第186話 二人のお出かけ



 自分の恰好を確認していたところへ、ダルマスの声が聞こえた。

 なんだかんだと考えても、もうこの格好で来ちゃったんだし。今更帰るというわけにもいかない。


 私は軽く深呼吸をして、振り向いた。


「よっ」


「お……お、よう」


 私は軽く手を上げて、声をかけた。そこにいたのは、間違いなくダルマスだ。

 ただ、いつもつんつんした赤い髪は、なんかいつもよりつやつやしている気がする。それに、太い眉毛もなんか整えられているような?


 それと……やっぱ、制服ではない。私服だ、新鮮だな。

 ただ、なにより……なんでか、サングラスをかけている。よくわかったな私も。


「なんか、いつもと雰囲気違うね。あとなんでサングラス?」


「そ、そうか? 普通だろ……あとこれは、変装の意味も込めている。

 お前こそ、その……いつもと、違うじゃないか」


「あぁ……これはまあ、ノマちゃ……おんなじ部屋の子がね」


「ほぉ、そうか……

 ……その同室の生徒に感謝だな」


「?」


 まあなんにせよ、待ち合わせ時間に二人とも、ちゃんと集合できたってことだな。

 さて、このあとのことは……


「じゃ、じゃあ……行くか」


 ダルマスが、自分で計画を立てておく、と言っていたから、ダルマス任せだ。

 なんか任せっぱなしは悪いなとは思ったけど、誘ってきたのはダルマスからなわけだし、この国で住み始めたばかりの私よりは、昔から住んでいるダルマスの方がいいだろうとも思った。


 というわけで、私は今日の行き先は知らないわけだ。


「どこに連れてってくれるの?

 ていうか、訓練のお礼とか、気にしなくていいのに……まあここまできて言うのもなんだけどさ」


「俺がしたいから、礼をするだけだ。実は、行きつけのうまい店があってな、ごちそうする」


 私はダルマスの隣に並び、行き先を聞く。どうやら、ご飯をおごってくれるようだ。

 ノマちゃん、キミの考えていた通りだったよ……まさかいきなり、ご飯だとは。


 考えてみれば、今はお昼前。

 待ち合わせ時間をお昼時にした時点で、気づいても良かったのかもしれないな。


 ……それにしても。


「なんか、さっきから視線を感じるような……」


 さっきから、歩いていると視線を感じる。道行く人のものだ。

 敵意は……ない。それに、学園内でも視線を受けて来たけど、あれは私のことを"変な奴"と見ているものが多かった。


 そりゃ、入学早々魔獣倒したり王子に決闘挑んでたりしたんだから、当然と言えば当然なんだけど。

 でも、今回のはそれとも、違うし。


「あぁ、もしかしてみんな、ダルマスのこと見てるのか」


 それとも、これは私に向けられたものではなく、ダルマスに向けられたもの……それならば、わかる。

 荒々しい性格に隠れがちだけど、ダルマスは黙っていればわりとイケてる顔はしているんだよな。


 そういえば、学園内でも……ダルマスのこと、かっこいいとか言っている女の子わりといるもんなぁ。

 きつめの目付きも、サングラスのおかげで見えないし。


 しかし、そうなると、私は果たして隣を歩いていいんだろうか?


「そうか? 視線は確かに感じるが、これはお前を見ているものだと思うがな」


 私はダルマスに向けられた視線だと思っていたけど、ダルマスはそれを否定する。

 そうか……? でも本人がそう言うなら、そうなのかも?


「でも、だったらこの視線は……?」


「……お前の恰好が、似合っているから、じゃないのか」


「………………へ?」


 ダルマスは、私に視線が向けられている理由を、教えてくれたけど……えっと……この子、今なんて言った?

 え、あ、似合ってるって……言ったのか? おい、それってどういう意味なんだよ。顔を背けてないで、見せなさいよ。


 いやまあ、私がかわいいのは当然だし、この服もかわいいから、まあかわいいとかわいいが合わさればもっとかわいい、っていうのはわかっているんだけど……

 だけど……


 なんか、胸のあたりが、あったかいような……?


「こ、ここだ、着いたぞ」


「あ、うん」


 自分でもわからない感情……それに気を向ける間もなく、ダルマスは足を止める。つられて私も、足を止める。

 ここだ、と見上げたお店。そこは、普通の一軒家、といった感じだった。


「へぇ、なんか意外……」


「なにがだ」


「いや、なんか……こう、成金共が集まるような、高級店なのかと。こういうぼろ……古いお店って、興味なさそうじゃん」


「……お前はもう少し歯に衣着せろ」


「はに……」


 ペチュニアと似たような感じだ。ただこっちは、宿ではなく料理のみのお店みたいだけど。

 言い方はあれだったけど、ダルマスのおすすめのお店なんて、見るからに高そうな場所だと思っていたのに。むしろ、こういう場所に足を踏み入れそうなイメージがない。


 けど、私の心配とは別に、ダルマスは店の扉をくぐる。私も、それに続く。


「いらっしゃいませ!」


「……二人で」


「では、こちらへどうぞ!」


 女の店員さんに案内され、席に座る。うん、普通のお店だ。

 ダルマスが、というか貴族がこういうお店を利用することに驚いているのは、私の偏見なんだろうな。


 メニューを見て、お互いに料理を頼む。

 ううん……食堂では、いろんな人と料理を食べるから、こうして男の子と二人向かい合って、食事するというのは、なんか変な感じ。


「他にも頼んではどうだ? 女性は甘いものが好きなのだろう」


「あー、そだね」


 勧められるままに、甘いものも注文。注文、したのはいいんだけど……

 か、会話がない。なんだろう、学園だと普通に話せるのに……やっぱり、学園の外で、二人とも違った服装だからかな。


 せっかくお出掛けしているのに、魔導の話っていうのもな……世の女の子たちは、いったいどんな話をしているんだよ!


「髪留め……」


「え?」


「あ、いや……いつもと、髪型が違うな、と」


 店内なので、帽子は取って……だから、髪につけている髪留めは、正面に座っているダルマスには丸見えだ。

 いつもはそのまま伸ばしている髪を、髪留めをつけていることで少しずらしている。それだけ。


 それだけ、なのに……


「別に……髪留め、つけてる、だけだし……」


「そ、そう、だな」


 なんか、胸の奥のあたりが変なのは、なんでー!

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