367話 vsドラゴン



 ドラゴンの頭部に、ラッヘの強烈なかかと落としが、炸裂した。

 ドォン……と、私たちにまで響く音が、大気を震わせる。


 魔力で強化しているとはいえ、ただの打撃であんなに威力が出るなんて。

 頭部への衝撃のためか、ドラゴンの口から放出される魔力は、止まる。おかげで、私の負担も軽くなる。


「どうだデカブツ!」


 落下しつつ、ラッヘは得意げな表情を浮かべていた。

 ドラゴンは動きを止め、目の焦点が合っていないのかゆらゆらと揺れていたが……


「……ォオ……!」


「ちっ、だめか!」


 攻撃が通じたのは、ほんの一瞬。目の前を落下するラッヘに、ドラゴンは睨みを利かせる。

 さらに、口の中に魔力が溜まっていく。


 あいつ、またあれを撃つつもりか!? あんなの間近で受けたら、ラッヘでもただじゃ済まないよ!


「ラッヘ!」


「エランさん! 私がドラゴンの動きを止めます、その隙にラッヘさんを!」


「え? あ、う、うん!」


 どうするどうする……と考えていたところに、ルリーちゃんの声が入り込んできた。

 ちらりと視線だけを動かすと、ルリーちゃんの横顔はとても、勇ましいものだった。


 任せられる……そう、感じた。


「全てを包み込みし、漆黒の闇よ……その者を、永久なる常闇に……」


 魔術の、詠唱が始まる。

 ルリーちゃんの……いや、ダークエルフにしか使えないという、闇属性の魔術。学園に魔獣が現れた時も、この魔術に助けられた。


 あの時は、魔獣を前に震えていたルリーちゃん。過去のトラウマもあったんだろうけど、あんな強大な存在を前にしたら、そうなっても仕方ない。

 でも、今は……あれよりも、遥かに強大な存在を前に、立ち向かっている!


「覆い隠せ!

 闇幕ダークネスカーテン!!!」


 ルリーちゃんの構えた杖、その先端が黒く光る。

 次の瞬間、杖の先から、黒いモヤが発生し、それが伸びていく。伸びる先は、ドラゴンの目元。


 黒いもやが、ドラゴンの目元をはじめとして……全身を、覆い包んでいく。

 巨大な体だ、それでも……黒いモヤが全身を包むのに、そう時間はかからなかった。


「っ!?」


 視界が塞がれたためか、ドラゴンに動揺が見えた。

 今のうちに、ラッヘを……


「おらぁ!」


「!?」


 助けよう……そう思っていたんだけど、ラッヘは助けなんていらないと言うように、手を振るう。

 手のひらから次々放たれる魔力弾が、黒いモヤに包まれたドラゴンの体に命中する。


 さらに、魔力を撃った勢いを利用して、ラッヘは地上への落下を早め……着地した。


「やるじゃねえかダークエルフ」


「ど、どうも」


「っは! どうだくそドラゴン! 私の魔法の威力は!」


 この魔大陸では、魔力の回復があまり見込めない……だから魔力の消費は抑えるべきだし、逆にチャンスにはバンバン使うべきだ。

 視界を封じられ、無防備となったドラゴンに、いくつもの魔力弾をぶつける。


 それは、理にかなった方法と言える。


「あの、ラッヘさん……」


「あ?」


闇幕ダークネスカーテンは、視界を封じるだけの魔術ではありません。あの黒いモヤの外と中……その境界との、感覚をなくすための魔術です」


「……おう」


「あれに包まれた者は、モヤの外……つまり、外界との繋がりが失われます。視覚も、聴覚も、触覚も……五感を封じます。外界のものは見えないし、触れてもその感覚はありません。

 なので、外界から攻撃をぶつけても、中にいる者には通じません」


「……なんだと!?」


 ルリーちゃんが使った、あの魔術……あれはどうやら、視覚を封じるためだけのもの、ではなかったようだ。

 感覚全てを、封じる魔術。それを聞いて、思わずゾッとした。


 聞いただけで、怖い魔術だ。感覚を失う……それは、いったいどんな気分だろう。

 もやの中と外とで、完全に切り離されているってことか。


 なんだかややこしいけど……要は、黒いモヤが覆っている間は、いくら攻撃しても中にまで届かない、ってことだ。

 つまり、ラッヘのさっきの魔法は……


「お、おまっ、お前! 私の魔法、無駄打ちか!? 私の魔力、なんだと思ってんだ!」


「そ、そんなこと言われても……ラッヘさんが、勝手に……」


 ……放っても、意味なかったってことだ。

 ラッヘの言うように、魔力の無駄打ち。悲しい話だ。


 でも、私が動くより先に、ラッヘが行動に移したんだもん。


「……あれ。でもあの魔獣、私の魔術で凍ったよね?」


 外界からの攻撃は届かない。

 でも、思い出すのは、学園に現れた魔獣のことだ。あれにも、同じく黒いモヤがかかっていたけど、私の魔術で氷漬けになった。


 私の魔術は、通用したけど?


「あれは、エランさんが魔術を撃つ直前に、闇幕ダークネスカーテンを解除したんです」


「なーるほど」


 答えを聞けば、それは単純な話だった。


 なら、魔術を解かなければ、ドラゴンも永久に閉じ込めておけるのでは?

 そこまで考えて、ルリーちゃんが固い表情をしていることに、気づいた。


「ルリーちゃん?」


「……この魔術には、欠点があります。五感を封じる闇幕ダークネスカーテンですが、封じれるのはそれだけです。

 魔力を感知する能力、までは封じれません」


「魔力……感知……」


 ルリーちゃんの言葉……それを聞いて思い出す。あの魔獣のことだ。

 あいつは、視覚を封じられながらも、動揺もそこそこに攻撃を仕掛けた。無差別に。


 その理由は、ただ適当に暴れているのか、あるいは魔力を手がかりに手当たり次第に、のどちらかだと思っていた。

 そして、正解は後者だったらしい。


 魔力を感知すれば、それを手かがりに攻撃を仕掛けることができる。

 私やあの魔獣ができたんだ。ドラゴンができないと判断するのは、早計だ。


「ってことは……」


 いきなり視界を、そして五感を封じられ、動揺は激しいだろう。

 でも、少しの時間が、冷静さを与えたら……動き出すぞ、ドラゴンが……!

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