494話 牢屋の中の黒髪黒目



 兵士が向けた視線の先。

 ここからじゃ牢屋の中までは見えないけど……あの中に、ヨルが……?


「ヨル! ねえそこにいるの!」


 これまで、ヨルに対してこれだけ必死に求めたことはない。

 でも、彼も同じく捕まっているのだとしたら……私には、情報が必要だ。


「おい貴様、黙れ!」


 だけど、兵士ににらまれてしまう。


「貴様らは前国王を殺害した一派の仲間である可能性が高い。そこでおとなしくしていろ」


「……ゴルさ……いや、ゴルドーラ第一王子に伝えてよ。エラン・フィールドが帰ってきたって。

 あの人なら、私がなにもしてないって、証明してくれるから」


 私たちが疑われている以上、私がなにを言っても無駄だ。

 なら、私以外の誰か……それも、結構な権力のある人に私の無実を訴えてもらうしかない。


 黒髪黒目の人間は全員捕まえろって今の国王が命令しているのだとしても。

 個人の話も聞かずに、捕まえてしまうなんて。そんなの、あんまりだよ。


「……」


 だけど、兵士はなにも言わない。ただ、私を見下ろすのみだ。


 ……そういえば、自分で言うのもなんだけど、私って結構な有名人だ。

 いくら王様が変わったとはいえ、お城にいる兵士なら私の名前くらい聞いたことがあるんじゃないだろうか。


 なのにこの人は、私の名前を聞いても反応はない。


「……」


「あ、ちょっと!」


 そのまま、しばらく睨み合ったあと……兵士は私たちに背中を向けて、歩き出した。

 もう、私の声なんて聞こえていないというように。制止の声も聞かずに、出口へと歩いて行き……



 バタン……



 扉の向こう側へと、行ってしまった。

 残されたのは、ただ冷たく静寂な空間……


「ははっ、こりゃ傑作だな。疑わしきは罰せよ、ってやつか」


「お前たちのせいなんだよ」


 ここまで黙っていたエレガが、なにがおかしいのか大きく口を開けて笑う。

 私はそれをじっとにらむ。誰のせいでこうなっていると思ってるんだ。


「エランさん、こいつらあの人に引き渡したら解決しませんか?」


「うーん……それもありえなくはないけど、あの兵士の態度を見るになぁ。リーメイが言うように、私の話聞くつもりはなさそうだし。

 こいつら渡したところで、やっぱり仲間だったんだなって言われておしまいだよ」


 そう考えると、エレガたちが今まで黙ってくれててよかった。

 変に突っかかれても、話がこじれるだけだからね。


 それにしても……国をめちゃくちゃにして、王様を殺した原因がここにいるのに。それを引き渡せないのは、もどかしい。


「はっ、要はアタシらを引き渡さないのは自分らの保身のためってわけだ」


「……」


 保身、か。悔しいけど、その通りだ。

 それでも、私だけならどうとでもなる。ただ、そのせいでルリーちゃんやラッヘ、リーメイにひどいことが起こるとしたら、耐えられない。


 そう考えると、これは保身と言っていいかもしれない。


「っと、今はそんなこと考えてる場合じゃない」


 私は、牢屋の柵を握り……できるだけ、身を乗り出す。

 さっき向けられていた、ヨルがいると思われる牢屋に、声をかける。


「ヨル、ヨル! そこにいるの? いるんでしょ!」


 この部屋に入ってから、微弱ながら魔力を感じていた。

 魔力封じの手枷をはめられても、完全に魔力が遮断されているわけではない。その人が魔力を発しているかどうかくらいは、わかる。


 なので、姿は見えなくてもそこに誰かいることはわかる。


「……その声、もしかして本当にエランなのか?」


 何度か呼びかけると……牢屋の中から、声がした。

 私の名前を呼んだ。私をちゃんと認識している。


 ヨルと会話が通じることがこんなに嬉しいと感じるなんて、思ってなかったよ。


「そうだよ」


「……さっきまで寝てたんだけど、誰か兵士と話しているなって目を覚まして……

 まさか、エランだったとは」


 どうやら、さっき私が話しかけた時に応答がなかったのは、眠っていたかららしい。

 こんなところでのんきな……と、普段なら思っているところだけど。


 なんだか、声の調子に覇気がない。いつもの……私にうざったく絡んでくる、あの声の調子が今は感じられない。

 まるでなにかに、疲れてしまっているかのような。


「ヨル、大丈夫?」


「……なにが?」


「いや、なんか元気がないように聞こえるからさ」


「……そう、かな」


 元気がない……そう、元気がない。

 いつも私にぞんざいに扱われても、常に元気だったヨルが……こんなの、らしくない。


 もしかして、牢屋に入れられて……憔悴しているのだろうか。


「……なにが、あったの?」


 私は短く、これだけを聞いた。

 いったい、なにがあったのか。兵士から大まかな出来事は聞いたけど、それも情報としては頼りない。


 あのとき会場にいて、ここにいるヨルなら……私たちが魔大陸に飛ばされたあと、なにがあったのか知っているはずだ。


「さっきあの兵士が言ってたろ。王が新しくなって、黒髪黒目の人間はなにを言うまでもなく捕まえられた。

 もっとも、この国じゃエランを除けば俺しか黒髪黒目はいなかったから、捕まったのは俺だけだけど。襲ってきた連中はあのあと、魔獣に乗ってどっか行っちまったし」


 なんの関係もないはずのヨルが、捕まえられた。

 それも、あの一件からってことは……私たちが魔大陸に飛ばされ帰ってくるまでの数時間、ずっとこんたところに閉じ込められていたってことになる。


 こんな場所に、一人で。

 ……気が狂いそうになるかもしれない。

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