第278話 お礼



「ところで……ヒーダは、どんな具合ですか?」


 魔物討伐の報酬と獣を受付に渡し、これで終わり……ではない。ガルデさんは、心配そうに聞く。

 それは、重傷を負ったヒーダさんのこと。腹を刺されたのだ、心配になるのも無理はない。


 どうやらガルデさんは、一旦ギルドにヒーダさんを連れ込み、フェルニンさんが応急処置をしてから私の所へ戻ってきてくれた。

 ケルさんがヒーダさんに付き添う形で、ギルドの二階へと上がっていったらしい。


「まだ、目を覚ましていないようです。ですが、治療は上手く行ったと」


「……そうですか」


 ギルドの二階は、いくつか部屋がある。その一室で休ませているんだ。

 カタリアさんは、ヒーダさんを治すために回復魔術の遣える魔導士を、探してくれたみたいだ。


 治療を終えたヒーダさんは、まだ目を覚まさない。治療してくれた魔導士にお礼を言いたかったけど、すでにギルドを去ったらしい。

 お見舞いに行こうか。でも騒がしくするのもな……と悩んでいたところへ。


 上から、人の歩く音がした。


「あ! ヒーダさん! よかった!」


「ヒーダ!」


 そこには、階段から下へと降りてくるヒーダさん、そしてヒーダさんに肩を貸しているケルさんの姿があった。

 お腹に包帯は巻いているけど、命に別条はなさそうだ。


 無事なのを確認できて嬉しい、けど……


「おい、まだ安静にしていろ。私も応急処置しかしていないが、かなり深かったはずだ」


 その姿を見て、フェルニンさんが注意する。それには私も同感だ。

 まだ顔色もいいとは言えないし、休んでいるべきだ。


「言ってくれたら、私たちから行ったのに」


「いやぁ、それもなんか悪い気がしてな」


「まったく……しかし、お前を治療してくれた魔導士は、相当な使い手らしいな。

 私は回復魔術に関しては苦手だから、間に合わせしかできなかったが」


「そんなことない。すげー助かったよ」


 ヒーダさんの傷口は、包帯で隠れているとはいえ、刺されて穴が開いていたとは思えないほどだ。

 傷を治してくれた魔導士っていうのは、フェルニンさんの言う通り、かなりの使い手のようだ。


 そんな人なら、ますます会ってみたかったな。ヒーダさんの傷を治してくれたお礼のついでに、いろいろ話を聞きたかった。


「ま、礼は俺がちゃんとしといたから」


「傷を治してくれた当人に直接礼も言えねえとは、情けねえ」


 悔しがるヒーダさんと、笑みを浮かべるケルさん。そっか、ヒーダさんはずっと気を失っていたから、治療中も誰が治療してくれたかは知らないのか。

 ヒーダさんが目を覚ますのを待たずに去ったってことは、自分の腕にもよほどの自信があったってことだ。


 その魔導士にお礼を言えたのは、ケルさんだけってことか。


「どんな人だったの?」


 あんまりヒーダさんに無理をさせてもいけないので、私たちはさっきまでヒーダさんが治療に使っていた部屋に行く。

 部屋にはベッド一つと椅子が三つ。本当に、最低限に寝るものだけを揃えたって感じだな。


 ヒーダさんはベッドに寝かせて、私とフェルニンさん、ガルデさんが椅子に座らせてもらっている。

 で、今私が、治療してくれた人の特徴をケルさんに聞いたわけだ。


「それが、フード被ってて顔が見えなくてなぁ。声聞いたら、女だろうってのはわかったけど」


「ふむ」


 治療してくれた魔導士は、女の人ってこと以外はわからないらしい。あ、あと凄腕の魔導士ってことか。

 フードで正体を隠している、か……もしかして、ルリーちゃんみたいに正体を隠しているダークエルフとかじゃないだろうな?


「冒険者なら、その特徴の人を見つけられるんじゃないか?」


「それが、その人は冒険者じゃないらしいんだよな」


「でも、カタリアさんが見つけてくれたんだろ?」


「ギルド内で声をかけたらその人が手を上げたみたいだけど、冒険者じゃないってさ」


「冒険者じゃないのに冒険者ギルドに?」


 正体のわからない相手についていくら話し合ったところで、その正体がわかるわけじゃない。

 それに、冒険者じゃなくてもギルドにいることもあるだろう。この国に来たばかりの私がそうだったし。


 なので、その話もほどほどに、話は私と対峙した獣のことに。

 気になっているのはやっぱり、私は魔術を使えなかったのにフェルニンさんは使えたことだ。


「魔術が使えなかった理由ねぇ……距離とかじゃないか?」


「距離?」


「俺は魔導士じゃないからよくわからんが、単純にエランちゃんはあの獣と近すぎたから魔術が使えなかったんじゃないか?」


 獣に対して魔術が使えなかった疑問を口にすると、ガルデさんが考えを述べた。

 なるほど距離か……それもありえない話じゃないよな。あの獣の周囲には精霊さんが嫌うなにかがあって、距離が近いと精霊さんの力を借りられない。


 距離が離れて、なにかがなくなったことで、精霊さんは普段通りの力を発揮できた、と。


「悪い、こんなことくらいしか思いつかない」


「ううん、ありえる話だと思う」


 魔導士じゃないからこそ、着眼点も私とは違う。それが、点で的外れとは思わない。

 可能性としては、なんでも考えておくべきだ。


 まあ、もうあんな獣と会うこともないだろうけどね。


「ところでエランちゃん、学園のほうは大丈夫なのか?」


「うん、ちゃんと連絡はしてるから」


 一応、一連の出来事は軽く連絡はしておいた。魔物討伐だけのはずが、予期せぬ事態で重傷者が出てしまったこと。

 ちゃんと回復したのを見届けないと、帰れないこと。


 今は、ヒーダさんもちゃんと回復しているようだし……これ以上長居する必要も、ないかな。


「エランちゃん、なんならこのあと、飯でも奢らせてくれ」


「あはは、嬉しいけどさすがにそこまでは。

 ヒーダさんも回復したみたいだし、私はそろそろ戻るね」


 学園に戻ったら、今回の件を報告しないと。一応、冒険者の仕事を手伝っている以上、学園にもその成果を報告する必要がある。

 いずれ、学園全体で冒険者ギルドと提携して、学生に冒険者の仕事を手伝わせ経験を積ませる……私はいわば、そのテストモニターってやつなのだ。


 椅子から立ち上がると、ガルデさん、ケルさんも同様に立ち上がりお辞儀をした。ヒーダさんも立ち上がろうとしたが、止められたのでベッドに座ったまま。

 三人から頭を下げられて、私は慌ててしまう。


「え、えぇ……!?」


「エランちゃん、本当にありがとう。キミがいなければ、どうなっていたか……」


「いや、私は別に……獣を倒したのは、フェルニンさんですし」


「いや、あそこでキミが足止めを買ってくれたおかげだ。そのおかげで、ヒーダを連れて逃げられた」


「あぁ、あのままじゃ死んでいただろうしな。感謝しかないよ、本当に」


 三人から、口々にお礼を言われる。そんな、真正面からお礼を言われると照れてしまう。

 視線をさ迷わせるけど、ふと目があったフェルニンさんは小さく笑っていた。


 あぁもう……っ、でも、本当にみんな、無事でよかったよ。

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