第7話 魔法とエルフ族の話




「……」



 お茶を、再度一口。考え事は続く。


 殺すのに特化しているのは剣……しかし、剣よりも手っ取り早い殺し方としては魔術が浮かぶ。が……残念ながら俺には使えない。いや、魔法を使える適性がないとか、そういう問題ではない。普通の人間には、そもそも魔法というものを使うことが出来ないのだ。


 魔法とは、古代に失われたとされる秘術……と、言われている。遥か昔は人類も使えたらしいが、今は失われた術。それを使うことができるのは、魔族を覗けばただ一つの種族……エルフ族のみ。


 人間と同じ容姿をしていながら、失われた術を使う未知の種族。異形の姿をしている魔族とは違い、人間と同じ姿。でありながら、人類の敵とされる魔族と同じ魔法を使う。


 人間と魔族、どちらでもないがどちらでもある存在……それが、エルフ族。人々はエルフ族に迫害などのあからさまな悪意を持って接していたわけではなかったが、好意的でもなかった。


 姿形が異形な魔族、それと同じ術を使うエルフも異形……そう見る者は少なくない。人間というのは、異形を嫌う生き物だ。魔王の討伐だって、根本の問題はやっぱり……種族間の問題という、どの文献にもある一文が、真実なのかもしれない。


 人間も昔は魔法を使っていたなら、結局のところ同じ存在ではないか、と俺は思ったものだが。まあ、それはいい。


 人間族とエルフ族の間には、埋まりそうで埋まらない溝がある。人間からエルフに歩み寄ることはないし、歩み寄ってこない人間にエルフが歩み寄ることも、ない。だがその確執が終わることとなったのが……あの、魔王討伐の旅だ。魔法使い、いや単なる魔法使いではなく魔法のエキスパートのエーネ……エルフ族の少女の存在。


 エルフが、人類の希望として選ばれた。それは平民である俺たちが選ばれたのと同じくらい、いやあるいはそれ以上の動揺を生んだ。それと同時に、しっくりくるものもあった。これまで幾人もが魔王の討伐に意気込み、失敗した。だがその中に、エルフはいなかった。


 エルフという種族は、そう多くはない、らしい。そしていくら世界の危機とは言っても、この世界には自分たちを遠ざけている人間族が大多数で……自分の命を以って魔王を討ち、人間に快適な世界を作ろうと考える者は現れなかった。直接的な被害があればまた違ったかもしれないが、なかったのが大きいのかもしれない。


 国宝に選ばれたとはいえエーネは、断ることも出来ただろう。だがエーネに限らず、国宝に選ばれた者がそれを拒否した場合、なんらかの罪に問われる、とのこと。実質的に拒否権などない。だから俺も、自分には無理だと思いながらも従うしかなかったわけで。まったくとんでもない横暴さだ、権力ってのは。


 ……で、魔王討伐の成果の中にエルフであるエーネがいた事実が、それまでの人たちの意識からエルフ族の見方を変えた。勇者一行エーネ、その種族はエルフ。尊敬の念で見る者はいても、畏怖の目で見る者はもういなかった。


 ……ちなみに、実はエーネは元々貴族の血筋だ。その理由はエーネの父親が貴族の人間で、それがエルフであるエーネの母を妻に迎えたことによる。だからエーネは正確には『ハーフエルフ』であり、元々のエルフへの世間の目や、その出自から普通のエルフよりも壮絶な人生を歩んできたに違いない。


 エーネは貴族姓を名乗ってはいない。プライベートな理由なので聞いたことはないが……ただでさえ、人間とエルフのハーフなのだ。そこに、父親が実は貴族で、なんて事実を公表すれば、それは混乱の元となる。一緒に住んでいない父親にも迷惑がかかると、考えたのかもしれない。


 だからエーネが貴族だという事実を知っているのは、本人が話してくれた俺たち四人だけだ。


 人間族は、なんでエルフという存在を迎えたのか。エルフ族は、なんで人間なんかと結ばれたのか。そしてその両者から生まれたエーネが、まともな人生を送れたかというと……存在するだけで石を投げられるような人生だ。平民だったとはいえそれなりに幸せだった俺には、想像もつかない。



「坊ちゃま、おかわりをどうぞ」


「! ん、ありがと」



 おっと、また考え事に没頭していた。てかお茶の減るスピード早いな。


 その、エーネの活躍によりエルフ族への畏怖がなくなったおかげか、それとも単にガラドの趣味か……この家でメイドを務めているのが、エルフ族であるアンジーだ。


 アンジーは正真正銘、純粋なエルフ族だ。ハーフエルフであるエーネがどうかは知らないが、少なくともアンジーはこの五年間、まったく姿が変わらない。それは長寿であるエルフ族ゆえだが、もしかしたらそれも、人間族に恐れられていた一つの要因なのかもしれない。


 異形を嫌う……年月を経ても姿形の変わらないエルフ族のその在り方もまた、異形と呼べるものではないのだろうか。



「……ん、やっぱり美味しい」


「ふふ、ありがとうございます」



 まあ少なくとも俺はエルフを……昔からエルフ族に、偏見を持ったことはない。もっとも、へんぴな田舎で生まれ育った俺はエルフなんて種族、エーネに会うまで存在することも知らなかったわけだけど。


 エルフ族に関しては、エーネと出会って、この国に来て知ったことだ。



「……ん、ごちそうさま。美味しかったよアンジー」


「ふふ、ありがとうございます」


「さて、と。それなりに休息も取ったし、鍛錬の続きでもするかな」



 と、言ったところで気づいた……水腹だ。お茶を飲み過ぎた。


 まだ少し、休憩が必要なようだな。

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