を混乱させようとしているだけだ。



「……ええい、なんでもいい」



 今はとにかく、ノアリのかかった『呪病』を治すための、その手がかりへの距離が縮まったことを喜ぶべきだ。それ以外のことは、今はいい。


 『呪病』を治す手がかり、『竜王』の血、『王家の崖』、そこへ行くための『転移石』……治す手立てがないというその病気を、治すための手がかりになるかすらわからない情報を元にここ、エルフの森であるルオールの森林まで来たが……


 怖いくらいに、スムーズに事が運んでいる。残る懸念があるとすれば……



「『竜王』が今どこにいるか、か」



 ジャネビアさんが『竜王』と会った『王家の崖』に今も『竜王』がいる可能性は低い。そのために、これからの旅にはヤネッサが同行してくれる。


 なんでも、ヤネッサには過去そこでなにが起きたか映像として見ることができるらしい。そして映像だけでなく、においを感じ取ることもでき……どうやらヤネッサは、『竜王』のにおいを手がかりに『竜王』を探そうというらしい。


 本当にそんなことが可能なのか。アンジーのお墨付きだから、疑うわけではないが……完全に信じきれもしない。においで対象を追う、というところまではわからなくもないが、対象がどこにいるかもわからない。まして、過去のにおいを感じ取る?


 それに、仮に『竜王』の今の居場所がわかったとして、そこまでの距離がどれだけあるかだ。ライダーウルフがいるとはいえ、あまりに遠すぎてしまえば……時間は、有限ではない。


 助かる点があるとすれば、『竜王』に会えたとしてここに戻ってくるまでは『転移石』の力で一瞬。ここから国に帰るまではライダーウルフの足を持ってすれば2日程度だろうということ。つまり、行き来の時間を深く考えずに充分散策に費やすことができる。


 行く手段、捜すための人材……これらを手に入れ、この先の旅に必要なものは整った。



「昨夜は、ゆっくり眠れたかの」


「はい、おかげさまで」



 ここに来てから、今は一夜明けたところだ。本当なら昨日のうちに進んでおきたかったが、辺りは暗くなっていたし、どうせ無理に進んで野営するくらいならここでゆっくりしたほうがいい、との判断だ。疲労も残したままでは、今後の活動に支障が出る。いざという時に動けないなんてことになりかねない。そうならないためにも、休息は必要だからな。


 久しぶりに落ち着いて寝られたし、食事までごちそうになった。あまりたいしたものではないと言ってはいたが、それでも充分すぎるほど。両親に連絡すると、エーネとアンジーの故郷だからか安心していた。ちなみに魔王討伐の褒美としてエーネがなにか貰っていたのは知っているが、それが『転移石』という存在だとは知らなかったらしい。



「ふむ、ならばよかった」


「ありがとうございました。今度来たときは、他の皆さんにもきちんと挨拶を……それとヤネッサさんを貸してくださって、ありがとうございます」


「ほほ、よいよい。アンジーが世話になっておる家の子供が困っておるというのじゃ、なにもしないわけにはいくまいて」



 ホント……最初見た時は、なんていかついじいさんだと思ったが、実際には気さくでいい人だ。人は見た目にはよらないとはこのことだよな。


 人と同じように、エルフもみんながみんなこれほどに優しいとは思わないが……エルフのこと、もっと知りたいな。それも、次来た時……ノアリも連れて、きっと来よう。



「すみませんおじいさま、みなさん、食料など分けてもらって……そちらも、大変なのに」


「構わんよぉ、アンジーやその友達のためともなればみんな少しずつ分けてくれたでな。それにわしひとりでは胃もそんなに大きくないからの、食べきれん」



 外に出て準備を進めていると、エルフ族のみんながやって来て少しずつ食料を分けてくれたのは、驚いたもんだ。いつの間にかアンジーが帰ってきて、これから旅に出るので……という情報が広まっていたらしい。みんなが食料を分けてくれる……アンジー、ここでどれだけ慕われてたんだ。ヤネッサはお姉ちゃんと慕っているし、エーネだってアンジーさん呼びだ。


 そしてそのアンジーの友達ということで、俺への風当たりも良くなった。さすがに細かな詳細は省いているし、そういう説明とはいえ俺とアンジーが友達だの恐れ多い……とアンジーは言っていたが、むしろ俺はそういう関係になりたい……いや、もうそうだと思っている。


 雇い主と雇われメイド……正確には俺個人が雇っているわけではないが、そういう関係性とだけ説明するのは味気ない。もうずっと、転生してからずっと一緒にいるのだ。年は離れているが、友達に年なんて関係ないしな。



「しかし坊主、アンジー、それにヤネッサまで連れて、いったいどこ行こうってんだ」


「あはは、どこでしょうね」



 エルフの若者が、気さくに話しかけてくれる。確か、ウオルズさんだったか……若者の、リーダー的存在だ。タンクトップから覗く筋肉はなかなか鍛え上げられている。


 エルフ族というのは基本的に金髪緑目……そして耳が尖っているのが特徴だ。なのでここにいるエルフ族は、みんな似たような容姿をしている。さすがに髪型や体格まで同じではないので、誰が誰かわからない、というほどではないが。


