業炎の魔法師

丸井メガネ

第1話 帝都連続殺人事件(1)

レザリア帝国

帝都エルドーナ


 帝都1面に静かに降る雨の中、魔法師のエレニアは1人で郊外の墓地を訪れていた。傘も持たずに軍服に分厚いコートを羽織っている彼女の長い黒髪は、被っている帽子など意味なくすっかり濡れてしまっていた。

 しかし火のついていない紙煙草を咥えた彼女はそんな事など気にならない様子で墓地の中を歩き続ける。やがて墓地の奥の方にある1つの墓の前まで来ると、エレニアは被っていた帽子をとる。

 墓の前には、1人の少年が傘も持たずに佇んでいた。見た所6歳ほどの黒髪の少年で、その灯りの灯っていない虚ろな瞳は眼の前にある墓を見つめて動かない。事前に聞いていた妹の姿は見えない。

「……こんな雨の中、そんな薄着でどうしたんだい坊や。妹が心配するだろうに」

 エレニアは少年の真後ろまで近づくと、優しく声を掛ける。少年は暫くの間押し黙っていたが、やがてボソリと呟く。

「……母さんと父さんは、いつ帰ってくるの……? 」

 エレニアはその質問に顔をしかめると、眼の前にある大きな墓石を見る。


ラインハント・ヒューゲル 

ラインハント・シュレリア


 帝国の英雄 ここに眠る


 墓石にはエレニアの親友であり部下、そして眼の前にいる少年の両親である2人の魔法師の名前が刻まれていた。エレニアは一呼吸置くと、少年の後ろでに来て腰を落とすとハッキリと言い放つ。

「残念ながら、あんたの両親が戻ってくることは二度と無い。それは坊や、あんた自身がよくわかっているはずだよ」

 そう言うエレニアは自分の心が痛むのがわかった。幼い息子娘を残して両親がいなくなる辛さ。彼女自身も同じ過去を持つ身だからこそその辛さをよく理解していた。

「それでも……! 」

 少年はかすれた大声で怒鳴ると、その小さい肩を震わせながら泣き始める。

「それでも……、約束したんだ! 僕に、妹に、絶対に……帰るって……! 」

 瞳から溢れ出した涙はすぐに雨に流されて消える。しかし、その傷は簡単に消えるものでは無い。

「何で母さんたちが……死ななきゃいけないんだ! 何でアリアが呪われなきゃいけないんだ! 僕は……家族を奪ったあいつらが憎い! 」

 自分の両親を奪った奴らが、この国が、全てが。そう思えば思うほど、少年は更に大粒の涙を流す。

 エレニアはそんな少年の後ろでしゃがむと、包み込むように優しく抱きしめる。そして怒りに震える少年の耳元であることを囁く。

「世界は常に理不尽の連続さね。弱者は奪われ、虐げられ、いずれは消え果る。それが人生さ。でもね坊や。それはあんた自身が変えれることでもあるんだ」

 その言葉に少年は濡れたコートで涙を拭いてから、ゆっくりとエレニアの方に振り返る。先程まで憎しみと怒りが支配していた瞳には、驚きと疑問の色が見える。エレニアは少年の両頬に優しく手を添えると、優しく声を掛ける。

「力と富をもてば、失ったものを取り返せることだってできる。守ることもできる。だから、強くなりなさい坊や。それまでの面倒は、あたしが見てあげよう」

 少年は濡れた服で涙を拭うと、その言葉をかみしめるように力強く頷く。その目には悔しさと決意がみなぎっていだ。

「そういえば名前を聞いていなかったね。あたしはエレニア、アインランス・ティレリス・エレニア。坊やはなんて言うんだい? 」

「……ラインハント・レイモンド」

「そうかい……良い名前だね。それじゃあ妹ちゃんの所に行こうか」

 エレニアはレイモンドに自分の被っていた大きい軍帽を被せると、優しく頭を撫でる。

 レイモンドは少し俯くと、再び力強く頷いてみせた。

 エレニアはレイモンドに優しい笑顔を見せると、2人の墓に向き直って敬礼をする。そうしてかつての部下だった2人に精一杯の敬意を払うと、エレニアはレイモンドを連れて墓地を後にしたのだった。



12年後―



ポッポー


 レイモンドは軽快な汽笛の音で、彼は懐かしい幼いころの夢から目を覚ます。彼の目の前にはには先程の墓地ではなく、人気のない列車の客室で目の前の席に備え付けのテーブルを使って真面目に書類仕事をこなす女性軍人がいるだけだった。

