第11話 神隠し

その“神隠し”は、突然のことだった。

それはドロイドの誰も、予測できるはずがなかった。


□ □ □ □


34667号らが『停電事故』を起こしてから数日間、彼らは謹慎処分となっていた。

彼ら三体のせいで工場の機能は大幅にダメージを受け、一時など爆発事故の方がマシに思えるほどの混乱ぶりだった。

ちなみに工場の上層部は彼らを廃棄処分にすることを考えたが、クロリア監督官の嘆願で取り消しになったというのは彼らの知る所ではない。


□ □ □ □


『そういえば明日で、謹慎期間も終わりですね』

『そうだな』


充電室では、34667号と班長が二体だけで会話をしていた。と言っても他の班員が代わりに外で働いている訳でもなく、単純に彼らだけが爆発事故を生き延びたからに過ぎないが。

謹慎期間中、二体は充電室から出ることを禁じられていた。ほかの班員の出入りもないので、完全に水入らずの状態である。充電も満タンで手持無沙汰なまま、彼らは特に意味のない会話に興じていた。まぁその会話に反省の色が全く見れないのは、あくまで見方の問題である。

因みにショーティとは配属セクションが違うので、あの小さなドロイドはこの場にいない。彼も今頃、一人で寂しい思いをしているに違いなかった。


『こうしていると、外の騒がしい工場区画が懐かしくなってきますね』

『同感だ。毎日やることは同じでも、暇な現状よりは良い』

『……まぁ、そうですね』


そうこうしているうちに、部屋の外から消灯時間の近づいていることを告げる放送が聞こえた。その数秒後、充電室の明かりが一段階暗くなる。


『明日が楽しみだ』と班長が言った。『何が起ころうともな』

『えぇ、そうですね』


気まずい沈黙が部屋に流れる。やがて班長が、一言つぶやいた。


『――俺たちは、もしかしたら恐れているのかもしれない』

『恐れる? 何をです?』

『取り換えられてしまうことを、だ』

『ドロイドが、いったい何に取り換えられるんです?』

だ』


班長は、独り言のように言う。


『ドロイドは――認めたくないことだが、人間が楽をするために作られた“道具”だ。俺たちの仕事だって、工具と技術があれば人間の作業員で代替できる。だけど......俺はまだ働ける。まだ人間に仕えられる。最近はヘマしてばかりだけれど、最後まで働きたい』


”最後”か。34667号は心の中で繰り返した。


“私の機能停止日まで、あと四日”




その翌朝だった。“神隠し”が起こったのは。


□ □ □ □


□ □ □ □


そして、翌朝。


34667号が相変わらずの悪夢から覚めると、班長は既に起きたようで部屋には彼一人だった。

34667号は後頭部に繋いだケーブルを引き抜き、大きく伸びをする。傾斜姿勢で固まった合金の関節が、抗議するようにきしんだ。謹慎明けだからオイルバスにも入れるかなぁ、などと考えながら彼は充電室のドアを開ける。


外では、大きな騒ぎが起こっていた。


目の前の通路を様々なタイプのドロイドが行き交い、その多くが困惑した声で何やら話し合っている。34667号は会話の内容を聞き取ろうと聴覚センサーのボリュームを上げたが、騒がしすぎて少しも聞き取れなかった。

班長の姿を探すと、それはすぐに見つかった。頭を傾けて一体のメンテナンス・ドロイドと話し込んでいる。その深刻そうな様子が、訳もなく34667号の不安を煽り立てた。


『班長、いったい何があったんですか?』


彼が声をかけると、班長は振り返った。表情のないフェイス・プレートはいつも通りだが、答えたその声は若干うわずっている。


『俺にもよく分からん。だが周りを見て見ろ』


言葉に従って、左右の通路を見交わす。騒ぎが起こっていること以外はいつもの光景と同じだ。ドロイド、ドロイド、ドロイド。


キーン!という高い音が施設に響くと、あちこちの放送スピーカーから声が降ってきた。


《『――あーあー、コレどうなってるんだ? ん、あぁそうか、このメーターがボリューム調整なんだな? じゃあコイツを――』》


途端、バリバリッ!というノイズ音が響き、スピーカーの向こうで慌てる声がする。

……これは一体、何が起こっているんだ?


《『え、あぁこれか! 悪い悪い、よし、これで良いな!』》


スピーカーからは依然として意味不明の言葉が降ってくるが、34667号は事態そのものではなく、流れてくるその声に違和感を感じ始めていた。

何かがおかしい。いや、おかしいと言えば全部おかしいのだが。


スピーカーからは、ようやく安定した声が響き始めた。


《『――なぁみんな聞いてくれ! 俺は55597号だ。第7セクションで働いてる、ロード・リフター・ドロイドさ。まぁ俺の認識番号なんてどうでもいいんだけどな、何せ毎日埃まみれの日陰者よ』》


通路にひしめくドロイドの一体が『早く要点を言えよ!』と叫ぶ。それを聞いた周囲のドロイドに笑いが広がったが……、34667号はそれどころではなかった。


非常コードが作動したときを除けば、放送は中央司令部からかけられる仕組みになっている。そしてセキュリティ上の理由で、中央司令部にドロイドは一体も配属されていない。非常コード発動時には全ドロイドに通知が行くはずなのだが、そんな通知は来ていない。

なのに今この放送は、どこぞのロード・リフター・ドロイドが喋っている。


ありえないことだった。


《『まぁ分かってるだろうと思うが、俺は今中央司令部にいる。入ったことなんて一度もねぇから放送も不慣れだけどな――大事なことなんだ、聞いてくれ』》


ドロイドたちが静まり返り、一斉にスピーカーに耳を傾ける。


《『今朝起きた起動した時から、奇妙だと思ってたんだ。どこに行ってもみんな同じ反応だ。だから中央司令部に押し入った。で、とんでもないことを知ったのさ』》


34667号の脊髄回路を、冷ややかな電流の乱れが流れ落ちた。



《『――この工場から、人間が消えた』》

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