570話 すべてが欲しい



 国中の人間を洗脳していると思われるブリエさん。

 彼女を捕まえ、問いただしていると……突然、笑い出した。


 いや、それだけではない。髪の色が、瞳の色が変化していくのだ。

 それは、私にとってはなじみ深く、そしてこの国にとっては物珍しいもの……


 そう、黒色へと。


「くはっ、ははは……!」


 こいつは、こう言った。なんでこんなことをしたのかという問いかけに、面白そうだからだと。

 それに似た言葉を、私は聞いたことがある気がする。


 それは、そう……エレガたちに、問いかけた時だ。

 あいつらも、退屈だったからとか、面白いからとか、そんなニュアンスの答えを返してきた記憶がある。


「っ、何者だお前は」


 雰囲気が変わったことを感じ取ったシルフィ先輩が、魔導の杖を構える。

 雰囲気も、口調も……なにもかもが、数秒前の人物と同一人物だとは思えない。


 杖を向けられて、ブリエ……いやブリエはなおも、怪しく笑ったままだ。

 拘束されて動けず、私と先輩に挟まれているのにだ。


「いやいや、今更ごまかすつもりはないが……どうやって、俺が黒幕だと気づいたのか」


「……俺?」


 彼女の発言に、眉を寄せる……その直後。驚くべきことが起こった。

 彼女の身体に、変化が起こったのだ。目に見えてわかる、変化が。


 身体が、溶け始めたのだ。どろっ……と、まるで泥のように。

 驚きに一瞬、判断ができなくなってしまっていた。その間にも、泥となってその身体は消える……


「! そこ!」


 かと思われたけど、なにかに反応した先輩が振り向き、扉のある方向へと魔法を放つ。

 放たれた魔力弾はしかし、なにかに弾かれて打ち消された。


「ちっ、勘のいい奴だ」


 どこからともなく声が聞こえた。そう思ったら、地面から泥が盛り上がってくる。

 泥は人の姿をかたどり、色がついていく。

 ゴーレムのような泥人形……とは、違う。


 それは、ブリエの姿をしていた。

 ……いや、ブリエ本人だ。


「泥になって溶けたと思ったら、泥から生まれた? どういう魔法?」


「奇怪な技を」


 私も魔導の杖を抜き、先輩と共にブリエに向ける。

 目の前にいるのは、確かにブリエ……のはずなんだけど。

 丸眼鏡をかけて、緑色の髪をお団子のようにして頭の上に乗せていたあの姿はどこにもない。


 眼鏡は投げ捨てられ、髪は解かれ長髪がさらされている。

 なによりの変化が、緑色の髪は黒く染まっていたことだ。


「黒髪、黒目……」


「あぁ、お揃いだなぁ」


 お揃い、と言われても嬉しくもなんともない。

 この状況で、わーいお揃いだーなんて喜べるほど楽観的にもなれない。


 いつの間にか、扉の前にまでリーメイが移動していた。

 これで、部屋の中にブリエを閉じ込めた形になる。


「もう一度聞くぞ。お前は何者だ」


 再度、先輩の質問がブリエを射抜く。

 対するブリエは、やっぱり怪しく笑ったままだ。


「俺はイシャス。ま、よろしくなぁ」


 ……イシャスと名乗った男は、いつの間にかその容姿も変化していた。

 ブリエとして着ていたメイド服は脱ぎ去り、上半身は筋肉質な裸体をさらしている。


 さっきまでとは、とうとう見た目も別人になってしまった。


「名前はどうでもいい」


「てめえが何者かって聞いたんだろうが」


 先輩は、今にも魔法を撃ちこんでしまいそうだ。

 だけど、こんなところで派手な攻撃を仕掛けたら大変なことになってしまう。それをわかっているのだろう。


 そしてイシャスもまた、先輩の問いかけの意味をわかっているはずだ。


「ただまあ、何者って言われてもなぁ……なんて答えればいいのか。元々はこの世界の人間じゃない、ってことか?」


「!」


「わけのわからないことを。国中を混乱に陥れた理由を話せ」


 こいつ、今……この世界の人間じゃない、って言ったのか。

 それって、まるっきしエレガたちの言っていたことと同じ……

 それに、ヨルも。


 つまり、こいつも……テンセイシャ、ってやつなのか?


「理由ねえ。さっきも言ったろ、面白そうだったからだ」


「……話にならんな」


 先ほどと同じ答えを返すイシャスに、先輩はついに対話を諦める。体中に、魔力が込められたのがわかったからだ。

 魔力は体中から、魔導の杖へ……その先端へと、集中していく。


「って先輩、こんなところで暴れたりなんかしたら……」


「こいつはゴルドーラ様を貶めたも同じ。ならば、手加減する理由などない」


「へ、部屋がめちゃくちゃになるって!

 ……このお城、ゴルさんの家のものでしょう!」


「!」


 私の叫びが届いたのか、魔力の昂りは少しだけ落ち着きを見せる。

 でも、少しだけだ。まだ若干落ち着いただけのようだけど。


 この人、扱いにくいんだか扱いやすいんだかよくわからないよ!


「なんだ、助けてくれたのかお仲間さんよ」


「誰が仲間だよ、髪と目の色が同じだからってその言い方やめろ。

 ……お前、エレガたちを知ってる?」


「お、なんだあいつらのこと知ってんのかよ。じゃあやっぱ同類じゃんか」


「だから違う。

 ……先輩も私をそんな目で見ないで!」


 あんな奴らの同類扱いされるだけでも吐いてしまいそうだ。冗談でもやめてほしい。

 じっとイシャスを睨むと、彼は肩をすくめた。


「ったく、嫌われたもんだな。

 ま、退屈しのぎって理由だけじゃ満足しないなら……俺は、地位や名誉っつったものが、いやすべてが欲しい。だから裏から国中の人間を操り、手中に収めようとした。

 これなら、満足か?」


 それからイシャスは、いけしゃあしゃあと、そんなことを笑いながら言った。

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