「おはようございます少佐、よくお休みになられましたか? 」

優秀な彼の副官は自分の上司がためていた書類仕事を慣れた様子でさばいていく。レイモンドが寝る前に彼女が淹れてきたコーヒーのカップは既に空っぽだった。彼は彼女が夜通し作業していたのか疑問に思ったが、嫌味を言われそうなので聞くことはしなかった。

「ああ、おかげでいい夢を見れたよミネリア。身体中痛くてたまらんがな。」

 レイモンドは座席に寝かせていた身体を起こすと大きな伸びをする。硬い座席で横になって寝たからかレイモンドは身体の節々が痛んでいたが、帝都に2年ぶりに帰ってきた興奮もあってか気分はとても素晴らしいものだった。

「汽笛が鳴ったようだが、もう着いたのか?」

「ええ。では行きますよ少佐、早く降りてきてくださいね。」

 ミネリアは素早く荷物をまとめると、レイモンドの支度が終わるのを待たずに早足に客室を出ていった。

「まったく......よくできた副官だな。はあ、それにしても二年ぶりの帝都か......懐かしい。」

 レイモンドは客室の壁に貼ってある帝国軍学校のポスターを見て、懐かしそうに呟いた。

 幼い頃、ある事件で両親を亡くしたレイモンドはたった一人の妹にかけられた呪いを治すべく、富と力を求めて帝国軍に入隊した。それから早10年、軍人としての地位も上がり相当な金も手に入れたが、レイモンドが求めているゴールには程遠い。彼の求める物は妹の身体を治す薬であり、その薬は今の彼の持つものすべてを注いだとしても微塵も届かない存在なのだから。

「原初のエリクシル......一体どこにあるのやら」

ぼそりと彼は呟く。万能薬エリクサーの原材料にして、万物の王。伝説のアーティファクトが無ければ彼の妹の病気は治らないのだが、今やその行方は知れず手掛かりもつかめないまま10年が経った。彼は軍服の胸ポケットから取り出した懐中時計を開く。そこにはレイモンドと妹のアリア、そして育ての親であるエレニアの3人が写った写真が入っていた。

「少佐、早くしてください! もう迎えが来てますから! 」

 外で待っているミネリアが大声でレイモンドを急かす。よく時計を見ると既に待ち合わせの9時を回っていた。

「ああ、すまんすまん。すぐ行くよ」

 レイモンドは懐中時計をしまうと、すぐに荷物を持って列車を降りる。降りた先ではミネリアが相変わらず涼しい顔で時計を眺めていた。

「3分遅れですか、次からは気を付けるようにお願いします。それじゃあ行きましょう」

「はいはい、じゃあ急ぎますか」

 ミネリアの何処か棘のある注意を受け流すと、2人は他の乗客が去り終わったホームを後にした。



「それじゃあ、俺はこのまま大佐のところに挨拶に行ってくるから、お前は先に三課の方に行っててくれ。」

「わかりました。それではお先に失礼します。」

参謀本部から来た迎えの車に乗り込み軍務局に到着したレイモンドは、ミネリアと別れると直属の上司への挨拶に向かう。見知った局内を歩き3階にある特務部第1課へ向かう途中、レイモンドは様々な兵士に声を掛けられる。

「少佐殿、お久しぶりです! 」

「お疲れ様です少佐! 」

 元々中央軍勤めだった彼は顔見知りが多く、勲章も受賞しているからか兵士からの人気が高い。男女問わず次々と声が掛けられる。もっとも彼自身はあまり人気になる事を良しと思っていないのだが。そうして3階にある1課の前についたとき、レイモンドは思いがけない人物と再会した。

「あれ、お前レイモンドじゃないか! 戻ってたのか! 」

「おおドレッド、久しぶりだな! お前こそ戻ってるとはな。元気にしてたか? 」

 2年前まで同じ部隊に所属していた親友のドレッドだった。同時期に2人そろって方面軍に飛ばされてからレイモンドは一度も会えていなかったが、まさか2人そろって呼び戻されるとは彼も思っていなかった。

