475話 魔女さんと魔物とモンスター



「わー!」


「わー」


 元気に駆けまわるパピリと鳥モンスターを遠巻きに眺め、私たちはベンチに腰を下ろしていた。

 いろいろと、気になることはある。あるけど、とりあえず危険はないみたいだ。


 手に持っていた水で喉を潤す。

 紙コップに口を付けて、ごくっと。口の中がひんやりする。


「ん……おいしい」


「そうだろう。ここの水は絶品だ」


 魔女さんは得意げに、笑う。

 それから、青い空を見上げて……軽く、ため息を漏らした。


「私も、最初からあんな力があると知っていたわけではない」


 あんな力、とは魔物をモンスターの姿に戻した、あれのことだろう。


「はじめは、自分でも無我夢中でな。魔物に襲われ、倒そうと奮闘したがこいつがなかなか手強くてな。

 杖は弾き飛ばされるわ、攻撃は効かないわで……死を覚悟した」


「……」


「そして、一か八か……超至近距離から、自分の魔力を思い切りぶつけてやろうと考えた。

 なんとか懐に入り込み、そいつの身体に触れ、力を込めた……するとどうだ。そいつに魔力を放つつもりが、逆にそいつの魔力を吸い取りだした」


「魔力を?」


 魔女さんの話は、はじめて魔物をモンスターに戻したときのことだ。

 さっきとんでもない強さを見せた魔女さんだけど、それが苦戦するってどれほどの……


 ……いや、違うな。きっとこの件を経て、自分を強く鍛えたんだ。


「自分でもなにが起きているのか、わからなかった。わからなかったが……魔力を吸い取り尽くした頃には、そいつはもう魔物じゃなくなっていた」


 魔力を吸い尽くしたら、魔物がモンスターに戻っていた……ってことか。

 なるほど……考えてみれば、納得は出来る。


 魔物は、モンスターが魔石を食べて変化したもの。魔石は、魔力の塊のようなもの。

 つまり、魔物はその体にほとんど魔力が満ちている。


 そんな魔物から、魔力を吸い取る。魔物を形成しているのが魔力なら、その魔力を取り除けば……

 魔物は、魔力がなかったころのモンスターに、戻る?


「そうだったんですね……」


「ちなみに、そのときの魔物がパピリだ」


「!?」


「んで、私は決めた。ここに、モンスターしかいない村を築こうとな」


 じゃあ、パピリは魔女さんがモンスターに戻した第一号の元魔物であり、このナカヨシ村の第一村人だったと。

 ……というか、村を作ったのがこの人なら、村の名前を付けたのもこの人なのか。


「……なんだその顔は」


「いや、素晴らしいネーミングセンスをしているなと」


「どういう意味だ」


 とにかく、この村のモンスターは全部、元魔物だってことだ。

 それはまあ、わかった。触れた魔物の魔力を吸い取り、モンスターに戻す。


 確かに、私にもできそうだ。

 これまでは、魔物は倒すもの……という認識しかなかったから。魔力を吸い取って、しかもモンスターに戻るなんて思いもしなかった。


「あ。でも、じゃあなんでパピリちゃんたちは、しゃべっているんですか? 元々モンスターはしゃべらないですよね」


「!」


 ルリーちゃんが聞くのは、まだ明らかになっていないものだ。

 魔物がモンスターに戻ったとして、そのモンスターが言葉を話すのはどういうことなのか。


 その理由は、魔女さんなら知っているはずだ。

 魔女さんは手に持っていた水を一口飲み、軽く息を吸ってから……


「知らん」


 と、あっさりと、答えた。


「え……知らないの?」


「知るわけがないだろう。私だって思ったさ、モンスターに戻ったパピリを見て「こいつしゃべるぞ気持ち悪!」とな」


「……」


「パピリ本人やそれ以外に聞いても、自分がどうしてしゃべるかなどわからないようだ。我々だって、生まれてから誰に教えられるわけでもないのに言葉を発するだろう。

 そういうものらしい」


 モンスターがしゃべる理由を、まさか知らないとは……

 これだけのモンスターを。村を立ち上げるほどの数を面倒見ているのに、理由は分からないのか……


 いやまあ、わからないんじゃしょうがないんだけどさぁ。


「そもそも、自分が魔物であった記憶すらないようだ。あいつらにとっては、『魔物からモンスターに戻った瞬間』が生の瞬間なんだ」


 魔物については、実のところわかっていないことも多い。

 それどころか、今回の話でわからないところが増えてしまった。


 少なくとも、魔物をモンスターに戻す方法があることすら知らなかったから……多分、そういう認識はみんなしていないんだろうな。


「パピリをモンスターに戻してから、その後も魔物を見つけては魔力を吸ってモンスターに戻していった。

 しかも魔物から吸い取った魔力は、私自身のものとなった。魔物はモンスターに戻る、私は強くなる。いいこと尽くしだ」


 自分の手を見て、魔女さんは話す。

 そういったことを繰り返していき……やがて、村ができるほどにモンスターは増えていった。


 魔物をモンスターに戻しておいて「はいさよなら」とせず、こうして村人にしているのは……魔女さんの面倒見が、いいからなのだろう。


「じゃあ、さっきの指パッチンは魔女さんが強くなった結果?」


「そんなところだ。想像したものを生み出したり、攻撃を打ち消したり。

 ま、この場所限定でだがな」

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