 それと、みんな比較的に薄着で、動きやすそうな格好をしている。女性が短いスカートなんか履いていたりすると、子供身長のため目のやり場に困る。ここではそういう服装で慣れているのか、みんな恥ずかしそうにはしていない。それでも、ヤネッサのように胸元と局部を布を巻いて隠しているだけの極端な人はいないが。


 そんな恰好の中にメイド服のアンジーは、目立つ。というかここにはメイド服が珍しいらしく、結構観察されていた。



「みなさん、改めてありがとうございます。この御恩は忘れません」


「はっは、大袈裟じゃの」


「困ったときはお互い様よ」



 わはは、とその場で笑いが起きる。ここに来たばかりの時は、アンジーとヤネッサの後ろをついていく俺に不審者を見るような視線を感じていたが……まったく、アンジー様様だな。


 それから少しの間、話しかけてくる住人に対応していた。あまり時間がないということは伝えてあったので、長話をしようとする人はいなかったが。俺も時間があれば、もっと話したいと思えるくらいに気持ちのいい人たちだ。


 エルフ族というのが、未だに人々に全面的に受け入れられていないのは知っている。だが両親はもちろん、アンジーと接する機会のある人たちはエルフ族に対して悪くない印象を抱いているはずだ。ノアリや先生だってそうだろう。


 いつか、2人もここに連れてきて、今日の思い出を面白おかしく話す。うん、素晴らしい未来予想図だ。そのためにも、必ずやり遂げなければいけない。



「では、そろそろ行きますね」



 名残惜しいが、そろそろ出発しないとな。アンジーが帰ってきていることは知れていたから、昨夜はちょっとしたお祭り騒ぎ。そのおかげで、結構な人と仲良くなった。ウオルズさんもそのひとりだ。どうやらウオルズさんはアンジーに気があるらしい。口に出さないだけで、アンジーに惚れている男性は結構多そうだ。


 みんなに食料を分けてもらい、それを鞄に詰め終える。いくら分けてもらっても、俺、アンジー、ヤネッサが持てる量には限りがあるため、持ちきれなかったものは返却したが。その気持ちだけは、ありがたく受け取っておく。



「ヤークよ、頑張るのじゃぞ」


「はい」



 ジャネビアさんからの、そしてみんなから激励を受け、俺は『転移石』を取り出す。これを使えば、一瞬で遠くの場所まで行ける……


 『転移石』の存在は、ジャネビアさんやエーネ含め一部しか知らないらしい。だが、どうせ残り一往復で使い物にならなくなるから別に存在を秘密にすることでもないと、こそこそ隠れて使う必要はないと言ってくれたのはジャネビアさん。



「それは?」


「ええと……遠くの場所へ転移できるっていう、石です。ジャネビアさんに目的の場所を聞いて、これを使って移動するんです」



 案の定『転移石』について聞かれたが、曖昧に答えておく。一応、間違ってはいないはずだ。不思議そうな表情を浮かべる人々だが、それ以上追及してくる人はいなかった。



「では……みなさん、本当にありがとうございました。遅くても、ひと月で帰ってきます」


「みんなー、行ってくるねー!」


「行ってきます」



 これから行く場所で、『竜王』の手掛かりを得る。もちろん、手掛かりを手に入れるまで帰るつもりはない……が、ノアリの命の期限、約ひと月が限界だ。手掛かりを持ち帰る、だが仮に手掛かりが手に入らなくても、帰らなければいけない。……ノアリが死んでしまう時に、側にいられないのは勘弁だからな。


 一瞬想像した嫌な予感を頭から振り払う。そして、目を閉じ願う。ジャネビアさんが言うには、行きたい場所の風景や名前を想像すればいいらしい。その際、『転移石』を持っている者と手を繋いでいる者も一緒に飛べる。


 ヤネッサ、アンジー、俺……そしてライダーウルフの背中へと手を添える。念じる、念じる、念じる……



「ぁ……」



 漏れたのは、誰の声だろう。閉じている視界でもわかるほどにまばゆい光に包まれる。同時に、ちょっとした浮遊感。なんらかの現象。


 やがて光は収まり、浮遊感もなくなる。現象が終わったのか……なにが起こったのか、確認するために目を開ける。


 そこには……



「……え」



 視界に広がる、空……山……それらの風景が、そこにはあった。辺りを見ても、景色は変わらない。"遠くに見える"景色しか、情報がない。そして自然と、視線を下に下ろした。


 数歩先には、足場はなかった。先に道は続いておらず、その先にあるのは谷底……いや、底すら見えない。奈落とも思える暗闇が、広がっているのみ。切り立った道の先には当然なにもなく、遠くに空や山が見えるのに。


 ここはまさしく、崖の上だった。

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