 レイモンドは白い歯を見せる笑顔の友人と力強く抱擁する。

「あっちはどうだったよレイモンド、南国でいい女でもひっかけたか? 」

「いや、南方は暑くてかなわん。俺の魔法属性知ってるだろ、暑さで死にかけたさ。そっちは? 」

「東部は毎日戦場だったからな、遊んでる暇なんかねえよ」

「それもそうか。それよりお前もこっちに帰ってきたとは思わなかったぞ」

「お前もってことは、レイモンドも大佐に呼ばれたのか? 」

 2人は少しの間無言で顔を見合わせると何かを察したように大きなため息をつく。

「なるほど、今回も俺達は貧乏くじだな」

「ははは、もう慣れてんだろ。じゃあ行こうぜ」

 レイモンドは友人との短い談笑を終えて、目の前にある木製の扉を開く。室内には横長なデスクが綺麗に2列で並べられてあった。そしてその奥にある大きなデスクの椅子に腰かけていたスキンヘッドの小柄な老人がレイモンド達を見て嬉しそうに立ち上がった。

「おお、来たかお前たち! 」

「アインランス・レイモンド少佐、只今着任しました。お久しぶりですオレグ大佐」

「ドレッド=マクシミリアン大尉、同じく着任しました。少しばかり老けましたね大佐」

「確かに、やつれはしたかもしれんな。だがまだまだこれからさ」

 オレグは2人の元までくると嬉しそうに肩を叩く。笑顔で出迎えてくれた大佐の顔は本人が言った通り血色がなく、目の下にはくまができていた。明らかに困ったことが起きていることは、言われずも理解するには十分なほどに。

「長旅ご苦労。立ち話もなんだ、奥に行こう」

 レイモンド達は大佐に連れられ、奥にある応接室に移る。レイモンドは狭い応接室の真ん中にあるテーブルを囲むソファーに大佐を前にして座ると、大佐の副官が運んできたお茶を一口飲む。

 香ばしい茶葉の香りに程よい酸味と苦味が混じった暑い紅茶は、この短い間に激しく回転した彼の脳内を落ち着かせてくれる。何より、レイモンドはこの紅茶の味をよく知っていた。

「南方のリンバスから取り寄せた紅茶だ。うまいだろう? 」

「よく飲んでましたから。それで、今回の異動について聞いても? 」

 レイモンドは前置きなどせずストレートに質問する。するとオレグは手に持っていたティーカップを皿の上に置くと、テーブルに伏せて置いてあった一束の書類を渡す。

「これは......」

 レイモンドはドレッドにも見えるように書類をめくっていく。そこには様々な人物のプロフィールが顔写真と一緒に記載されております、いずれの写真にも赤い文字でdeadと書かれていた。

「ここ最近、帝都を騒がせている殺人事件は知っているか? 」

「ええ、噂程度ですが。」

「正体不明の連続殺人犯、通称『シャドーリーパー』。今渡した書類は被害者のリストだ。お前たちにはこの犯人を捕まえてもらいたい。」

「警察庁の仕事では? 」

「完全にお手上げ状態らしい。犯人は魔法師なうえに、現場には全く手掛かりが残ってなかったそうだ」

 簡単な説明を聞いてレイモンドとドレッドは小さなため息をつく。なるほど、レイモンドの思った通り大佐が説明してきたのは厄介な案件だった。

「手掛かりなしって、いくら何でも......俺たちもその手の事件は過去対応してきましたがこの様なケースは受けたことがありません。」

 ドレッドからの愚痴に、大佐はやはりという顔をして俯いてしまう。そして少しの間彼は脳内で思慮を巡らせると、何かを決断したかのような重々しい表情の顔を上げる。

「......シャウトルーム」

 大佐がそう言って手を叩くとそこから白い波が室内に広がっていく。白い波はほんの一瞬で室内を駆け巡り消え失せる。そうして魔法によって見えない防音壁を敷き終えたオレグはゆっくりとその口を開く。

「......これは一部の人間しか知らない極秘情報だが、お前たち、特にレイモンドには重要な情報だから伝えておこう。今回の一件、魔術学会が裏にいるかもしれん」

 大佐の口からでた思わぬ言葉に、レイモンドは驚きのあまり目を見開いて思わず立ち上がってしまう。

「魔術学会......だと」

 

 ルーサン大陸最大の軍事国家であるレザリア帝国内最大の魔法師組織、魔術学会。魔法研究のためならどの様な犯罪や実験も辞さない犯罪組織として認定されているが、軍部ですらその尻尾は未だつかめていない。

 しかしレイモンドが魔術学会に強い興味を示しているのには別の理由があった。

 それは―彼の、両親の仇だったからだ。

 



















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