第288話 いずれその時が来るとしても



 パーリャ・テリオット……魔導学園で起こった"魔死事件"の被害者、レオ・ブライデント先輩の恋人だった人。

 どうやらノマちゃんと同じクラスであるその子は、ノマちゃんに対して複雑な感情を抱いているらしい。


 恋人が、そして事件の被害者が残らず亡くなっている事件で、ノマちゃんだけが生き残った。そのことに対して、思うところがあるのだろう。正直、気持ちは分からないでもない。

 ただ、それはノマちゃんは悪くないことだし、妙な言いがかりをつけてくるようなら、私だって黙ってはいなかったけど。


「テリオットさん、ですか……話しかけても、かわされてしまうのですよね。無視されている、というわけではないのですが」


 そう、ノマちゃんから答えが返ってきた。学園に帰ってきてから、同室のノマちゃんに早速聞いてみたわけだ。

 その表情から、困ったなぁというものを感じるけど……それは、変なことをされて困っているじゃなく、話ができなくて、という意味に思えた。


 さっき、コーロランから話を聞いて、気になっていたことだ。


「ですが、どうしていきなりそんなことを?」


「えぇと……なにか、変なことされてないかなって。ほら、パーリャちゃんの彼氏さんって……」


「……ブライデント様、ですわね。とても、残念ですわ」


 私の言いたいことを、なんとなく察してくれたのか、ノマちゃんが目を伏せる。

 同じ被害に遭い、でも片方は死んで片方は生きている……それに、思うところはあるんだろう。


 ただ、彼氏さんの名前を出したノマちゃんの様子に、ちょっと違和感。


「もしかして……知り合い?」


 基本的に、ノマちゃんは同年代の相手のことはさん付けで呼ぶ。それか、学年が上の人は先輩と。

 だから、彼氏さんのこともさん付けで呼ぶのかと思ったけど……様付けなんて、王族相手くらいだろう。


 なのに、今ノマちゃんは様、と言った。


「実は、彼とは何度か、貴族のパーティーで話をしたことがありまして……」


「貴族のパーティー……」


 ……そういえば、ブライデントって名前にゴルさんたちが反応していたな。確か、有名な貴族だって。

 そして、ノマちゃんのエーテン家も結構偉い貴族らしい。


 その貴族のパーティーか……ふぅむ、ノマちゃんくらいの年なら、そういうのも普通なのかな。

 私も、一応フィールドって名乗らせてもらってるし、パーティーとかって出れるのかな。


「じゃあ、パーリャちゃんとも知り合いなの?」


「いえ、ブライデント様は彼女と、学園に入ってからお付き合いを始めたようで。パーティー等で見かけたことはありません。

 わたくしたちは、学園在中中はパーティーには出席できませんので」


 なるほど……ただ、逆にパーリャちゃんはノマちゃんのことを事前に知っていた可能性もあるよね。

 知り合いのようで、知り合いではない関係。ちょっと複雑だ。


「……わざわざその話をしてきたということは、まさかテリオットさんになにかあったんですの?」


「あ、そうじゃなくて……」


 話の流れから、パーリャちゃんになにかあったと思われてしまった。まあパーリャちゃん関係のことでノマちゃんが変なことされてないか気になっていたけど。

 本題は、そこじゃあない。


 この先は……私も、覚悟を決めないといけない。ノマちゃんに伝える、残酷な言葉を。


「実は……今日、王城に呼び出された理由なんだけど……」


 そして私は、話す。今日呼び出されたその理由……"魔人"についての話を。

 ノマちゃんの体に、今起こっている……いや、この先起こるかもしれないことを。


 ノマちゃんの体内には、人と魔の血が流れている。そしてその血は、いずれノマちゃんの体を変えてしまう……かもしれない。

 白い魔獣。あれこそが、今ノマちゃんの身に起こっている現象と同じ目に遭った人が陥った、成れの果ての姿。ノマちゃんはまだ、白い魔獣を見たことはないっけか。


 私が話している間、ノマちゃんは黙って聞いてくれていた。そんなノマちゃんを直視できなかったのは、私の弱さだ。


「……そういうわけで、その……ノマ、ちゃんは……」


「そのうち、魔獣になってしまうかもしれない、ということですわね?」


 私の説明を、正しく理解してくれている。その頭の良さが、今はただつらい。

 果たしてノマちゃんは、なにを思っているのだろう。私がもし、いつか魔獣になってしまうかも……と言われたら。


 ……わかんないや。


「……そうですか」


「で、でも、それもマーチさんの推測だし……か、確定ってわけじゃ……!」


「あのマーチヌルサー・リベリアンが言うなら、それはもう確定情報と同じですわ」


 あらゆる開発研究の分野で有名だというマーチさん、彼女をノマちゃんは尊敬しているようだ。

 そんな彼女の見解ならば、それはもうほとんど正解なのだろうと。そう、わかっている。


 わかった上で、ノマちゃんは落ち着いている……ように見える。


「ノマちゃん、体に異変とかあったら、すぐに言ってね!」


「えぇ。でも、検査をして異常なしだったんだから、しばらくは大丈夫だと思いますわよ」


 それはノマちゃんが、私を気遣って言ってくれているのか、それとも本当に気にしていないのか……いや、気にしていないなんてことはないだろう。

 それでも、ノマちゃんがこんなに明るい顔をしているんだから……私が、暗い顔をしているわけにいかない!


 体に異変があったら、すぐに言ってほしい。でも、ノマちゃんは多分我慢しちゃうタイプだ。

 だから、私がしっかりと見ておく! 同じ部屋だからここでは私が、学園では同じクラスのコーロランや、ノマちゃんと仲の良い子に頼んでみよう!

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